推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来

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逃避行

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 狭い廊下を駆け抜ける私を、スタッフが何事かと振り返る。そんな様子に気をとめている余裕はない。

 とにかく、この場から離れたい。仄暗い目をしてこちらを睨む妹が、頭の中をクルクルと回り落ち着かない。

 この会場から、少しでも遠くに逃げれば、妹の呪縛から解放されるのだろうか?

 焦る気持ちのまま、廊下を走り抜け、目に入ったスタッフ通用口のドアノブをつかみ、その扉が何を意味するかも確認せず、外へと飛び出した。

 ワッと上がった歓声に、パシャパシャとたかれるフラッシュの光、それを見て気づいた。運が悪いことに、『鏡レンナ』の出待ちのファンでごった返す、スタッフ通用口へと飛び出していた。

 一人のファンが叫んだ『鏡レンナだ!』という声に、群衆が押し寄せてくる。

 以前の黒縁メガネの私であれば、誰も『鏡レンナ』と私を間違える事はなかっただろう。しかし、今の自分の格好は、動きやすいようにパーカーにジーパン姿だと言えども、淡いパステル調の上着に、細身のジーンズを合わせ、厚底のスニーカー姿だ。そこそこお洒落な格好をしている。しかも、トレードマークの黒縁メガネはなく、ストレートの黒髪はカールをかけ背に流している。目深に帽子を被っていたのも仇になった。美春と背格好も似ている私は、遠目に見れば、お忍び姿の『鏡レンナ』に見える事だろう。

 押し寄せる群衆に、恐怖が迫り上がる。

 周りを見回しても、逃げ道はない。混乱した私の頭には、出てきた扉に戻るという意識は消え去っていた。

 どうしよう……

「――清瀬! こっちだ」

 絶体絶命の危機に、頭は混乱し、身動きすら出来なくなった私に声がかかる。藁にも縋る思いで、声のした方へと顔を向けると、こちらに向かい手を差し出す社長が目に入り、駆け出していた。

「社長!!」

 彼の手を掴んだ瞬間引き寄せられ、私を抱き上げた社長が走り出す。その後、どうなったかはあまり覚えていない。気づいた時には、会場からだいぶ離れた裏路地についていた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「社長、ありがとうございます。助かりました」

 裏路地へとつき、やっと社長の腕から降ろされた私は、深々と頭を下げる。人通りも多い道をお姫様抱っこで運ばれた事は、この際なかったことにしよう。そう考えなければ、私の精神状態がもたない。ただ、私を運んだ当の本人は、人の目など気にもしていなかっただろうが。

「いいや、気にしないでくれ。たまたま、あの場に居合わせてよかったよ。なぜかはわからんが、鏡レンナと間違われた清瀬も災難だったな。それにしても、なんで間違えたんだ? 清瀬とレンナじゃ、全く違うのにな」

 首を傾げ、思案顔の社長を見て、心が温かくなっていく。

 あの混乱の中、社長だけは私が『鏡レンナ』ではなく、『清瀬穂花』だと気づいてくれたのだ。その事が、嬉しくて、嬉しくて仕方ない。

「本当、ですよね。私が、鏡レンナと似ているだなんて、ありえないです。こんなに違うのに」

「そうだよな。清瀬は、レンナっていうより、花音に似ているのに」

「えっ!? 花音に似ている?」

「あぁ。前にも言ったことなかったか? 清瀬と話していると、花音と話しているような錯覚を覚えるって」

「……そうですか?」

「なんだか、心がホワって温かくなるんだ。きっと、清瀬の素朴な人柄のせいなんだろうな。俺の周りは、自分を良く見せようと飾り立てる者達が多いから、尚更そう感じるのかもしれない」

 素朴な人柄……

 彼の生い立ちを知らなかった過去の自分なら、『素朴な人柄』という言葉に、貶されていると感じていた事だろう。特徴のない平凡な人間だと。ただ、双子の兄と比べられ、過度な期待をかけられ、劣等感の塊となり、全てを諦めた過去を持つ彼を知った今は、その言葉が違う意味に聞こえる。

「社長、それって私のこと、褒めてますよね? そう感じ取っていいですか?」

「あぁ、すまない。また、言葉が足りなかったか。素朴な人柄って、聞きようによっては、けなし言葉になるな。ごめん……」

「いいえ、大丈夫です。社長が言いたい事は分かりましたから。社長の周りにいる煌びやかな人種とは違うって言いたかったんでしょ?」

「――そうだ。清瀬と話していると、素の自分でいられる。そんな安心感があるんだ。腹に一物抱えている奴らとばかり関わっていると、時々自分が何者かわからなくなる。素の自分がわからなくなる時があるんだよ。だからこそ、素の自分を曝け出せる存在は特別なんだ」

 彼の言葉がストンと胸に落ち、心に広がっていく。冷え切った心を温めてくれる言葉の数々に、自分の中で燻っていた灯火が燃え上がるのを感じた。

 もう、自分の気持ちを抑えることなんて出来ない。

「社長、その言葉……、都合よく解釈してもいいですか? 私の事、――」

「お姉ちゃん、その人……、誰?」

 背後からかけられた声に、背筋が凍る。振り向いた先に見た美春の醜悪な笑みに、足元が崩れ落ちそうだった。

 



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