推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来

文字の大きさ
36 / 42

律季の告白

しおりを挟む
「素敵なドレス……」

 鏡の中に写った自分の姿に感嘆の声がこぼれる。

 今朝楽屋入りした私に手渡された衣装は、白の生地に青のスパンコールが胸元から裾にかけてグラデーションに広がるドレスだった。

 花音のトレードマークである音符があしらわれた真っ白なシフォンのリボンが、腰からお尻にかけて垂れ下がり、バックを彩っている。

 前が短く、後ろが長いというアシンメトリーなデザインのドレスは、鏡レンナが好む華やかな衣装とは違うが、その精錬された大人っぽいデザインが私らしくって、とても好みだった。

 白を基調にした生地に、『花音』の色、青をあしらったドレスは衣装合わせの時にはなかったものだ。

 まるで、ウェディングドレスみたい……

 誰があつらえてくれた衣装かは分からない。

 ただ、今回のステージは『花音引退ライブ』でもあるのだ。最後に花音にも華を持たせてくれるつもりで用意された衣装なのだろう。

 最初で最後の生歌唱。

 私の歌を聴くために足を運んでくれるファンもいる。

 そう思うだけで勇気が湧いて来る。

 きっと颯真さんも――

「穂花、準備出来たか?」

 気合いを入れる頬を叩いた私に声がかかる。扉の方へと視線を移せば、定番のスーツ姿に身を包んだ律季が扉に背を預け立っていた。

「なんだ、律季か。驚かせないでよ!」

 いつから居たのだろうか?

 まったく部屋に入って来たことに気づかなかった。

「ノックはしたぞ。でも返事がなかったから、勝手に入った」

 どうやら、ノックの音にも気づかないほど緊張していたらしい。

「穂花大丈夫か? 頬、赤くなってるぞ」

「うそ!?」

 慌てて鏡を覗けば、ほんのりと頬が赤くなっている。

 あちゃぁ、さっき気合いを入れるため叩いたせいだ。

「どうしよう! 大丈夫かなぁ……」

 頬を両手で包み、ガバッと律季の方を振り返ると、口元を手で隠し、ククッと笑う律季と目が合う。

 笑うこと、ないじゃない!

 ムッとして律季から視線を外し椅子に座る。

 せっかく、プロのヘアメイクさんに綺麗にしてもらったのに……

『こう言うところがプロとは言えないんだろうなぁ』と落ち込みそうになった私に律季が言う。

「――穂花らしいっていうか……、そう言うところが好きなんだろうな」

「えっ!?」

「いやなぁ、やっぱりあきらめきれないなって。穂花にフラれてからずっと考えていたんだ。どうして、こんなにも穂花が好きなんだろうって。でも、やっと今わかった気がするよ」

 天を仰ぎ、目元を手で隠した律季の声は震えている。

 律季の想いには応えられないと一方的に告げてから、喧嘩別れのような形になっていた。

 律季は今、何を想っているのだろうか……

「俺……、穂花をずっと守ってやりたかったんだ。清瀬のおじさんとおばさんの葬式の時にさ、泣きじゃくる美春を抱えて、必死で涙を堪えて立つお前を見てさ、自分が穂花を守らなきゃって思ったんだよ。それなのに、なにやってんだろ、俺……」

 涙声で紡がれる言葉に胸が締めつけられる。

「そんなこと、ない。律季はいつだって、私たち姉妹を優先してくれた。律季だけじゃない。伊勢谷のおじさんやおばあさんが居たから、私も美春も生きて来れたの」

「ずっと……、ずっと気づいていたんだ。穂花の辛さに。伊勢谷家に引き取られて、一緒に暮らしていればわかる。穂花が無理して笑っていたことも、迷惑かけないように自分の気持ち押し殺していたことも。そんな穂花を見るたびに苦しかった。どうしたら自然に笑ってくれる、どうしたらもっと頼ってくれるのかって」

 律季が悪いわけではない。もちろん伊勢谷のおじさんもおばさんも悪くない。

 すべては手を差し伸べてくれた人達に心をひらけなかった自分自身の問題なのだ。

「誰も悪くないの。律季も、伊勢谷のおじさんやおばさんだって悪くないの。心をひらけなかった自分自身の問題だったのよ。思春期の自分には両親をいっぺんに失った、あの事故は衝撃過ぎたの。心を閉ざすには十分過ぎる出来事だったって、今なら分かる。だから、律季が責任を感じる必要なんてないの」

「だが、美春と結託して、穂花の交友関係を断ち、私生活の自由を奪い、穂花の人生を支配した責任は大きい。嫌われて当然か――」

 確かに、律季が言うように私の人生は二人に支配され、抑圧されたものだったかもしれない。ただ、今思えば、自分もまた、その生活を甘んじて受け入れていたのも事実なのだ。

 檻に囚われていた訳ではない。

 いつだって自分の強い意志さえあれば、二人の支配から羽ばたくことは可能だった。しかし、それをしなかったのも私自身の弱さが招いた結果だ。

 だから、誰も悪くない。

「ねぇ、律季。もうやめにしよう。誰の責任でもないの。それぞれに悪いところはあったと思う。美春も律季も己のエゴのために私の人生を支配した。でもね、私だって二人の支配から逃れることは出来たの。強い意志さえあれば。でも、そうしなかったのは私が弱かったから。みんな自分の弱さに甘えてた」

 そう……、ずっと自分の弱さに甘えていただけ。

 美春も、律季も、私も――

「誰の責任でもないの。だから、もう自分を責めるのはやめて」

 律季の頬を一筋、涙が伝って落ちる。その様を見つつ思う。

 律季もまた、しがらみを乗り越え、光ある道へと進む決意をするだろうと。

 扉をノックする音に我に返り、返事をする。

 スタッフの『本番です』という声に、もう一度気合いを入れ立ち上がると扉へと向かう。

「穂花……、俺も前に進むことが出来るだろうか?」

 背後からかけられた声に立ち止まる。

「――出来るよ! だって、律季はいつだって私たち姉妹を導いてくれた光だったじゃない」

 ドアノブをひねり、扉を開くと一歩ふみ出す。

 そんな私の後ろで、泣き笑いのような小さな声が響いた。

「そうか――」と。



 

 

 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...