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誘い誘われ
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「君はずるいね。こんな時だけ俺の名前を呼ぶ」
「ダメですか? ずるい私に幻滅しますか?」
背に回した腕にキュッと力を込め、彼の胸元に頬を寄せる。耳元で聴こえる心臓の音がトクン、トクンと鳴り、心の中で重なっていく。速まる鼓動の音に、私の理性は壊されてしまったのかもしれない。
「颯真さん。帰りたくないなんて言うズルい女が私なんです。嫌なら突き放して――」
「――突き放せる訳、ないだろ。こんな状態の清瀬さん、残して行けないだろ。妹さんと何があったかは聞かない。君の立場の難しさも理解出来る。ただ、今の君は自棄になっているだけじゃないのか?」
「そうかもしれませんね。自棄になっているだけ……。前の自分なら我慢出来た事が、今の自分には我慢出来ない。そう私を変えたのが颯真さんだと言っても、私の事を突き放しますか?」
彼と出会って変わっていった。
始めは、顔が綺麗なだけの変なヲタクだと思っていた。会うたびに予想外の言動に振り回されペースを乱される。それが心底嫌だったはずなのに、いつしか彼と過ごす時間を心待ちにしていた。
劣等感でいっぱいだった自分に、前を向く大切さを教えてくれた。そして、一歩を踏み出す勇気をくれた人。心の中で育ち続けた淡い想いは、いつしか恋へと変わった。
彼をもっと知りたい。そして、彼に自分の事を知ってもらいたい。
彼の探し続けている『花音』は私なのだと伝えたい。膨らみ続ける欲求は爆発寸前だった。
心の中で燻り続ける想いを、もう抑えることなんて出来ない。
「――颯真さん、帰りたくないの。側にいさせて……」
胸元に寄せていた顔をあげ彼の瞳を見つめれば、焦茶色の瞳に映る私は、今にも泣きそうな顔をしている。
「お願い、一人にしないで……」
瞳に映った泣き顔の私が大きくなり、むぎゅっと掴まれた頬がわずかに痛い。
「――ったく、人の気も知らないで……。そんな顔するなって、一人にする訳ないだろ。いくらでも付き合うよ、この酔っ払い」
そう言って笑う彼の顔があまりに無邪気で、胸が切なく痛む。
酔っ払いか……
結局、勇気を振り絞って行動を起こしても彼にこの想いは伝わらない。その事実が胸を痛ませる。
彼と出会い晴れていった心の澱みが増していく。
「それじゃ――、どこへ行きましょうか、お姫様」
「お姫様?……ふふふ……、そうですね。じゃあ、お散歩デートへ行きたいわ」
「お散歩デート?」
「えぇ、こんな時間ですし、どこかに行くって言ってもお店もそろそろ閉まる時間でしょ」
「えっ?! もうそんな時間か? あぁぁ、0時過ぎている」
「良いじゃないですか。今日は土曜日、明日もお休みです」
「それも、そうだな。清瀬さんが、良いならそうしよう。それではお姫様、お手をどうぞ」
差しだされた手に手を重ねればキュッと握られ引き寄せられる。握られた手はジンジンと熱くなるが、冷え切った心を温めてはくれない。ジクジクと痛む心を無視し、笑みを作り彼を見上げる。
「では行きましょうか、騎士様」
「ははは、騎士か。しっかり朝まで守りますよ、お姫様」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
どれほどの時間、手を繋ぎ歩いたのだろうか――
少し前を歩く彼を見つめ手をキュッと握れば、強い力で握り返してくれる。ただそれだけの行為が、こんなにも心を高揚させるなんて知らなかった。
――好き……
この想いを伝える事が出来たなら、どんなに満たされる事か。
しかし『好き』の一言が言えない。言ってしまえば、全てが終わってしまうと知っているから。
彼が想いを寄せているのは『花音』であって私ではない。そして『鏡レンナ』と出会った今、彼もまた妹に奪われる運命なのだ。
過去と同じように。
妹に奪われるまでの、ほんの一瞬だけでも彼の側にいたい。
そんな想いが私を大胆にさせる。
キュッと握った手を強く引けば彼の足が止まった。
「颯真さん……。今夜だけ、私を恋人にしてもらえませんか?」
「今夜だけ君を恋人にって……、意味わかって言っているのか!?」
「もちろんです。今夜だけでいいんです。その後、付きまとったりしませんし、妹とプライベートで会いたいと言うなら協力もします。だから、今夜だけ私の恋人になってください。お願いですから……」
「ちょっと待って。その言い難いんだが、清瀬さんは過去に男女の仲になった人はいるの?」
「いません」
「なら、なおさら大事にするべきじゃないのか。自棄になって捨てるものでもないし……、な」
「颯真さんは処女は嫌ですか?」
「いや……、そう言う事を言っているのではなくて、初めては好きな男に――って、女子の夢だろ。それを好きでもない男に奪われて、後で後悔する」
「じゃあ、私が颯真さんを好きなら抱いてくれますか?」
「清瀬さんが俺を好き!? いや有り得ないだろ……、迷惑しかかけてない自覚はある」
ついて出た言葉にハッとする。
売り言葉に買い言葉ではないが、言えないと思っていた『好き』と言う言葉が口からこぼれ落ちたことで、心の中の枷がボロボロと崩れ落ちた。
どうせ酔っ払いの戯言と思われているのだ。だったら、自分の想いを告げても良いのではないだろうか。
今だけは、しがらみを捨てて自由になったって……
「好き――、颯真さんが好き。今夜だけは、貴方の恋人にしてほしいの」
唇に感じた一瞬の熱が、凍りついた心を溶かす。
「もう、止まれないからな」
その言葉を最後に私の手を掴み歩き出した彼の背を見つめ、心の中にある想いがさらに燃え上がるのを感じていた。
「ダメですか? ずるい私に幻滅しますか?」
背に回した腕にキュッと力を込め、彼の胸元に頬を寄せる。耳元で聴こえる心臓の音がトクン、トクンと鳴り、心の中で重なっていく。速まる鼓動の音に、私の理性は壊されてしまったのかもしれない。
「颯真さん。帰りたくないなんて言うズルい女が私なんです。嫌なら突き放して――」
「――突き放せる訳、ないだろ。こんな状態の清瀬さん、残して行けないだろ。妹さんと何があったかは聞かない。君の立場の難しさも理解出来る。ただ、今の君は自棄になっているだけじゃないのか?」
「そうかもしれませんね。自棄になっているだけ……。前の自分なら我慢出来た事が、今の自分には我慢出来ない。そう私を変えたのが颯真さんだと言っても、私の事を突き放しますか?」
彼と出会って変わっていった。
始めは、顔が綺麗なだけの変なヲタクだと思っていた。会うたびに予想外の言動に振り回されペースを乱される。それが心底嫌だったはずなのに、いつしか彼と過ごす時間を心待ちにしていた。
劣等感でいっぱいだった自分に、前を向く大切さを教えてくれた。そして、一歩を踏み出す勇気をくれた人。心の中で育ち続けた淡い想いは、いつしか恋へと変わった。
彼をもっと知りたい。そして、彼に自分の事を知ってもらいたい。
彼の探し続けている『花音』は私なのだと伝えたい。膨らみ続ける欲求は爆発寸前だった。
心の中で燻り続ける想いを、もう抑えることなんて出来ない。
「――颯真さん、帰りたくないの。側にいさせて……」
胸元に寄せていた顔をあげ彼の瞳を見つめれば、焦茶色の瞳に映る私は、今にも泣きそうな顔をしている。
「お願い、一人にしないで……」
瞳に映った泣き顔の私が大きくなり、むぎゅっと掴まれた頬がわずかに痛い。
「――ったく、人の気も知らないで……。そんな顔するなって、一人にする訳ないだろ。いくらでも付き合うよ、この酔っ払い」
そう言って笑う彼の顔があまりに無邪気で、胸が切なく痛む。
酔っ払いか……
結局、勇気を振り絞って行動を起こしても彼にこの想いは伝わらない。その事実が胸を痛ませる。
彼と出会い晴れていった心の澱みが増していく。
「それじゃ――、どこへ行きましょうか、お姫様」
「お姫様?……ふふふ……、そうですね。じゃあ、お散歩デートへ行きたいわ」
「お散歩デート?」
「えぇ、こんな時間ですし、どこかに行くって言ってもお店もそろそろ閉まる時間でしょ」
「えっ?! もうそんな時間か? あぁぁ、0時過ぎている」
「良いじゃないですか。今日は土曜日、明日もお休みです」
「それも、そうだな。清瀬さんが、良いならそうしよう。それではお姫様、お手をどうぞ」
差しだされた手に手を重ねればキュッと握られ引き寄せられる。握られた手はジンジンと熱くなるが、冷え切った心を温めてはくれない。ジクジクと痛む心を無視し、笑みを作り彼を見上げる。
「では行きましょうか、騎士様」
「ははは、騎士か。しっかり朝まで守りますよ、お姫様」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
どれほどの時間、手を繋ぎ歩いたのだろうか――
少し前を歩く彼を見つめ手をキュッと握れば、強い力で握り返してくれる。ただそれだけの行為が、こんなにも心を高揚させるなんて知らなかった。
――好き……
この想いを伝える事が出来たなら、どんなに満たされる事か。
しかし『好き』の一言が言えない。言ってしまえば、全てが終わってしまうと知っているから。
彼が想いを寄せているのは『花音』であって私ではない。そして『鏡レンナ』と出会った今、彼もまた妹に奪われる運命なのだ。
過去と同じように。
妹に奪われるまでの、ほんの一瞬だけでも彼の側にいたい。
そんな想いが私を大胆にさせる。
キュッと握った手を強く引けば彼の足が止まった。
「颯真さん……。今夜だけ、私を恋人にしてもらえませんか?」
「今夜だけ君を恋人にって……、意味わかって言っているのか!?」
「もちろんです。今夜だけでいいんです。その後、付きまとったりしませんし、妹とプライベートで会いたいと言うなら協力もします。だから、今夜だけ私の恋人になってください。お願いですから……」
「ちょっと待って。その言い難いんだが、清瀬さんは過去に男女の仲になった人はいるの?」
「いません」
「なら、なおさら大事にするべきじゃないのか。自棄になって捨てるものでもないし……、な」
「颯真さんは処女は嫌ですか?」
「いや……、そう言う事を言っているのではなくて、初めては好きな男に――って、女子の夢だろ。それを好きでもない男に奪われて、後で後悔する」
「じゃあ、私が颯真さんを好きなら抱いてくれますか?」
「清瀬さんが俺を好き!? いや有り得ないだろ……、迷惑しかかけてない自覚はある」
ついて出た言葉にハッとする。
売り言葉に買い言葉ではないが、言えないと思っていた『好き』と言う言葉が口からこぼれ落ちたことで、心の中の枷がボロボロと崩れ落ちた。
どうせ酔っ払いの戯言と思われているのだ。だったら、自分の想いを告げても良いのではないだろうか。
今だけは、しがらみを捨てて自由になったって……
「好き――、颯真さんが好き。今夜だけは、貴方の恋人にしてほしいの」
唇に感じた一瞬の熱が、凍りついた心を溶かす。
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