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熱愛報道
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リビングのソファに腰掛け、テレビ画面を注視する。数日前から芸能を賑わしているあるニュースの見出しが今も画面を占拠している状態に、心の中は荒れ狂っていた。
『鏡レンナ、恋人発覚!? お相手は有名企業の若手社長』
そんなありきたりなテロップでさえ、私の心を動揺させるには充分だった。
昨夜、取った『Vチューバー花音』としての最後の配信。これを最後に『花音』は消えるはずだった。
『花音』を辞め『清瀬穂花』として、颯真さんに想いを告げようと思っていた。彼の心に私がいなくとも『好き』という気持ちだけは最後に伝えようと。
「はぁぁ……」
テレビ画面を見つつ今日何度目かのため息をつく。
鏡レンナと颯真さんの熱愛報道。
いつかこんな事になるのではないかと思っていた。妹から告げられる彼とのデート内容は、日に日に親密度を増していたのだ。今も画面から流れるスクープ映像は、高級レストランから手を繋ぎエントランスを出る二人を激写している。もしかしたら、最後の配信を取ったあの夜の写真かもしれない。あの夜、美春は帰って来なかったのだから。
二人の事を考えれば考えるほど、心に刻まれる傷は増えていく。
今も画面でペラペラと自論を展開するコメンテーターが、二人の結婚は秒読みではないかと言っている。その根拠に掲げられた『花音引退』のフリップが、さらに私を追いつめる。
今朝スクープとして放送された花音の引退報道が、二人の熱愛報道に信憑性を与える結果になるなんて、皮肉でしかない。
――でも、もう逃げない
一歩を踏み出すと決めたのだ。もう影の存在の自分とは訣別する。
それには、美春を説得しなければならない。彼女の性格を考えれば、私が花音をやめる事を絶対に許さない。だから、美春に何も言わずに、花音としての最後の配信をとった。
『花音引退』の知らせを事務所から受けた美春は血相を変えて帰ってくる。ウキウキ顔で颯真さんとのデートへ行くと早朝に家を出た美春は昨日の『花音』の配信を知らない。
今頃、律季から緊急の連絡が入っている頃かな。
デート中に呼び出される美春の焦り顔を想像し、少しだけ胸がすく思いがした。
ソファに深く腰かけ、両手に抱きしめたクッションに顔を埋める。
ただ気掛かりもある。いやに静かなのだ。
大々的に花音引退が報道されてしまったのだ。事務所から何らかのアクションがあってもおかしくはない。スマホの電源を切っているからといって、ここにも誰も来ないのは明らかにおかしい。
何かイレギュラーな事件が起こったの?
胸に去来した言いようのない不安を追い払うため、頭を振った時だった。玄関の鍵が開き、エントランスでバタバタという音がし、話し声が聞こえた。
美春が帰ってきた?
ソファから立ち上がると、早足で玄関へと向かいそこで見た光景に息を呑む。
「み、美春……、どうしたの?」
「どうしたも、こうしたもないわよ! 見てわからないの、怪我したのよ!!」
律季の肩をかり帰宅した美春は、松葉杖をついている。そして、片足には包帯が巻かれていた。
「……どうして」
「全部、お姉ちゃんのせいよ!! なんなのよ、あの報道……」
しゃがみ込み泣き出してしまった美春を見て、さらに頭は混乱していく。
きっと美春が泣き崩れた原因は、花音引退報道の事だと思う。彼女と決着をつけるため、誰にも相談せずに昨夜の引退配信を取ったのだ。
ただ、美春は足の怪我も私のせいだと言う。
いったい何があったというの?
泣きじゃくる美春に聞いても要領を得ないだろう。何か知っているなら――
「律季……、何があったの?」
床に突っ伏し泣く美春に寄り添っていた律季に問いかける。
「暴漢に襲われたんだよ。たぶん昨日の穂花の配信が原因だ」
「うそ……、そんな――」
「お姉ちゃんが全部悪いのよ! 私を捨てて辞めるなんて絶対許さないんだから!!」
憎悪も顕に、こちらを睨む美春の狂気を垣間見て心臓がバクバクと早鐘を打つ。
私のせいで、美春に怪我をさせた。
包帯を巻いた美春の足が目に入り、罪悪感で押しつぶされそうになる。その光景から目を逸らすように俯いた私に追い討ちをかけるように美春の金切り声が響く。
「お姉ちゃんのせいよ。歩けなくなったら――」
「――美春、やめろ! もういいだろう。それ以上、穂花を追いつめるな」
「なによ! 律季だって、困るじゃない!! 鏡レンナのライブだって控えているのに、どうすんのよ」
「……歩けなくなるって、どういうこと?」
「見てわからないの! 全治三ヶ月の重症なの。完治しても元のように生活出来るかなんてわからない。お姉ちゃんのせいで、私の人生お先まっ暗よ。やっと鏡レンナの人気も花音を越えてきたのに。どう責任取るつもりよ!!」
美春の言葉が頭を中をクルクルと回り、その言葉の衝撃に足元がグラグラと揺れる。
私のせいで、美春の人生を台無しにしてしまった。
昨日の引退配信がこんな結果に繋がるなんて思いもしなかった。
なにが影の自分と決別して一歩を踏み出すよ……
今さら、自分の行いを後悔しても遅い。
堪えきれずあふれ出した涙が頬を伝い落ちていく。
「……ごめん、美春」
罪悪感に押しつぶされた私は、その場を逃げ出した。それが、美春の怒りをさらに煽る結果につながると分かっていても、耐えられなかった。
『鏡レンナ、恋人発覚!? お相手は有名企業の若手社長』
そんなありきたりなテロップでさえ、私の心を動揺させるには充分だった。
昨夜、取った『Vチューバー花音』としての最後の配信。これを最後に『花音』は消えるはずだった。
『花音』を辞め『清瀬穂花』として、颯真さんに想いを告げようと思っていた。彼の心に私がいなくとも『好き』という気持ちだけは最後に伝えようと。
「はぁぁ……」
テレビ画面を見つつ今日何度目かのため息をつく。
鏡レンナと颯真さんの熱愛報道。
いつかこんな事になるのではないかと思っていた。妹から告げられる彼とのデート内容は、日に日に親密度を増していたのだ。今も画面から流れるスクープ映像は、高級レストランから手を繋ぎエントランスを出る二人を激写している。もしかしたら、最後の配信を取ったあの夜の写真かもしれない。あの夜、美春は帰って来なかったのだから。
二人の事を考えれば考えるほど、心に刻まれる傷は増えていく。
今も画面でペラペラと自論を展開するコメンテーターが、二人の結婚は秒読みではないかと言っている。その根拠に掲げられた『花音引退』のフリップが、さらに私を追いつめる。
今朝スクープとして放送された花音の引退報道が、二人の熱愛報道に信憑性を与える結果になるなんて、皮肉でしかない。
――でも、もう逃げない
一歩を踏み出すと決めたのだ。もう影の存在の自分とは訣別する。
それには、美春を説得しなければならない。彼女の性格を考えれば、私が花音をやめる事を絶対に許さない。だから、美春に何も言わずに、花音としての最後の配信をとった。
『花音引退』の知らせを事務所から受けた美春は血相を変えて帰ってくる。ウキウキ顔で颯真さんとのデートへ行くと早朝に家を出た美春は昨日の『花音』の配信を知らない。
今頃、律季から緊急の連絡が入っている頃かな。
デート中に呼び出される美春の焦り顔を想像し、少しだけ胸がすく思いがした。
ソファに深く腰かけ、両手に抱きしめたクッションに顔を埋める。
ただ気掛かりもある。いやに静かなのだ。
大々的に花音引退が報道されてしまったのだ。事務所から何らかのアクションがあってもおかしくはない。スマホの電源を切っているからといって、ここにも誰も来ないのは明らかにおかしい。
何かイレギュラーな事件が起こったの?
胸に去来した言いようのない不安を追い払うため、頭を振った時だった。玄関の鍵が開き、エントランスでバタバタという音がし、話し声が聞こえた。
美春が帰ってきた?
ソファから立ち上がると、早足で玄関へと向かいそこで見た光景に息を呑む。
「み、美春……、どうしたの?」
「どうしたも、こうしたもないわよ! 見てわからないの、怪我したのよ!!」
律季の肩をかり帰宅した美春は、松葉杖をついている。そして、片足には包帯が巻かれていた。
「……どうして」
「全部、お姉ちゃんのせいよ!! なんなのよ、あの報道……」
しゃがみ込み泣き出してしまった美春を見て、さらに頭は混乱していく。
きっと美春が泣き崩れた原因は、花音引退報道の事だと思う。彼女と決着をつけるため、誰にも相談せずに昨夜の引退配信を取ったのだ。
ただ、美春は足の怪我も私のせいだと言う。
いったい何があったというの?
泣きじゃくる美春に聞いても要領を得ないだろう。何か知っているなら――
「律季……、何があったの?」
床に突っ伏し泣く美春に寄り添っていた律季に問いかける。
「暴漢に襲われたんだよ。たぶん昨日の穂花の配信が原因だ」
「うそ……、そんな――」
「お姉ちゃんが全部悪いのよ! 私を捨てて辞めるなんて絶対許さないんだから!!」
憎悪も顕に、こちらを睨む美春の狂気を垣間見て心臓がバクバクと早鐘を打つ。
私のせいで、美春に怪我をさせた。
包帯を巻いた美春の足が目に入り、罪悪感で押しつぶされそうになる。その光景から目を逸らすように俯いた私に追い討ちをかけるように美春の金切り声が響く。
「お姉ちゃんのせいよ。歩けなくなったら――」
「――美春、やめろ! もういいだろう。それ以上、穂花を追いつめるな」
「なによ! 律季だって、困るじゃない!! 鏡レンナのライブだって控えているのに、どうすんのよ」
「……歩けなくなるって、どういうこと?」
「見てわからないの! 全治三ヶ月の重症なの。完治しても元のように生活出来るかなんてわからない。お姉ちゃんのせいで、私の人生お先まっ暗よ。やっと鏡レンナの人気も花音を越えてきたのに。どう責任取るつもりよ!!」
美春の言葉が頭を中をクルクルと回り、その言葉の衝撃に足元がグラグラと揺れる。
私のせいで、美春の人生を台無しにしてしまった。
昨日の引退配信がこんな結果に繋がるなんて思いもしなかった。
なにが影の自分と決別して一歩を踏み出すよ……
今さら、自分の行いを後悔しても遅い。
堪えきれずあふれ出した涙が頬を伝い落ちていく。
「……ごめん、美春」
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