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萎縮する心
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大通りを入り、洒落た店が立ち並ぶ裏路地を抜けた先、突如現れた煌びやかな建物を見つめ唖然としていた。
真っ白な外壁に、黒の大理石調の門扉を構える店など、明らかにパーカーにジーパンで入っていいような場所ではない。しかも重厚な扉の前には、お仕着せ姿のドアマンが二人立っている。
まさか、この建物に入れと言うのか!?
「社長!! 帰ります!」
「帰る!? ちょっと待て!」
逃走を試みた私の腕を咄嗟に掴んだ社長に、最後の抵抗は封じられてしまう。しかし、このまま社長に従っていたら間違いなく目の前の豪奢な建物の中に連行される。
「社長、ご飯だって言ったじゃないですか! しかも個室の私でも行けるところって!」
「だから、清瀬でも行ける店だろうが!」
すでに、『清瀬』と呼び捨てになっていることに気づくだけの心の余裕はない。頭の中は、逃げ道を探すことで、いっぱいいっぱいだ。
「どこが私でも行ける店ですか! こんな煌びやかな高級店。パーカー、ジーパンで入れる訳ない!」
「いいや、この店なら大丈夫だ!」
「何が大丈夫なんですか! 社長は蝶ネクタイに、スーツ姿ですから、そりゃ、入れるでしょうよ。もう、お一人でどうぞ!」
掴まれた腕を振り払い、再度逃げようと試みる。しかし、踏み出した足は、それ以上前へと進まない。それどころか、掴まれた手を引かれ、社長の腕の中へと収まってしまう。
「ちょっと、落ち着けって。なんで、そんなに周りの目が気になるんだ」
「社長にはわかりませんよ! 何に対しても自信満々で、それに見合うだけの地位も権力も財力もある人に、私の気持ちなんてわからない……」
なぜ、こんな思いをしなければならないのか? もう、泣きたい……
社長も、妹も……。光の中を歩んできた人間に私の気持ちなんてわからない。誰よりも光の存在に憧れ、だけど、光の存在には成れないことを知った人間の絶望など、彼らには理解出来ない。
世の中には、陰の中でしか生きられない人間もいると言うことを、彼らは知らない。だから、無理やり陽の当たる場所へと連れ出そうとする。今のように。
「わかるから、ここに連れてきたんだろうが。さっき言ったよな。かつての俺は劣等感の塊だったと」
「そんな事、信じられる訳ないじゃないですか!」
「だから、ここに連れて来た。この店は――」
「一色様、ご無沙汰しております」
突然かけられた声に、二人の動きが止まる。店の扉の前に立ち、にこやかにこちらを見つめる初老の男性は、この店の支配人か何かだろうか? ピシッと着こなしたお仕着せ姿は、妙な貫禄がある。
「あぁ、支配人か。すまない、店の前で騒いでしまって」
「いいえ、構いませんよ。今夜のお客様は一色様だけですので」
「無理を言って済まなかった」
「とんでもございません。お客様が誰であろうとも最高のおもてなしをするのが私共の務めでございますから、お気になさらず。それに、お連れ様と大切なお話をされているようにも感じまして……。少々お節介かとも存じましたが、声をかけさせて頂きました。美味しい料理に、お酒。人間、お腹が満たされれば、気持ちも落ち着きますでしょう。どうぞ、お連れ様と一緒に、お入りくださいませ」
支配人の言葉が合図となり、両側に立っていたドアマンが扉を開く。
これでは、もう逃げられない。
退路を断たれ、社長に腰を抱かれた私は、前に進むしかなかった。恨みがましい思いで見上げた私の視線は、きっと届いていない。諦めの境地で、前へと進む私の足取りは重かった。
真っ白な外壁に、黒の大理石調の門扉を構える店など、明らかにパーカーにジーパンで入っていいような場所ではない。しかも重厚な扉の前には、お仕着せ姿のドアマンが二人立っている。
まさか、この建物に入れと言うのか!?
「社長!! 帰ります!」
「帰る!? ちょっと待て!」
逃走を試みた私の腕を咄嗟に掴んだ社長に、最後の抵抗は封じられてしまう。しかし、このまま社長に従っていたら間違いなく目の前の豪奢な建物の中に連行される。
「社長、ご飯だって言ったじゃないですか! しかも個室の私でも行けるところって!」
「だから、清瀬でも行ける店だろうが!」
すでに、『清瀬』と呼び捨てになっていることに気づくだけの心の余裕はない。頭の中は、逃げ道を探すことで、いっぱいいっぱいだ。
「どこが私でも行ける店ですか! こんな煌びやかな高級店。パーカー、ジーパンで入れる訳ない!」
「いいや、この店なら大丈夫だ!」
「何が大丈夫なんですか! 社長は蝶ネクタイに、スーツ姿ですから、そりゃ、入れるでしょうよ。もう、お一人でどうぞ!」
掴まれた腕を振り払い、再度逃げようと試みる。しかし、踏み出した足は、それ以上前へと進まない。それどころか、掴まれた手を引かれ、社長の腕の中へと収まってしまう。
「ちょっと、落ち着けって。なんで、そんなに周りの目が気になるんだ」
「社長にはわかりませんよ! 何に対しても自信満々で、それに見合うだけの地位も権力も財力もある人に、私の気持ちなんてわからない……」
なぜ、こんな思いをしなければならないのか? もう、泣きたい……
社長も、妹も……。光の中を歩んできた人間に私の気持ちなんてわからない。誰よりも光の存在に憧れ、だけど、光の存在には成れないことを知った人間の絶望など、彼らには理解出来ない。
世の中には、陰の中でしか生きられない人間もいると言うことを、彼らは知らない。だから、無理やり陽の当たる場所へと連れ出そうとする。今のように。
「わかるから、ここに連れてきたんだろうが。さっき言ったよな。かつての俺は劣等感の塊だったと」
「そんな事、信じられる訳ないじゃないですか!」
「だから、ここに連れて来た。この店は――」
「一色様、ご無沙汰しております」
突然かけられた声に、二人の動きが止まる。店の扉の前に立ち、にこやかにこちらを見つめる初老の男性は、この店の支配人か何かだろうか? ピシッと着こなしたお仕着せ姿は、妙な貫禄がある。
「あぁ、支配人か。すまない、店の前で騒いでしまって」
「いいえ、構いませんよ。今夜のお客様は一色様だけですので」
「無理を言って済まなかった」
「とんでもございません。お客様が誰であろうとも最高のおもてなしをするのが私共の務めでございますから、お気になさらず。それに、お連れ様と大切なお話をされているようにも感じまして……。少々お節介かとも存じましたが、声をかけさせて頂きました。美味しい料理に、お酒。人間、お腹が満たされれば、気持ちも落ち着きますでしょう。どうぞ、お連れ様と一緒に、お入りくださいませ」
支配人の言葉が合図となり、両側に立っていたドアマンが扉を開く。
これでは、もう逃げられない。
退路を断たれ、社長に腰を抱かれた私は、前に進むしかなかった。恨みがましい思いで見上げた私の視線は、きっと届いていない。諦めの境地で、前へと進む私の足取りは重かった。
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