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憂鬱な時間
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「今日は、来てくれてありがとう! レンナ嬉しい♡」
妹の満面の笑みに、頬を染めるファンの男性。そんな様子を、会場の脇で『鏡レンナ』に贈られたプレゼントの山を整理しながら盗み見る。サポート役として側にいて欲しいとワガママを言う妹をなだめ、どうにか裏方の仕事に回ることが出来た。
ワガママは今に始まった事ではないが、妹の魂胆を考えると今回ばかりは首を縦に振る訳にはいかなかった。
さほど広くもない会場内を、鏡レンナと握手をするために並ぶファンの列が蛇腹状に続く。その中でも、異彩を放つ人物は、会場の脇で他のスタッフに紛れ、作業をする私の目にもはっきりと見えていた。
真っ赤な薔薇の花束を持つ美丈夫。
彼の周りだけは、ライブの時と同じように異様な雰囲気に包まれていた。そこかしこから聴こえる『芸能関係者か?』という囁き声が届いているのか、いないのか、社長は周りを気にする様子もなく、パーテーションで仕切られた個室の前面にデカデカと掲げられた『鏡レンナ握手スペース』と書かれた文字を真っ直ぐに見据えている。
流石に、蝶ネクタイ、スーツ姿では来なかったか……
紺色のジャケットに、ベージュのチノパン姿の社長の普段着は、彼のスーツ姿しか馴染みがない私には新鮮に見える。イケメンは、何を着ても様になるのは変わらないが、普段着の彼は、いつもより数倍柔らかい印象に映る。今も、近くにいる女性ファンの視線を集めまくっている。
ただ、その視線に社長が反応することはない。
彼の頭の中は、間近で会える『鏡レンナ』の事でいっぱいだからだ。
妹の側にいて、社長を紹介してあげるのがいいのよね。本当は……
昨晩届いた社長からのメールの文面は、『花音』への愛で溢れていた。初めて彼女と生で握手できる幸せと高揚感は、文面を読んでいる私にも感じることが出来た。今も、彼女に会える緊張感で、周りを気にする余裕はないのだろう。
もし、私が『鏡レンナ』の姉だと分かれば、今よりもグッと二人の距離は近くなる。妹も社長に会わせろと言っている現状で、二人を会わせない私の選択はエゴでしかない。
二人が出会ってしまえば、私はお払い箱だ。
社長の推し活を手伝う必要もなく、変わり映えのない日常に戻るだけ。それを願っていたはずなのに、心が軋む。
彼を妹に会わせたくないと心が叫ぶ。
『鏡レンナ』と会うために、列に並ぶ社長をもう見たくない。これ以上彼を見ていたら、心の中を埋め尽くす醜い感情が溢れ出す。きっと、泣いてしまう。
「休憩、入ってもいいですか?」
近くにいたスタッフに声をかけ、その場を離れる。その足で、妹の楽屋へと向かい、扉を閉める。
握手会は始まったばかりだ。妹は、当分戻ってこないだろう。
部屋の隅に置いてあったソファへと向かい、膝を抱え座る。真っ暗な室内が、自分の心の内を表しているようで、涙が溢れ出す。
この涙が、醜い感情を流し去ってくれればいいのにと願いながら、膝に顔を埋め泣きじゃくった。
妹の満面の笑みに、頬を染めるファンの男性。そんな様子を、会場の脇で『鏡レンナ』に贈られたプレゼントの山を整理しながら盗み見る。サポート役として側にいて欲しいとワガママを言う妹をなだめ、どうにか裏方の仕事に回ることが出来た。
ワガママは今に始まった事ではないが、妹の魂胆を考えると今回ばかりは首を縦に振る訳にはいかなかった。
さほど広くもない会場内を、鏡レンナと握手をするために並ぶファンの列が蛇腹状に続く。その中でも、異彩を放つ人物は、会場の脇で他のスタッフに紛れ、作業をする私の目にもはっきりと見えていた。
真っ赤な薔薇の花束を持つ美丈夫。
彼の周りだけは、ライブの時と同じように異様な雰囲気に包まれていた。そこかしこから聴こえる『芸能関係者か?』という囁き声が届いているのか、いないのか、社長は周りを気にする様子もなく、パーテーションで仕切られた個室の前面にデカデカと掲げられた『鏡レンナ握手スペース』と書かれた文字を真っ直ぐに見据えている。
流石に、蝶ネクタイ、スーツ姿では来なかったか……
紺色のジャケットに、ベージュのチノパン姿の社長の普段着は、彼のスーツ姿しか馴染みがない私には新鮮に見える。イケメンは、何を着ても様になるのは変わらないが、普段着の彼は、いつもより数倍柔らかい印象に映る。今も、近くにいる女性ファンの視線を集めまくっている。
ただ、その視線に社長が反応することはない。
彼の頭の中は、間近で会える『鏡レンナ』の事でいっぱいだからだ。
妹の側にいて、社長を紹介してあげるのがいいのよね。本当は……
昨晩届いた社長からのメールの文面は、『花音』への愛で溢れていた。初めて彼女と生で握手できる幸せと高揚感は、文面を読んでいる私にも感じることが出来た。今も、彼女に会える緊張感で、周りを気にする余裕はないのだろう。
もし、私が『鏡レンナ』の姉だと分かれば、今よりもグッと二人の距離は近くなる。妹も社長に会わせろと言っている現状で、二人を会わせない私の選択はエゴでしかない。
二人が出会ってしまえば、私はお払い箱だ。
社長の推し活を手伝う必要もなく、変わり映えのない日常に戻るだけ。それを願っていたはずなのに、心が軋む。
彼を妹に会わせたくないと心が叫ぶ。
『鏡レンナ』と会うために、列に並ぶ社長をもう見たくない。これ以上彼を見ていたら、心の中を埋め尽くす醜い感情が溢れ出す。きっと、泣いてしまう。
「休憩、入ってもいいですか?」
近くにいたスタッフに声をかけ、その場を離れる。その足で、妹の楽屋へと向かい、扉を閉める。
握手会は始まったばかりだ。妹は、当分戻ってこないだろう。
部屋の隅に置いてあったソファへと向かい、膝を抱え座る。真っ暗な室内が、自分の心の内を表しているようで、涙が溢れ出す。
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