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狂気の正体
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「絶対にいや、絶対に……」
膝を抱え泣いていた美春が、涙に濡れた顔をあげ隣に座る律季を睨む。
「なによ、なによ、なによ!! 律季、あんただけ良い顔しようたって許さないんだから! 誰のおかげで、お姉ちゃんの側にいられると思ってんのよ! 共犯者のくせに……」
律季が共犯者? いったいどう言うことなの?
美春の言葉に、視線を律季に移せば、彼はフイッと視線を逸らす。バツが悪そうに歪められた律季の顔を見て、私の頭の中を疑問符が駆け巡る。
「律季……、共犯者って、どういうこと?」
「そのままの意味よ! 律季は私の共犯者。唯一、お姉ちゃんの側に居ることを私に許された男」
私の側に居ることを許された男?
美春はいったい何を言っているの? それじゃまるで、私の交友関係すべて、美春に握られていたとでも言っているみたいじゃない。
脳裏をよぎった過去が背をふるわす。
まさか、そんなことって……
「美春、いったいどう言うことなの!?」
「簡単な話よ。お姉ちゃんに群がる悪い虫を排除して来ただけの話」
「じゃあ……、私の前から姿を消した友達、恋人、みんな美春が――」
「そう、私がちょっと声をかけただけで、お姉ちゃんより私を選ぶような人、いらないでしょ。ううん、そもそもお姉ちゃんには私が居れば十分じゃない。たった二人だけの姉妹なのよ……、だから排除したの」
そう言ってクスクス笑う美春は、先ほどまで泣いていた妹と同一人物とは思えない。
彼女の狂気が顔を見せる。
すべての交友関係を断たれた過去。友に、恋人に……、全てを美春に奪われた。
私から交友関係を奪う事は、私に劣等感を植え付け、優越感を得るための手段だとずっと思っていた。
その考え自体が間違っていたのだとしたら。
頭の中で響く警告音が、回答を聞くなと訴える。しかし、言葉はついて出ていた。
「どうして、そんなこと、するのよ……」
「どうして? そんなの決まっているじゃない。お姉ちゃんを――」
「――美春! それ以上は言うな!! すべての関係が壊れてしまう!!」
熱に浮かされたように言葉を紡いでいた美春が律季の静止に、目を見開き口をつぐむ。
力なく椅子へと戻った美春が、うつむきポツリとこぼす。
「律季だって、私と同じじゃない。上手く行くと思ったのに……、なんで私はお姉ちゃんの妹に生まれちゃったんだろ」
ポタポタと涙の雫が机の上へと落ちていく。
いつだったか颯真さんが言っていた。
『光の中を歩いているように見える人間だって劣等感を抱え生きているものだよ。そんな負の感情を抱えながらも、気持ちに折り合いをつけて前に進んでいく。それが人生なんじゃないかな』と。
美春もまた、私と同じように葛藤を抱えて生きてきたのかもしれない。そして、その葛藤に折り合いをつけ生きて行くことが出来なかったからこそ、私と美春の関係はこじれてしまったのだろうか。
「美春、もう終わりにしよう。今のままじゃ、きっと美春も私もダメになっちゃう。だから……」
「終わりになんて出来ないよ。私の想いは、そんな簡単な言葉で終われるほど、単純じゃない!」
耳をふさぎ頭を振る美春に私の声は届かない。
どうすればいいの……
「今のままでは、美春は穂花の願いを聞き入れないだろう。そうだよな、美春?」
「聞くわけないじゃない! 絶対に嫌よ。お姉ちゃんが私から離れるなんて、絶対にイヤ!!」
「かと言って、穂花の意思も変わらないよな?」
キッと私を睨む美春の様子を見ても私の意思は変わらない。
美春の願いを受け入れれば、今度こそ私の自由はなくなる。
「えぇ、私の意思は変わらない」
「だったら、二人が納得する方法を取るしかないだろ」
「二人が納得する方法?」
「そんなモノ、あるわけない!!」
激昂して目の前の机を叩き立ち上がった美春を鋭い目をした律季が射抜く。
「じゃあ、なにか? 美春は、このまま穂花が俺たちの前から消えてもいいっていうのか? あの男なら、それが可能だ。思い知っただろう、今回の件で……」
悔しそうに顔を歪め、美春が律季から視線を外す。
あの男って、颯真さんのことよね。
今回の件、颯真さんも当事者の一人だ。律季と美春と颯真さんの三人で何らかの話がなされたのだろう。その内容がどんなものだったかは知らないが、颯真さんが私に言った言葉が、律季の言葉を肯定している。
『君が望めば、今の状況をどんな手を使ってでも変えてあげる。それだけの力を俺は持っている……』
もしあの時、私が彼の言葉にうなずいていれば、律季の言う通り、私は今、二人の目の前にはいないだろう。そして、私が望む限り、二人との接点は完全になくなる。
それだけの力を颯真さんは持っている。だからこそ、彼に頼ってはいけないのだ。
ただ、颯真さんが私を助けるため動いてくれていたと知り、心の中がフワッと暖かくなる。
私は一人ではない。
誰も座っていない隣の席を見つめ、笑みが浮かぶ。
この場に颯真さんはいない。だけど、彼が隣に座って私の手を握ってくれているような気がする。
そう思うだけで、勇気が湧いてくる。
「二人が納得する方法があるなら、私は律季の提案に従う」
「そうか。なら、俺からの提案だ。穂花が怪我をした美春の代役としてステージに立つことが出来れば、花音を引退することを認める」
「えっ……、美春の代役?」
「そうだ。美春の怪我は全治三ヶ月。三ヶ月後に行われる鏡レンナのライブに立つことは不可能だ。チケットが発売になっている状態で、中止にすることは現実的に難しい。そこで、そのライブを『花音引退ライブ』兼、『鏡レンナ再出発ライブ』とする。それが出来れば、花音引退の影響を最小限に抑えつつ、鏡レンナの再出発をファンに印象付けられる。穂花、お前にステージに立つ覚悟はあるのか?」
私が、ステージに立つ。花音として……
「律季、それは……、花音の映像を流すライブではないということよね?」
「そうだ。花音として、穂花、お前自身がステージに立つ」
顔を晒し、ステージに立つ。そんなこと、今の私に出来るの?
想像すればするほど、恐怖が胸を迫り上がり足がふるえる。
怖くて、怖くて仕方ない。
「はは、お姉ちゃんがステージに立つ? そんなこと出来るわけないじゃない。顔を晒すのが怖くて鏡レンナを私に押し付けたお姉ちゃんが立てるわけない!」
そう、全てはあの日から始まったのだ。妹に『鏡レンナ』としてのデビューを押しつけたあの日から、私の影としての人生が始まった。
すべて、弱かった私の責任。
律季は、私の覚悟を問うている。今の人生と訣別する覚悟を。
「律季、そして美春。私、ステージに立つ! 花音と訣別するために」
膝を抱え泣いていた美春が、涙に濡れた顔をあげ隣に座る律季を睨む。
「なによ、なによ、なによ!! 律季、あんただけ良い顔しようたって許さないんだから! 誰のおかげで、お姉ちゃんの側にいられると思ってんのよ! 共犯者のくせに……」
律季が共犯者? いったいどう言うことなの?
美春の言葉に、視線を律季に移せば、彼はフイッと視線を逸らす。バツが悪そうに歪められた律季の顔を見て、私の頭の中を疑問符が駆け巡る。
「律季……、共犯者って、どういうこと?」
「そのままの意味よ! 律季は私の共犯者。唯一、お姉ちゃんの側に居ることを私に許された男」
私の側に居ることを許された男?
美春はいったい何を言っているの? それじゃまるで、私の交友関係すべて、美春に握られていたとでも言っているみたいじゃない。
脳裏をよぎった過去が背をふるわす。
まさか、そんなことって……
「美春、いったいどう言うことなの!?」
「簡単な話よ。お姉ちゃんに群がる悪い虫を排除して来ただけの話」
「じゃあ……、私の前から姿を消した友達、恋人、みんな美春が――」
「そう、私がちょっと声をかけただけで、お姉ちゃんより私を選ぶような人、いらないでしょ。ううん、そもそもお姉ちゃんには私が居れば十分じゃない。たった二人だけの姉妹なのよ……、だから排除したの」
そう言ってクスクス笑う美春は、先ほどまで泣いていた妹と同一人物とは思えない。
彼女の狂気が顔を見せる。
すべての交友関係を断たれた過去。友に、恋人に……、全てを美春に奪われた。
私から交友関係を奪う事は、私に劣等感を植え付け、優越感を得るための手段だとずっと思っていた。
その考え自体が間違っていたのだとしたら。
頭の中で響く警告音が、回答を聞くなと訴える。しかし、言葉はついて出ていた。
「どうして、そんなこと、するのよ……」
「どうして? そんなの決まっているじゃない。お姉ちゃんを――」
「――美春! それ以上は言うな!! すべての関係が壊れてしまう!!」
熱に浮かされたように言葉を紡いでいた美春が律季の静止に、目を見開き口をつぐむ。
力なく椅子へと戻った美春が、うつむきポツリとこぼす。
「律季だって、私と同じじゃない。上手く行くと思ったのに……、なんで私はお姉ちゃんの妹に生まれちゃったんだろ」
ポタポタと涙の雫が机の上へと落ちていく。
いつだったか颯真さんが言っていた。
『光の中を歩いているように見える人間だって劣等感を抱え生きているものだよ。そんな負の感情を抱えながらも、気持ちに折り合いをつけて前に進んでいく。それが人生なんじゃないかな』と。
美春もまた、私と同じように葛藤を抱えて生きてきたのかもしれない。そして、その葛藤に折り合いをつけ生きて行くことが出来なかったからこそ、私と美春の関係はこじれてしまったのだろうか。
「美春、もう終わりにしよう。今のままじゃ、きっと美春も私もダメになっちゃう。だから……」
「終わりになんて出来ないよ。私の想いは、そんな簡単な言葉で終われるほど、単純じゃない!」
耳をふさぎ頭を振る美春に私の声は届かない。
どうすればいいの……
「今のままでは、美春は穂花の願いを聞き入れないだろう。そうだよな、美春?」
「聞くわけないじゃない! 絶対に嫌よ。お姉ちゃんが私から離れるなんて、絶対にイヤ!!」
「かと言って、穂花の意思も変わらないよな?」
キッと私を睨む美春の様子を見ても私の意思は変わらない。
美春の願いを受け入れれば、今度こそ私の自由はなくなる。
「えぇ、私の意思は変わらない」
「だったら、二人が納得する方法を取るしかないだろ」
「二人が納得する方法?」
「そんなモノ、あるわけない!!」
激昂して目の前の机を叩き立ち上がった美春を鋭い目をした律季が射抜く。
「じゃあ、なにか? 美春は、このまま穂花が俺たちの前から消えてもいいっていうのか? あの男なら、それが可能だ。思い知っただろう、今回の件で……」
悔しそうに顔を歪め、美春が律季から視線を外す。
あの男って、颯真さんのことよね。
今回の件、颯真さんも当事者の一人だ。律季と美春と颯真さんの三人で何らかの話がなされたのだろう。その内容がどんなものだったかは知らないが、颯真さんが私に言った言葉が、律季の言葉を肯定している。
『君が望めば、今の状況をどんな手を使ってでも変えてあげる。それだけの力を俺は持っている……』
もしあの時、私が彼の言葉にうなずいていれば、律季の言う通り、私は今、二人の目の前にはいないだろう。そして、私が望む限り、二人との接点は完全になくなる。
それだけの力を颯真さんは持っている。だからこそ、彼に頼ってはいけないのだ。
ただ、颯真さんが私を助けるため動いてくれていたと知り、心の中がフワッと暖かくなる。
私は一人ではない。
誰も座っていない隣の席を見つめ、笑みが浮かぶ。
この場に颯真さんはいない。だけど、彼が隣に座って私の手を握ってくれているような気がする。
そう思うだけで、勇気が湧いてくる。
「二人が納得する方法があるなら、私は律季の提案に従う」
「そうか。なら、俺からの提案だ。穂花が怪我をした美春の代役としてステージに立つことが出来れば、花音を引退することを認める」
「えっ……、美春の代役?」
「そうだ。美春の怪我は全治三ヶ月。三ヶ月後に行われる鏡レンナのライブに立つことは不可能だ。チケットが発売になっている状態で、中止にすることは現実的に難しい。そこで、そのライブを『花音引退ライブ』兼、『鏡レンナ再出発ライブ』とする。それが出来れば、花音引退の影響を最小限に抑えつつ、鏡レンナの再出発をファンに印象付けられる。穂花、お前にステージに立つ覚悟はあるのか?」
私が、ステージに立つ。花音として……
「律季、それは……、花音の映像を流すライブではないということよね?」
「そうだ。花音として、穂花、お前自身がステージに立つ」
顔を晒し、ステージに立つ。そんなこと、今の私に出来るの?
想像すればするほど、恐怖が胸を迫り上がり足がふるえる。
怖くて、怖くて仕方ない。
「はは、お姉ちゃんがステージに立つ? そんなこと出来るわけないじゃない。顔を晒すのが怖くて鏡レンナを私に押し付けたお姉ちゃんが立てるわけない!」
そう、全てはあの日から始まったのだ。妹に『鏡レンナ』としてのデビューを押しつけたあの日から、私の影としての人生が始まった。
すべて、弱かった私の責任。
律季は、私の覚悟を問うている。今の人生と訣別する覚悟を。
「律季、そして美春。私、ステージに立つ! 花音と訣別するために」
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