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花音の影響力
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「――穂花も、美春も落ち着け」
緊迫した空気を破り、固い声が割って入る。
美春の隣で、一言もしゃべらず事の成り行きを見守っていた律季の声に、張りつめていた緊張感が一瞬途切れた。
「律季は黙ってなさいよ! これはお姉ちゃんと私の問題なの!!」
「美春、落ち着け……」
美春の怒鳴り声にも動じない律季の静かな声が昂った神経を少し落ち着かせてくれる。
美春の雰囲気に呑まれている場合ではない。ここは冷静にならなきゃ、上手く行くものも、行かなくなってしまう。
「今のままでは平行線のままだろう。美春、おまえが何を言っても、穂花の気持ちは変わらない。それは、お前だって分かっているだろ。今までのようには行かないって」
律季の言葉に激昂して立ち上がっていた美春が、力なく椅子に身体を落とす。
「……分かっているわよ、そうだって」
「そして、穂花も分かるよな。簡単に『花音』を辞めるなんて出来ないことも」
スッとこちらへと視線を投げた律季の言葉に黙って頷く。
勝手に引退配信を取ったがために、多くの関係者に迷惑をかけているのは自覚している。『花音』のマネージャーでもある律季が一番の被害者であることもわかっている。開口一番怒鳴りつけられてもおかしくない状況なのに、家へと戻った私を気遣ってくれた。
本当に出来た人だと思う。
律季がいなければ、もっと昔に美春と私の関係は最悪な形で幕を閉じていただろう。
「そうよ、そう……、お姉ちゃんの意思で『花音』を辞めるなんて出来ない。会社が許さない」
「美春は黙っていろ!」
一瞬放たれた律季からの威圧に、不気味な笑みを浮かべ力なく笑う美春が押し黙る。
「穂花がしたことで多くの関係者に迷惑をかけたことは理解しているな。引退宣言の対応で、会社内は大混乱に陥っている。その責任を穂花は負わなければいけないことも分かるな?」
「えぇ、誰にも言わずに引退配信を取った責任はすべて私にある。混乱が落ち着くまで、花音を続けろと言うのであれば、そうする。会社の意向には従うつもりよ」
「穂花、俺はな……、すべての責任が穂花にあるとは思っていない。会社にも責任があると思っている。鏡レンナを売り込むために、花音としての活動を制限していたのは会社側だ。そのくせ、完全には花音を鏡レンナから切り離さなかった。本来であれば、鏡レンナの知名度が上がった時点で花音は引退するのが筋だろう。しかし、それをさせなかった会社側にも責任はある」
律季の言っていることは事実だ。
デビュー当時、鏡レンナの知名度が上がった時点で花音はVチューバーを引退すると言われていた。しかし、鏡レンナの人気が出た今も、花音の引退話が出ることはなかった。
ずっと美春の意向で、花音引退が先延ばしになっていたと思っていたが、そうではなかったのだろうか?
「律季、聞いてもいい? 花音引退の話が出なかったのは美春が圧力をかけていたからじゃないの?」
「それは違う。完全に会社側の意向が大きい。穂花は気づいていないかもしれないが、今もなお『花音』の人気は絶大だ。鏡レンナのファンの中には、花音の熱狂的なファンも含まれている。花音が引退すれば、間違いなく鏡レンナのファンの三分の一は、離れていくだろう。それだけ、花音の影響力は強い。だからこそ、花音の活動を制限し、鏡レンナの露出を増やしてきたが、花音の影響力を下げることは出来なかった」
律季の言葉が心に浸透していく。
私の『花音』としての活動は無駄ではなかった。
今でも『花音』のファンはたくさんいる。その事実が心をふるわせる。
「結局、会社も穂花の優しさに甘え……、いや、俺が甘えていただけか。穂花、すまなかった。お前の気持ちに気づきながら、ずっと無理をさせてきたな」
律季の言葉に頭をふる。
彼は鏡レンナのマネージャーであると同時に、花音のマネージャーでもあったのだ。特殊な二人の間に挟まれ、辛い立場にあったのは律季も同じ。どちらかを取れば、もう片方が蔑ろになるのは自然の理。
鏡レンナを売り込むように会社から言われていた律季が美春を重視するのは当然だ。彼の立場では、そうする他なかった。
それでも、頭を下げ謝ってくれる。
勝手に引退宣言をした私の一番の被害者なのにね。
「律季、もういいの。貴方の立場もわかるから。でも、限界なの」
「あぁ、わかっている。このままじゃ、花音だけじゃない、鏡レンナもつぶれる。それは、美春お前もわかっているな」
「でも……、でも、今まで上手くやってきたじゃない! これからだって、上手く――」
「――本当に、上手く行くと思っているなら、今すぐ鏡レンナを辞めるべきだ。芸能界はそんな甘い世界じゃない。美春、現実を見ろ! 花音の恩恵にすがっているうちは、本当の意味で成功なんて出来ない」
「いやよ、いや……、お姉ちゃんと離れるなんて……」
小さく身体を丸め、膝を抱えて泣く美春が、幼い頃の彼女と重なり胸がずきりと痛む。私の服をギュッと掴み泣いていた幼い美春が、私を苦しめる。
緊迫した空気を破り、固い声が割って入る。
美春の隣で、一言もしゃべらず事の成り行きを見守っていた律季の声に、張りつめていた緊張感が一瞬途切れた。
「律季は黙ってなさいよ! これはお姉ちゃんと私の問題なの!!」
「美春、落ち着け……」
美春の怒鳴り声にも動じない律季の静かな声が昂った神経を少し落ち着かせてくれる。
美春の雰囲気に呑まれている場合ではない。ここは冷静にならなきゃ、上手く行くものも、行かなくなってしまう。
「今のままでは平行線のままだろう。美春、おまえが何を言っても、穂花の気持ちは変わらない。それは、お前だって分かっているだろ。今までのようには行かないって」
律季の言葉に激昂して立ち上がっていた美春が、力なく椅子に身体を落とす。
「……分かっているわよ、そうだって」
「そして、穂花も分かるよな。簡単に『花音』を辞めるなんて出来ないことも」
スッとこちらへと視線を投げた律季の言葉に黙って頷く。
勝手に引退配信を取ったがために、多くの関係者に迷惑をかけているのは自覚している。『花音』のマネージャーでもある律季が一番の被害者であることもわかっている。開口一番怒鳴りつけられてもおかしくない状況なのに、家へと戻った私を気遣ってくれた。
本当に出来た人だと思う。
律季がいなければ、もっと昔に美春と私の関係は最悪な形で幕を閉じていただろう。
「そうよ、そう……、お姉ちゃんの意思で『花音』を辞めるなんて出来ない。会社が許さない」
「美春は黙っていろ!」
一瞬放たれた律季からの威圧に、不気味な笑みを浮かべ力なく笑う美春が押し黙る。
「穂花がしたことで多くの関係者に迷惑をかけたことは理解しているな。引退宣言の対応で、会社内は大混乱に陥っている。その責任を穂花は負わなければいけないことも分かるな?」
「えぇ、誰にも言わずに引退配信を取った責任はすべて私にある。混乱が落ち着くまで、花音を続けろと言うのであれば、そうする。会社の意向には従うつもりよ」
「穂花、俺はな……、すべての責任が穂花にあるとは思っていない。会社にも責任があると思っている。鏡レンナを売り込むために、花音としての活動を制限していたのは会社側だ。そのくせ、完全には花音を鏡レンナから切り離さなかった。本来であれば、鏡レンナの知名度が上がった時点で花音は引退するのが筋だろう。しかし、それをさせなかった会社側にも責任はある」
律季の言っていることは事実だ。
デビュー当時、鏡レンナの知名度が上がった時点で花音はVチューバーを引退すると言われていた。しかし、鏡レンナの人気が出た今も、花音の引退話が出ることはなかった。
ずっと美春の意向で、花音引退が先延ばしになっていたと思っていたが、そうではなかったのだろうか?
「律季、聞いてもいい? 花音引退の話が出なかったのは美春が圧力をかけていたからじゃないの?」
「それは違う。完全に会社側の意向が大きい。穂花は気づいていないかもしれないが、今もなお『花音』の人気は絶大だ。鏡レンナのファンの中には、花音の熱狂的なファンも含まれている。花音が引退すれば、間違いなく鏡レンナのファンの三分の一は、離れていくだろう。それだけ、花音の影響力は強い。だからこそ、花音の活動を制限し、鏡レンナの露出を増やしてきたが、花音の影響力を下げることは出来なかった」
律季の言葉が心に浸透していく。
私の『花音』としての活動は無駄ではなかった。
今でも『花音』のファンはたくさんいる。その事実が心をふるわせる。
「結局、会社も穂花の優しさに甘え……、いや、俺が甘えていただけか。穂花、すまなかった。お前の気持ちに気づきながら、ずっと無理をさせてきたな」
律季の言葉に頭をふる。
彼は鏡レンナのマネージャーであると同時に、花音のマネージャーでもあったのだ。特殊な二人の間に挟まれ、辛い立場にあったのは律季も同じ。どちらかを取れば、もう片方が蔑ろになるのは自然の理。
鏡レンナを売り込むように会社から言われていた律季が美春を重視するのは当然だ。彼の立場では、そうする他なかった。
それでも、頭を下げ謝ってくれる。
勝手に引退宣言をした私の一番の被害者なのにね。
「律季、もういいの。貴方の立場もわかるから。でも、限界なの」
「あぁ、わかっている。このままじゃ、花音だけじゃない、鏡レンナもつぶれる。それは、美春お前もわかっているな」
「でも……、でも、今まで上手くやってきたじゃない! これからだって、上手く――」
「――本当に、上手く行くと思っているなら、今すぐ鏡レンナを辞めるべきだ。芸能界はそんな甘い世界じゃない。美春、現実を見ろ! 花音の恩恵にすがっているうちは、本当の意味で成功なんて出来ない」
「いやよ、いや……、お姉ちゃんと離れるなんて……」
小さく身体を丸め、膝を抱えて泣く美春が、幼い頃の彼女と重なり胸がずきりと痛む。私の服をギュッと掴み泣いていた幼い美春が、私を苦しめる。
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