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美春という存在
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「あっれ~、どうしたの二人とも。あっ、もしかして私、お邪魔だった?」
突然部屋に響いた妹の声に、慌てて律季と距離をとる。すんなり離れた二人の距離に、彼もまた妹の登場に理性を取り戻したのだろうと理解した。
「美春、なんでもないの。ちょっと、つまづいて転びそうになっただけ。それを律季に支えてもらっただけだから」
「ふ~ん。まぁ、いっか。後で、律季に聞けばいいだけだし……」
納得はしていない様子の妹だが、ここでは追及しないようだ。後から、根掘り葉掘り聞かれるかもしれないが、喧嘩をしていた事にでもすればいい。妹も、律季に聞くと言っているから大丈夫だろう。彼なら、うまく誤魔化してくれる。
「そんな事より美春、握手会終わったの?」
「うん、終わったよ。今日のファンも、気持ち悪かった。なんで、知らない男と手を握らなきゃいけないのよ」
「美春、言い過ぎだよ! みんな美春に会いたくて、わざわざ並んでくれているんだから」
「お姉ちゃんのそう言うところ嫌いよ。いつも、いい子のふりしてさ。お姉ちゃんが、私の立場だったら、同じ事考えるに決まっているもん」
「そんな事……」
「嘘つき。まぁ、お姉ちゃんは気楽でいいよね。だって、裏で私の代わりに配信取るだけの楽な仕事だし」
「美春! 言い過ぎだ」
「何が言い過ぎよ! 本当の事でしょう。『鏡レンナ』を私に押し付けたのはお姉ちゃんでしょ! それなのに、未だに『花音』を名乗って配信とっているなんて、本当意味わかんない。自分はいいよね。気持ち悪いファンの相手をしなくていいし、顔を晒すリスクだって負わなくていい。なんのリスクもなく、自分の世界で甘いファンの言葉に浸っているだけでいいなんて最高よね」
妹が言っている事は全て正論だ。妹を矢面に立たせ『鏡レンナ』のデビューから逃げ出した私は、妹の罵倒を甘んじて受けるべきなのだ。だからこそ、今まで妹のワガママを全て受け入れてきた。
彼女が自分の代わりに配信して欲しいと言えば、どんな用事があろうともそちらを優先したし、コンサートに来てと言われれば、都合をつけて参加した。彼女の要求を満たすため、仕事も自由が利く職種についたし、芸能活動をする妹に迷惑をかけないように交友関係も最小限にとどめている。
自分の人生を犠牲にして妹に尽くしてきても、彼女は満たされる事はない。
これが、妹を身代わりにした自分に対する罰なのだと、ずっと我慢してきた。
これからも自分を殺し生き続けなければならないのか? そんな疑問が心の中に渦巻いている。
「じゃあ、何? そんなに『鏡レンナ』が嫌なら、辞めればいいじゃない。確かに『鏡レンナ』のデビュー話を、美春に押し付けたのは私かもしれない。ただ、それだって貴方が嫌なら断ればよかったじゃない。あの時おじさんも、私の代わりにデビューしてなんて、美春に強制しなかった。それを、やると言い出したのは美春よね」
「よく言うわよ! あの時、私がデビューしていなかったら、今でも伊勢谷のおじさんに金銭的な援助を受けていたわ。私が『鏡レンナ』としてデビューしたからこそ、今二人だけで生きていけるんじゃない!」
美春の言う通り、当時社会人として働き始めたばかりの私に、美春を連れて自立できるだけの経済力はなかった。あの時、美春がデビューしたからこそ、伊勢谷の家から自立できたと言ってもいい。
「それは、昔の話よね。今は、お互い違う道を進んでいる。美春は『鏡レンナ』として独り立ちしているじゃない。たくさんのファンを抱え、テレビの仕事も徐々に増えてきている。もう、私がいなくたってやっていける。離れるべきよ、私たち――」
「お姉ちゃんも、私の前から消えるの……、パパやママのように……」
「美春……」
美春が放った言葉が、心に突き刺さる。呪いのような美春の言葉が、また私を動けなくする。
「そんなの絶対に許さない! 全て暴露してやる。『花音』の正体も晒してやるんだから」
暗い目をして、こちらを睨む美春の本気を感じ、背筋が凍る。
「いい加減にしろ! 美春。大丈夫だ、穂花は美春の前からいなくなったりしない、絶対にだ」
狂気を孕んだ目をして、こちらを見つめる美春の視線を遮るように、律季が美春を抱きしめる。その様子を、ただただ見つめる事しかできない自分は心底弱い存在なのだろう。
また、囚われてしまう。美春という存在に――
帰れと叫んだ律季の声に、やっと我に返った私は、逃げるようにその場を後にした。
突然部屋に響いた妹の声に、慌てて律季と距離をとる。すんなり離れた二人の距離に、彼もまた妹の登場に理性を取り戻したのだろうと理解した。
「美春、なんでもないの。ちょっと、つまづいて転びそうになっただけ。それを律季に支えてもらっただけだから」
「ふ~ん。まぁ、いっか。後で、律季に聞けばいいだけだし……」
納得はしていない様子の妹だが、ここでは追及しないようだ。後から、根掘り葉掘り聞かれるかもしれないが、喧嘩をしていた事にでもすればいい。妹も、律季に聞くと言っているから大丈夫だろう。彼なら、うまく誤魔化してくれる。
「そんな事より美春、握手会終わったの?」
「うん、終わったよ。今日のファンも、気持ち悪かった。なんで、知らない男と手を握らなきゃいけないのよ」
「美春、言い過ぎだよ! みんな美春に会いたくて、わざわざ並んでくれているんだから」
「お姉ちゃんのそう言うところ嫌いよ。いつも、いい子のふりしてさ。お姉ちゃんが、私の立場だったら、同じ事考えるに決まっているもん」
「そんな事……」
「嘘つき。まぁ、お姉ちゃんは気楽でいいよね。だって、裏で私の代わりに配信取るだけの楽な仕事だし」
「美春! 言い過ぎだ」
「何が言い過ぎよ! 本当の事でしょう。『鏡レンナ』を私に押し付けたのはお姉ちゃんでしょ! それなのに、未だに『花音』を名乗って配信とっているなんて、本当意味わかんない。自分はいいよね。気持ち悪いファンの相手をしなくていいし、顔を晒すリスクだって負わなくていい。なんのリスクもなく、自分の世界で甘いファンの言葉に浸っているだけでいいなんて最高よね」
妹が言っている事は全て正論だ。妹を矢面に立たせ『鏡レンナ』のデビューから逃げ出した私は、妹の罵倒を甘んじて受けるべきなのだ。だからこそ、今まで妹のワガママを全て受け入れてきた。
彼女が自分の代わりに配信して欲しいと言えば、どんな用事があろうともそちらを優先したし、コンサートに来てと言われれば、都合をつけて参加した。彼女の要求を満たすため、仕事も自由が利く職種についたし、芸能活動をする妹に迷惑をかけないように交友関係も最小限にとどめている。
自分の人生を犠牲にして妹に尽くしてきても、彼女は満たされる事はない。
これが、妹を身代わりにした自分に対する罰なのだと、ずっと我慢してきた。
これからも自分を殺し生き続けなければならないのか? そんな疑問が心の中に渦巻いている。
「じゃあ、何? そんなに『鏡レンナ』が嫌なら、辞めればいいじゃない。確かに『鏡レンナ』のデビュー話を、美春に押し付けたのは私かもしれない。ただ、それだって貴方が嫌なら断ればよかったじゃない。あの時おじさんも、私の代わりにデビューしてなんて、美春に強制しなかった。それを、やると言い出したのは美春よね」
「よく言うわよ! あの時、私がデビューしていなかったら、今でも伊勢谷のおじさんに金銭的な援助を受けていたわ。私が『鏡レンナ』としてデビューしたからこそ、今二人だけで生きていけるんじゃない!」
美春の言う通り、当時社会人として働き始めたばかりの私に、美春を連れて自立できるだけの経済力はなかった。あの時、美春がデビューしたからこそ、伊勢谷の家から自立できたと言ってもいい。
「それは、昔の話よね。今は、お互い違う道を進んでいる。美春は『鏡レンナ』として独り立ちしているじゃない。たくさんのファンを抱え、テレビの仕事も徐々に増えてきている。もう、私がいなくたってやっていける。離れるべきよ、私たち――」
「お姉ちゃんも、私の前から消えるの……、パパやママのように……」
「美春……」
美春が放った言葉が、心に突き刺さる。呪いのような美春の言葉が、また私を動けなくする。
「そんなの絶対に許さない! 全て暴露してやる。『花音』の正体も晒してやるんだから」
暗い目をして、こちらを睨む美春の本気を感じ、背筋が凍る。
「いい加減にしろ! 美春。大丈夫だ、穂花は美春の前からいなくなったりしない、絶対にだ」
狂気を孕んだ目をして、こちらを見つめる美春の視線を遮るように、律季が美春を抱きしめる。その様子を、ただただ見つめる事しかできない自分は心底弱い存在なのだろう。
また、囚われてしまう。美春という存在に――
帰れと叫んだ律季の声に、やっと我に返った私は、逃げるようにその場を後にした。
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