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自己嫌悪
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「ある訳ないか……」
メールの着信画面を何度開いても、無意味だと言う事はわかっている。ただ、その行為を止める事だけは出来なかった。
私室の隅に置かれたソファの背に身を委ね、今日何度目かのため息をこぼす。
あの夜を境に、颯真さんからの連絡はパタリと止まった。
彼行きつけのバーでヤケ酒をした挙句当たり散らし、それでも追いかけて来てくれた彼を誘うような真似をした、はしたない女。幻滅されても不思議ではない。しかも、自分から誘っておいて寝落ちするなんて、本当タチが悪い。そんな女とは、さっさと縁を切りたいと考えるのが普通だろう。
それに、颯真さんの『鏡レンナの人となりを知る』という目的は達成されたのだ。
ウキウキ顔で今朝告げられた美春の言葉が胸をえぐる。
『一色さんとデートなの♡ 今日は、どこに連れて行ってくれるのかなぁ? この前の水族館デートも良かった。美春のためにって貸し切ってくれたの』
お化粧をしながら自慢げに語られる颯真さんとのデート内容に、興味のない振りをするので精一杯だった。
今頃二人は楽しいデートか。
あの夜と同じように手を繋いで歩いて、お姫さまのようにエスコートされて、美味しい食事の後は夜景の観えるホテルの一室で、二人は――
颯真さんと美春のキスシーンが脳裏を掠め、慌てて二人の映像をかき消すが、心に負ったダメージは想像以上に大きかった。
「二人は、付き合いだしたのかな……」
ポツリと呟いた言葉は、静かな部屋に響き消えていく。
もう考えるのをやめよう。元々、颯真さんとは住む世界が違うのだ。華やかな世界に身を置く妹とならまだしも、何の取り柄もない私が彼の隣に並べる訳ないのだ。
社長と平社員の関係に戻るだけ。
手に持ったスマホのバイブ音に顔をあげ、画面を見て涙が込み上げる。
『今日の定期配信はお休みしてね。一色さんと楽しい夜を過ごす事になったから』
楽しい夜って何よ……
どうせ二人でラブラブな夜でも過ごすんでしょうよ!
本当、未練たらたらにもほどがある。
そんな自分にも嫌気がさし、腕に抱えたクッションに顔を埋めれば、目から溢れ落ちた涙を布地がすべて吸い取ってくれる。
吸い取られた涙のように、この想いも全て消えてなくなってしまえばいいのに。
そんな事を本気で思うほどには病んでいた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「――おい、大丈夫かよ?」
来訪を告げるチャイムの音に、相手を確認せずに扉を開けた事を後悔した。
「律季……、美春ならいない」
「知っている。穂花の会社の社長とデートだろ」
「ふふふ、鏡レンナのマネージャーのくせに、担当タレントのデートを容認だなんて……、スキャンダルになっても良いわけ?」
「別にいいんじゃねぇのか。一色グループの御曹司だろ。すっぱ抜かれても鏡レンナには得にしかならねぇよ」
「本当、相変わらず冷たいって言うか、何と言うか。利があれば何だって利用するのね」
「芸能関係なんて、そんなもんだろ」
ライバルを蹴落とし這い上がらねば淘汰されてしまう世界に身を置く者にとっては、律季の言葉は正しい。ただ、今の私にはそれを受け止めるだけの精神的余裕はなかった。
どうせ、美春にでも言われて私を監視にでも来たのだろう。
「それもそうね。所属タレントは人ではなく、商品ですもんね。それで律季は何をしに来たわけ? 美春にでも言われた。私が下手な行動を起こさないように見張っていてって。大丈夫よ、配信なんて取らないから」
「いいや、違う。美春は関係ない。穂花、お前最近ちゃんと食っているか?」
「えっ……」
「お前放っておくと、平気で何日も食わない事あるだろ。顔色も悪いし……」
スッと伸びた手に頬を撫でられ、反射的に払い除けていた。
こう言う所が、本当嫌い。
弱っている事を目敏く察知して手を差し伸べる。昔から変わらない律季の態度が益々私を追いつめているなんて、彼は気づきもしないのだろう。
「――大きなお世話よ! もう、帰って……」
律季の顔を見ているのも嫌で、俯くと瞳からあふれた涙がパタパタと床へと落ちる。
こんな自分見られたくない。
反射的に彼を扉の外へ押しやろうとして手を掴まれ、胸へと抱き込まれていた。
「離して! 帰って、帰ってよ!!」
「そんな状態の穂花置いて帰れる訳ないだろ。入るぞ」
無情にも、玄関扉がバタンと音をたて閉じられる。
「――もう……、帰って……」
「穂花――、どうして俺じゃ駄目なんだ?」
「……」
「なんでアイツなんだよ。ずっと、お前の側にいたのは俺じゃないか。穂花だって、俺の気持ち知っているだろ」
律季の気持ち……、何度も好きと言ってくれた。彼の好きが、兄妹愛ではないことくらい分かっている。ただ、彼の気持ちを受け入れる事だけは出来ない。受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなると心が知っていたから。妹からも、律季からも、そして伊勢谷家からも。
両親が死に、妹と二人、伊勢谷家に引き取られ何不自由なく育てられた。なんの不満もない満たされた人生。赤の他人から見れば、幸せな人生だと言うだろう。しかし、私の心は悲鳴をあげていた。優しい叔父、叔母に迷惑をかける訳にはいかない。良い子の仮面を被り生きることが板につき、いつしか本当の自分がわからなくなる。人の顔色を伺い、自分の感情を殺して生きる。それが当たり前になればなるほど、心は死んでいった。自分を殺し生きることに、心はすでに限界を迎えていたのだ。
律季の想いを受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなる。
心の中で鳴り響く警鐘が、彼の想いを受け入れる事を拒否した。最後の防衛本能だったのだろう。
「――無理よ。律季の想いには応えられない」
「くそっ――、なんで……アイツなんだよ。お前を変えたのが――」
「ごめん……、律季――」
痛いくらいに抱きしめられた腕の力が、さらに強まり息が出来ない。
「り、律季……、く、苦し……」
「――ずっと側にいた。穂花……、なんで応えてくれないんだよ……、なんで――」
その言葉を最後に、私の意識は暗転した。
メールの着信画面を何度開いても、無意味だと言う事はわかっている。ただ、その行為を止める事だけは出来なかった。
私室の隅に置かれたソファの背に身を委ね、今日何度目かのため息をこぼす。
あの夜を境に、颯真さんからの連絡はパタリと止まった。
彼行きつけのバーでヤケ酒をした挙句当たり散らし、それでも追いかけて来てくれた彼を誘うような真似をした、はしたない女。幻滅されても不思議ではない。しかも、自分から誘っておいて寝落ちするなんて、本当タチが悪い。そんな女とは、さっさと縁を切りたいと考えるのが普通だろう。
それに、颯真さんの『鏡レンナの人となりを知る』という目的は達成されたのだ。
ウキウキ顔で今朝告げられた美春の言葉が胸をえぐる。
『一色さんとデートなの♡ 今日は、どこに連れて行ってくれるのかなぁ? この前の水族館デートも良かった。美春のためにって貸し切ってくれたの』
お化粧をしながら自慢げに語られる颯真さんとのデート内容に、興味のない振りをするので精一杯だった。
今頃二人は楽しいデートか。
あの夜と同じように手を繋いで歩いて、お姫さまのようにエスコートされて、美味しい食事の後は夜景の観えるホテルの一室で、二人は――
颯真さんと美春のキスシーンが脳裏を掠め、慌てて二人の映像をかき消すが、心に負ったダメージは想像以上に大きかった。
「二人は、付き合いだしたのかな……」
ポツリと呟いた言葉は、静かな部屋に響き消えていく。
もう考えるのをやめよう。元々、颯真さんとは住む世界が違うのだ。華やかな世界に身を置く妹とならまだしも、何の取り柄もない私が彼の隣に並べる訳ないのだ。
社長と平社員の関係に戻るだけ。
手に持ったスマホのバイブ音に顔をあげ、画面を見て涙が込み上げる。
『今日の定期配信はお休みしてね。一色さんと楽しい夜を過ごす事になったから』
楽しい夜って何よ……
どうせ二人でラブラブな夜でも過ごすんでしょうよ!
本当、未練たらたらにもほどがある。
そんな自分にも嫌気がさし、腕に抱えたクッションに顔を埋めれば、目から溢れ落ちた涙を布地がすべて吸い取ってくれる。
吸い取られた涙のように、この想いも全て消えてなくなってしまえばいいのに。
そんな事を本気で思うほどには病んでいた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「――おい、大丈夫かよ?」
来訪を告げるチャイムの音に、相手を確認せずに扉を開けた事を後悔した。
「律季……、美春ならいない」
「知っている。穂花の会社の社長とデートだろ」
「ふふふ、鏡レンナのマネージャーのくせに、担当タレントのデートを容認だなんて……、スキャンダルになっても良いわけ?」
「別にいいんじゃねぇのか。一色グループの御曹司だろ。すっぱ抜かれても鏡レンナには得にしかならねぇよ」
「本当、相変わらず冷たいって言うか、何と言うか。利があれば何だって利用するのね」
「芸能関係なんて、そんなもんだろ」
ライバルを蹴落とし這い上がらねば淘汰されてしまう世界に身を置く者にとっては、律季の言葉は正しい。ただ、今の私にはそれを受け止めるだけの精神的余裕はなかった。
どうせ、美春にでも言われて私を監視にでも来たのだろう。
「それもそうね。所属タレントは人ではなく、商品ですもんね。それで律季は何をしに来たわけ? 美春にでも言われた。私が下手な行動を起こさないように見張っていてって。大丈夫よ、配信なんて取らないから」
「いいや、違う。美春は関係ない。穂花、お前最近ちゃんと食っているか?」
「えっ……」
「お前放っておくと、平気で何日も食わない事あるだろ。顔色も悪いし……」
スッと伸びた手に頬を撫でられ、反射的に払い除けていた。
こう言う所が、本当嫌い。
弱っている事を目敏く察知して手を差し伸べる。昔から変わらない律季の態度が益々私を追いつめているなんて、彼は気づきもしないのだろう。
「――大きなお世話よ! もう、帰って……」
律季の顔を見ているのも嫌で、俯くと瞳からあふれた涙がパタパタと床へと落ちる。
こんな自分見られたくない。
反射的に彼を扉の外へ押しやろうとして手を掴まれ、胸へと抱き込まれていた。
「離して! 帰って、帰ってよ!!」
「そんな状態の穂花置いて帰れる訳ないだろ。入るぞ」
無情にも、玄関扉がバタンと音をたて閉じられる。
「――もう……、帰って……」
「穂花――、どうして俺じゃ駄目なんだ?」
「……」
「なんでアイツなんだよ。ずっと、お前の側にいたのは俺じゃないか。穂花だって、俺の気持ち知っているだろ」
律季の気持ち……、何度も好きと言ってくれた。彼の好きが、兄妹愛ではないことくらい分かっている。ただ、彼の気持ちを受け入れる事だけは出来ない。受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなると心が知っていたから。妹からも、律季からも、そして伊勢谷家からも。
両親が死に、妹と二人、伊勢谷家に引き取られ何不自由なく育てられた。なんの不満もない満たされた人生。赤の他人から見れば、幸せな人生だと言うだろう。しかし、私の心は悲鳴をあげていた。優しい叔父、叔母に迷惑をかける訳にはいかない。良い子の仮面を被り生きることが板につき、いつしか本当の自分がわからなくなる。人の顔色を伺い、自分の感情を殺して生きる。それが当たり前になればなるほど、心は死んでいった。自分を殺し生きることに、心はすでに限界を迎えていたのだ。
律季の想いを受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなる。
心の中で鳴り響く警鐘が、彼の想いを受け入れる事を拒否した。最後の防衛本能だったのだろう。
「――無理よ。律季の想いには応えられない」
「くそっ――、なんで……アイツなんだよ。お前を変えたのが――」
「ごめん……、律季――」
痛いくらいに抱きしめられた腕の力が、さらに強まり息が出来ない。
「り、律季……、く、苦し……」
「――ずっと側にいた。穂花……、なんで応えてくれないんだよ……、なんで――」
その言葉を最後に、私の意識は暗転した。
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