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一歩ふみ出す勇気
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「本当に、ここでいいの? 一緒に行こうか?」
颯真さんの車に乗り込み本社ビルを後にした私は、自宅マンションからほど近い公園の側で車を止めてもらう。
助手席側の扉に手をかけた私のもう片方の手が彼の手に捕まり、キュッと握られる。その引き止めようとするかのような彼の行動に、胸が切なさで痛む。
美春との対決を前に、緊張が彼に伝わってしまったのかもしれない。
本当は逃げ出したいほど怖い。
颯真さんが隣に居てくれたらどんなに心強いかと思う。でも、そんな弱気じゃダメだと叱咤する声も頭では響いているのだ。
これは、私の問題。誰かに頼っては何も変わらない。
「颯真さん、ありがとう。でもね、一人で解決しなきゃ、私変われない。これからも、問題が起こるたびにあなたに頼ってしまう。そんな弱い私にはなりたくない。だから、見守っていて欲しいの」
「そっか……、わかった。穂花がどんな選択をしようとも俺は、君の気持ちを尊重する。ただ、これだけは約束して。絶対に俺の前から消えないと」
彼は気づいているのだろう。『花音』の正体に……
それを知ってなお、私の選ぶ未来を尊重すると言ってくれているのだ。
『花音』はこの世から消える。引退宣言をした今、それは確定事項だ。しかし、花音の正体を知った彼であれば、引退を引き止めることも出来る。
それなのに、私の選ぶ未来に口を出さず見守る選択をしてくれた彼の優しさが、心を熱くする。
『颯真さんが好き』
この言葉が心を満たし溢れ出しそうで苦しい。
――でも、今は言うべき時ではない。
「颯真さん――」
彼の瞳を見つめ、人差し指を彼の唇へと落とし微笑む。
「――待っていて。必ず、颯真さんに私の想い、伝えるから」
車の扉を開け、外へ降り立つと一瞬だけ彼を振り返る。瞳を丸くし驚く颯真さんの顔を見て笑みを浮かべると、踵を返し早足で歩き出した。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「それで、話ってなによ? 謝る気にでもなった?」
リビングの椅子に座り、挑発的な笑みを浮かべる美春を見ても、私の心は凪いでいた。
玄関扉の前に立った時から覚悟は出来ている。家の中へと入り、リビングの扉を開けた私の存在に一番に気づいたのは律季だった。カチャッと鳴った扉の音に、ダイニングテーブルに突っ伏していた律季の顔が上がる。その顔には疲れの色が濃く残っていた。
律季には申し訳ないことをしたと思う。
本来であれば、姉である私が怪我をした美春を介抱するべきだった。それを全て律季に任せ、美春の存在から逃げ出したのだ。でも、律季は私を責めなかった。そして、なにも聞かず私の望みを叶え、美春をリビングへと連れ出してくれた。
挑発的な言葉を吐く美春を無視し、律季に視線を合わせる。美春の隣に座る彼の顔には今も覇気がない。
「律季、ごめんなさい。貴方に美春のこと全て任せて逃げ出したこと、本当にごめんなさい」
「なんで、律季に謝んのよ!! お姉ちゃんが謝るべきは、この私でしょうが!」
律季の目を真っ直ぐに見つめ謝罪の言葉を口にし、深く頭を下げる。そんな私の様子に、美春の激昂した声が響くがそれを聞いても、心は揺れない。
「美春に謝ることなんてなにもない……」
「なっ!! なんでよ! お姉ちゃんが勝手をするから私が怪我をしたんじゃない」
「それは、私が花音を辞めると誰にも相談せずに配信を取ったから?」
「そうよ! お姉ちゃんが、辞めるなんて言ったから激昂したファンに襲われたんじゃない」
「ねぇ、美春……それって、本当のこと?」
「えっ? えぇ……、本当のことに決まっているじゃない。まさか、疑っているの?」
スッと目を逸らした美春の様子に確信を得る。
やはり、颯真さんが言っていたことは本当だった。美春が襲われたのは、花音が引退宣言をしたからじゃない。それと同時にスクープされた熱愛報道が事の発端だったのだ。
「美春が襲われた原因は、鏡レンナと颯真さんの熱愛報道が発端だったて、聞いたの。鏡レンナの熱狂的なファンが起こした事件だったって。違うの?」
「そ、それは……」
目を逸らし、爪を噛む美春の様子に、彼女の焦りが手に取るようにわかる。幼い頃からずっと一緒だったのだ。美春の癖なら熟知している。
予想外なことが起きてイライラしているのだ。
きっと、今の今まで自分の優位性を疑いもしなかったに違いない。だからこそ焦っている。
そんなことを冷静に観察できるくらいには、今の私の精神状態は落ち着いていた。
「――そ、そんなことわからないじゃない! その犯人の男が、そう言ったの!」
「いいえ、この事件のもう一人の当事者だった颯真さんに聞いたの。彼も美春も、警察の人に事情を聞かれたのでしょ? そうよね、律季」
「あぁ、そうだ」
「なっ!? 律季、裏切る気なの!」
「もう、無理だろ。それくらい理解しろよ」
律季の返答にガバッと彼の方へと首を向けた美春の顔が真っ赤に染まり鬼の形相へと変化する。
美春は、始めから律季を味方につけ、今回の襲撃事件を花音引退のせいにするつもりだったのだろう。しかし、もう一人の当事者、颯真さんから事の真相が私に知らされたと知った今、嘘をつき続けることは不可能だとわかったはずだ。だからこそ、律季は美春に見切りをつけた。
「うるさい、うるさい、うるさい!!!!」
半狂乱で叫び出した美春を見ても、私の心は冷静さを失わない。以前の私であれば、すぐに彼女の思い通りに行動していただろう。
たとえ自分に非が無くても、美春の気持ちを優先し、謝っていた。
その結果が、今の美春と私との関係を生んだ。
すべて美春が悪い訳ではない。
自分の気持ちを押し殺し、彼女の望む『穂花』を演じ続けてきた私にも非はある。
だからこそ、終止符を打たなければならない。
今の関係は、誰にとっても不幸でしかないから。
もう肉親を失いたくないという強迫観念を抱えた美春にとっても……
颯真さんの車に乗り込み本社ビルを後にした私は、自宅マンションからほど近い公園の側で車を止めてもらう。
助手席側の扉に手をかけた私のもう片方の手が彼の手に捕まり、キュッと握られる。その引き止めようとするかのような彼の行動に、胸が切なさで痛む。
美春との対決を前に、緊張が彼に伝わってしまったのかもしれない。
本当は逃げ出したいほど怖い。
颯真さんが隣に居てくれたらどんなに心強いかと思う。でも、そんな弱気じゃダメだと叱咤する声も頭では響いているのだ。
これは、私の問題。誰かに頼っては何も変わらない。
「颯真さん、ありがとう。でもね、一人で解決しなきゃ、私変われない。これからも、問題が起こるたびにあなたに頼ってしまう。そんな弱い私にはなりたくない。だから、見守っていて欲しいの」
「そっか……、わかった。穂花がどんな選択をしようとも俺は、君の気持ちを尊重する。ただ、これだけは約束して。絶対に俺の前から消えないと」
彼は気づいているのだろう。『花音』の正体に……
それを知ってなお、私の選ぶ未来を尊重すると言ってくれているのだ。
『花音』はこの世から消える。引退宣言をした今、それは確定事項だ。しかし、花音の正体を知った彼であれば、引退を引き止めることも出来る。
それなのに、私の選ぶ未来に口を出さず見守る選択をしてくれた彼の優しさが、心を熱くする。
『颯真さんが好き』
この言葉が心を満たし溢れ出しそうで苦しい。
――でも、今は言うべき時ではない。
「颯真さん――」
彼の瞳を見つめ、人差し指を彼の唇へと落とし微笑む。
「――待っていて。必ず、颯真さんに私の想い、伝えるから」
車の扉を開け、外へ降り立つと一瞬だけ彼を振り返る。瞳を丸くし驚く颯真さんの顔を見て笑みを浮かべると、踵を返し早足で歩き出した。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「それで、話ってなによ? 謝る気にでもなった?」
リビングの椅子に座り、挑発的な笑みを浮かべる美春を見ても、私の心は凪いでいた。
玄関扉の前に立った時から覚悟は出来ている。家の中へと入り、リビングの扉を開けた私の存在に一番に気づいたのは律季だった。カチャッと鳴った扉の音に、ダイニングテーブルに突っ伏していた律季の顔が上がる。その顔には疲れの色が濃く残っていた。
律季には申し訳ないことをしたと思う。
本来であれば、姉である私が怪我をした美春を介抱するべきだった。それを全て律季に任せ、美春の存在から逃げ出したのだ。でも、律季は私を責めなかった。そして、なにも聞かず私の望みを叶え、美春をリビングへと連れ出してくれた。
挑発的な言葉を吐く美春を無視し、律季に視線を合わせる。美春の隣に座る彼の顔には今も覇気がない。
「律季、ごめんなさい。貴方に美春のこと全て任せて逃げ出したこと、本当にごめんなさい」
「なんで、律季に謝んのよ!! お姉ちゃんが謝るべきは、この私でしょうが!」
律季の目を真っ直ぐに見つめ謝罪の言葉を口にし、深く頭を下げる。そんな私の様子に、美春の激昂した声が響くがそれを聞いても、心は揺れない。
「美春に謝ることなんてなにもない……」
「なっ!! なんでよ! お姉ちゃんが勝手をするから私が怪我をしたんじゃない」
「それは、私が花音を辞めると誰にも相談せずに配信を取ったから?」
「そうよ! お姉ちゃんが、辞めるなんて言ったから激昂したファンに襲われたんじゃない」
「ねぇ、美春……それって、本当のこと?」
「えっ? えぇ……、本当のことに決まっているじゃない。まさか、疑っているの?」
スッと目を逸らした美春の様子に確信を得る。
やはり、颯真さんが言っていたことは本当だった。美春が襲われたのは、花音が引退宣言をしたからじゃない。それと同時にスクープされた熱愛報道が事の発端だったのだ。
「美春が襲われた原因は、鏡レンナと颯真さんの熱愛報道が発端だったて、聞いたの。鏡レンナの熱狂的なファンが起こした事件だったって。違うの?」
「そ、それは……」
目を逸らし、爪を噛む美春の様子に、彼女の焦りが手に取るようにわかる。幼い頃からずっと一緒だったのだ。美春の癖なら熟知している。
予想外なことが起きてイライラしているのだ。
きっと、今の今まで自分の優位性を疑いもしなかったに違いない。だからこそ焦っている。
そんなことを冷静に観察できるくらいには、今の私の精神状態は落ち着いていた。
「――そ、そんなことわからないじゃない! その犯人の男が、そう言ったの!」
「いいえ、この事件のもう一人の当事者だった颯真さんに聞いたの。彼も美春も、警察の人に事情を聞かれたのでしょ? そうよね、律季」
「あぁ、そうだ」
「なっ!? 律季、裏切る気なの!」
「もう、無理だろ。それくらい理解しろよ」
律季の返答にガバッと彼の方へと首を向けた美春の顔が真っ赤に染まり鬼の形相へと変化する。
美春は、始めから律季を味方につけ、今回の襲撃事件を花音引退のせいにするつもりだったのだろう。しかし、もう一人の当事者、颯真さんから事の真相が私に知らされたと知った今、嘘をつき続けることは不可能だとわかったはずだ。だからこそ、律季は美春に見切りをつけた。
「うるさい、うるさい、うるさい!!!!」
半狂乱で叫び出した美春を見ても、私の心は冷静さを失わない。以前の私であれば、すぐに彼女の思い通りに行動していただろう。
たとえ自分に非が無くても、美春の気持ちを優先し、謝っていた。
その結果が、今の美春と私との関係を生んだ。
すべて美春が悪い訳ではない。
自分の気持ちを押し殺し、彼女の望む『穂花』を演じ続けてきた私にも非はある。
だからこそ、終止符を打たなければならない。
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