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律季の告白
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「素敵なドレス……」
鏡の中に写った自分の姿に感嘆の声がこぼれる。
今朝楽屋入りした私に手渡された衣装は、白の生地に青のスパンコールが胸元から裾にかけてグラデーションに広がるドレスだった。
花音のトレードマークである音符があしらわれた真っ白なシフォンのリボンが、腰からお尻にかけて垂れ下がり、バックを彩っている。
前が短く、後ろが長いというアシンメトリーなデザインのドレスは、鏡レンナが好む華やかな衣装とは違うが、その精錬された大人っぽいデザインが私らしくって、とても好みだった。
白を基調にした生地に、『花音』の色、青をあしらったドレスは衣装合わせの時にはなかったものだ。
まるで、ウェディングドレスみたい……
誰があつらえてくれた衣装かは分からない。
ただ、今回のステージは『花音引退ライブ』でもあるのだ。最後に花音にも華を持たせてくれるつもりで用意された衣装なのだろう。
最初で最後の生歌唱。
私の歌を聴くために足を運んでくれるファンもいる。
そう思うだけで勇気が湧いて来る。
きっと颯真さんも――
「穂花、準備出来たか?」
気合いを入れる頬を叩いた私に声がかかる。扉の方へと視線を移せば、定番のスーツ姿に身を包んだ律季が扉に背を預け立っていた。
「なんだ、律季か。驚かせないでよ!」
いつから居たのだろうか?
まったく部屋に入って来たことに気づかなかった。
「ノックはしたぞ。でも返事がなかったから、勝手に入った」
どうやら、ノックの音にも気づかないほど緊張していたらしい。
「穂花大丈夫か? 頬、赤くなってるぞ」
「うそ!?」
慌てて鏡を覗けば、ほんのりと頬が赤くなっている。
あちゃぁ、さっき気合いを入れるため叩いたせいだ。
「どうしよう! 大丈夫かなぁ……」
頬を両手で包み、ガバッと律季の方を振り返ると、口元を手で隠し、ククッと笑う律季と目が合う。
笑うこと、ないじゃない!
ムッとして律季から視線を外し椅子に座る。
せっかく、プロのヘアメイクさんに綺麗にしてもらったのに……
『こう言うところがプロとは言えないんだろうなぁ』と落ち込みそうになった私に律季が言う。
「――穂花らしいっていうか……、そう言うところが好きなんだろうな」
「えっ!?」
「いやなぁ、やっぱりあきらめきれないなって。穂花にフラれてからずっと考えていたんだ。どうして、こんなにも穂花が好きなんだろうって。でも、やっと今わかった気がするよ」
天を仰ぎ、目元を手で隠した律季の声は震えている。
律季の想いには応えられないと一方的に告げてから、喧嘩別れのような形になっていた。
律季は今、何を想っているのだろうか……
「俺……、穂花をずっと守ってやりたかったんだ。清瀬のおじさんとおばさんの葬式の時にさ、泣きじゃくる美春を抱えて、必死で涙を堪えて立つお前を見てさ、自分が穂花を守らなきゃって思ったんだよ。それなのに、なにやってんだろ、俺……」
涙声で紡がれる言葉に胸が締めつけられる。
「そんなこと、ない。律季はいつだって、私たち姉妹を優先してくれた。律季だけじゃない。伊勢谷のおじさんやおばあさんが居たから、私も美春も生きて来れたの」
「ずっと……、ずっと気づいていたんだ。穂花の辛さに。伊勢谷家に引き取られて、一緒に暮らしていればわかる。穂花が無理して笑っていたことも、迷惑かけないように自分の気持ち押し殺していたことも。そんな穂花を見るたびに苦しかった。どうしたら自然に笑ってくれる、どうしたらもっと頼ってくれるのかって」
律季が悪いわけではない。もちろん伊勢谷のおじさんもおばさんも悪くない。
すべては手を差し伸べてくれた人達に心をひらけなかった自分自身の問題なのだ。
「誰も悪くないの。律季も、伊勢谷のおじさんやおばさんだって悪くないの。心をひらけなかった自分自身の問題だったのよ。思春期の自分には両親をいっぺんに失った、あの事故は衝撃過ぎたの。心を閉ざすには十分過ぎる出来事だったって、今なら分かる。だから、律季が責任を感じる必要なんてないの」
「だが、美春と結託して、穂花の交友関係を断ち、私生活の自由を奪い、穂花の人生を支配した責任は大きい。嫌われて当然か――」
確かに、律季が言うように私の人生は二人に支配され、抑圧されたものだったかもしれない。ただ、今思えば、自分もまた、その生活を甘んじて受け入れていたのも事実なのだ。
檻に囚われていた訳ではない。
いつだって自分の強い意志さえあれば、二人の支配から羽ばたくことは可能だった。しかし、それをしなかったのも私自身の弱さが招いた結果だ。
だから、誰も悪くない。
「ねぇ、律季。もうやめにしよう。誰の責任でもないの。それぞれに悪いところはあったと思う。美春も律季も己のエゴのために私の人生を支配した。でもね、私だって二人の支配から逃れることは出来たの。強い意志さえあれば。でも、そうしなかったのは私が弱かったから。みんな自分の弱さに甘えてた」
そう……、ずっと自分の弱さに甘えていただけ。
美春も、律季も、私も――
「誰の責任でもないの。だから、もう自分を責めるのはやめて」
律季の頬を一筋、涙が伝って落ちる。その様を見つつ思う。
律季もまた、柵を乗り越え、光ある道へと進む決意をするだろうと。
扉をノックする音に我に返り、返事をする。
スタッフの『本番です』という声に、もう一度気合いを入れ立ち上がると扉へと向かう。
「穂花……、俺も前に進むことが出来るだろうか?」
背後からかけられた声に立ち止まる。
「――出来るよ! だって、律季はいつだって私たち姉妹を導いてくれた光だったじゃない」
ドアノブをひねり、扉を開くと一歩ふみ出す。
そんな私の後ろで、泣き笑いのような小さな声が響いた。
「そうか――」と。
鏡の中に写った自分の姿に感嘆の声がこぼれる。
今朝楽屋入りした私に手渡された衣装は、白の生地に青のスパンコールが胸元から裾にかけてグラデーションに広がるドレスだった。
花音のトレードマークである音符があしらわれた真っ白なシフォンのリボンが、腰からお尻にかけて垂れ下がり、バックを彩っている。
前が短く、後ろが長いというアシンメトリーなデザインのドレスは、鏡レンナが好む華やかな衣装とは違うが、その精錬された大人っぽいデザインが私らしくって、とても好みだった。
白を基調にした生地に、『花音』の色、青をあしらったドレスは衣装合わせの時にはなかったものだ。
まるで、ウェディングドレスみたい……
誰があつらえてくれた衣装かは分からない。
ただ、今回のステージは『花音引退ライブ』でもあるのだ。最後に花音にも華を持たせてくれるつもりで用意された衣装なのだろう。
最初で最後の生歌唱。
私の歌を聴くために足を運んでくれるファンもいる。
そう思うだけで勇気が湧いて来る。
きっと颯真さんも――
「穂花、準備出来たか?」
気合いを入れる頬を叩いた私に声がかかる。扉の方へと視線を移せば、定番のスーツ姿に身を包んだ律季が扉に背を預け立っていた。
「なんだ、律季か。驚かせないでよ!」
いつから居たのだろうか?
まったく部屋に入って来たことに気づかなかった。
「ノックはしたぞ。でも返事がなかったから、勝手に入った」
どうやら、ノックの音にも気づかないほど緊張していたらしい。
「穂花大丈夫か? 頬、赤くなってるぞ」
「うそ!?」
慌てて鏡を覗けば、ほんのりと頬が赤くなっている。
あちゃぁ、さっき気合いを入れるため叩いたせいだ。
「どうしよう! 大丈夫かなぁ……」
頬を両手で包み、ガバッと律季の方を振り返ると、口元を手で隠し、ククッと笑う律季と目が合う。
笑うこと、ないじゃない!
ムッとして律季から視線を外し椅子に座る。
せっかく、プロのヘアメイクさんに綺麗にしてもらったのに……
『こう言うところがプロとは言えないんだろうなぁ』と落ち込みそうになった私に律季が言う。
「――穂花らしいっていうか……、そう言うところが好きなんだろうな」
「えっ!?」
「いやなぁ、やっぱりあきらめきれないなって。穂花にフラれてからずっと考えていたんだ。どうして、こんなにも穂花が好きなんだろうって。でも、やっと今わかった気がするよ」
天を仰ぎ、目元を手で隠した律季の声は震えている。
律季の想いには応えられないと一方的に告げてから、喧嘩別れのような形になっていた。
律季は今、何を想っているのだろうか……
「俺……、穂花をずっと守ってやりたかったんだ。清瀬のおじさんとおばさんの葬式の時にさ、泣きじゃくる美春を抱えて、必死で涙を堪えて立つお前を見てさ、自分が穂花を守らなきゃって思ったんだよ。それなのに、なにやってんだろ、俺……」
涙声で紡がれる言葉に胸が締めつけられる。
「そんなこと、ない。律季はいつだって、私たち姉妹を優先してくれた。律季だけじゃない。伊勢谷のおじさんやおばあさんが居たから、私も美春も生きて来れたの」
「ずっと……、ずっと気づいていたんだ。穂花の辛さに。伊勢谷家に引き取られて、一緒に暮らしていればわかる。穂花が無理して笑っていたことも、迷惑かけないように自分の気持ち押し殺していたことも。そんな穂花を見るたびに苦しかった。どうしたら自然に笑ってくれる、どうしたらもっと頼ってくれるのかって」
律季が悪いわけではない。もちろん伊勢谷のおじさんもおばさんも悪くない。
すべては手を差し伸べてくれた人達に心をひらけなかった自分自身の問題なのだ。
「誰も悪くないの。律季も、伊勢谷のおじさんやおばさんだって悪くないの。心をひらけなかった自分自身の問題だったのよ。思春期の自分には両親をいっぺんに失った、あの事故は衝撃過ぎたの。心を閉ざすには十分過ぎる出来事だったって、今なら分かる。だから、律季が責任を感じる必要なんてないの」
「だが、美春と結託して、穂花の交友関係を断ち、私生活の自由を奪い、穂花の人生を支配した責任は大きい。嫌われて当然か――」
確かに、律季が言うように私の人生は二人に支配され、抑圧されたものだったかもしれない。ただ、今思えば、自分もまた、その生活を甘んじて受け入れていたのも事実なのだ。
檻に囚われていた訳ではない。
いつだって自分の強い意志さえあれば、二人の支配から羽ばたくことは可能だった。しかし、それをしなかったのも私自身の弱さが招いた結果だ。
だから、誰も悪くない。
「ねぇ、律季。もうやめにしよう。誰の責任でもないの。それぞれに悪いところはあったと思う。美春も律季も己のエゴのために私の人生を支配した。でもね、私だって二人の支配から逃れることは出来たの。強い意志さえあれば。でも、そうしなかったのは私が弱かったから。みんな自分の弱さに甘えてた」
そう……、ずっと自分の弱さに甘えていただけ。
美春も、律季も、私も――
「誰の責任でもないの。だから、もう自分を責めるのはやめて」
律季の頬を一筋、涙が伝って落ちる。その様を見つつ思う。
律季もまた、柵を乗り越え、光ある道へと進む決意をするだろうと。
扉をノックする音に我に返り、返事をする。
スタッフの『本番です』という声に、もう一度気合いを入れ立ち上がると扉へと向かう。
「穂花……、俺も前に進むことが出来るだろうか?」
背後からかけられた声に立ち止まる。
「――出来るよ! だって、律季はいつだって私たち姉妹を導いてくれた光だったじゃない」
ドアノブをひねり、扉を開くと一歩ふみ出す。
そんな私の後ろで、泣き笑いのような小さな声が響いた。
「そうか――」と。
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