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劣等感
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あぁぁ、数時間前の自分を殴ってやりたい……
ライブ初心者の社長が、最前列の席など確保出来るとは普通、思わないじゃないか。しかも、ステージ中央のファン垂涎の好位置。あんな場所、親族だろうと取れる席ではない。どれ程のお金をつぎ込んだのやら。
ステージに登場した妹と目が合った瞬間、本気で逃げ出したくなった。あの驚いた顔。後で、何を追求されるか、わかったものではない。家に帰りたくない。
隣にいた男は、赤の他人ですと言い張ろうか。しかし、どうやってあの席を確保したのか追求されれば、逃げようがない。
「……きよ……清瀬さん。聞いてますか?」
「へっ? 何ですか、社長?」
「ほらっ、また社長って言っている」
恨みがましい視線を投げかける社長を見て、何とも心がざわつく。
誰のせいで、こんなに悩んでいると思っているのだ!
「……社長は、社長です!」
「あれっ? 何だか、怒っている?」
「いいえ、怒ってません!!」
なんだこの子供っぽいやり取りは! それすらも、腹立たしく感じ、余計に素っ気ない態度を取ってしまう。
「そうかな? 何かまた、俺やらかしたか?」
「いいえ、社長は何も悪くないです。ただ……」
色々がイレギュラー過ぎて、自分の気持ちが追いつかないだけなのだ。
「ただ、何?」
「何でもないです! では、ライブも終わった事ですし、失礼させて頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。このまま帰るのか?」
ガバッと頭を下げ、脇をすり抜けようと踏み出した足が止まる。掴まれた腕に、ひとつ鼓動が跳ね上がった。
「……社長、て……手離してください」
「あっ! すまない」
パッと離れた手に、わずかに跳ねた体温が急速に冷めていく。それなのに、掴まれた腕だけが、ジンジンと熱を持ち、痺れにも似た感覚がおさまらない。
こんな事、今までなかった。
社長と関われば関わるほど、調子が狂っていく。一色コーポレーションの社長で、モデル顔負けの容姿を持ち、しかも一色グループの御曹司。社会の勝ち組である彼と、私とでは、本来であれば巡り合う事すらない運命だ。
『Vチューバー花音』が結んだ縁か……
やる事なす事、一般人の常識とはかけ離れていて、振り回されている感は否めない。身バレする可能性を考えれば、今回のライブで縁を切るべきなのだ。それなのに、縁を切る事を心のどこかで躊躇している自分がいる。
その理由がわからなくて、イライラする。
「社長、今夜のライブ楽しかったです。最前列で鏡レンナを観られるなんてまず出来ませんし、良い経験が出来ました。社長もお忙しいでしょうし、これ以上お時間を取らせる訳にも……。では、これにて失礼致します」
心のモヤモヤから解放されるためにも、適当な言い訳を並べ逃げを打つ。深く頭を下げ、今度こそ一歩を踏みだそうとした私の足が完全に止まる。
「ねぇ、清瀬さん……。どうして、鏡レンナはこちらの方ばかり見ていたのだろうか?」
「えっ……それは……」
「何か心当たりがあるの?」
「いやぁ、その……」
ウソでしょ!? やはり、妹は気づいていた。
どうにかバレないように、ライブ中うつむき、小さくなっていた私の努力は無駄だった。煌びやかなスーツ姿で、ペンライトを振る美丈夫が隣に座っている時点で無駄な足掻きだったとは思うが。最前列の異様な雰囲気を思い出し、乾いた笑いがこぼれそうになる。
席に着いた時からザワつく周囲に嫌な予感はしていた。『どこぞの芸能会社の社長か?』というささやき声に、心の中で『社長違いですけどね』とツッコミを入れるくらいには、やさぐれていた。主役より目立つ観客がいる世界線など、通常はあり得ない。だからこそ、ステージに立つ妹もその異変さにすぐ気づいたのだろう。
「……社長の存在が、あまりにも目立っていたからじゃないですか」
「えっ? そんな事はないかと思うが。ライブ中も、特に派手な動きはしていない。ペンライトを振っていたくらいか……。ただ、ペンライトは他のファンも振っていたよな」
貴方の存在自体が、特殊なんです ! と叫びそうになり、慌てて口をつぐむ。
「えっと、ですね。まず、蝶ネクタイにスーツ姿の時点で目立ちます。それに、社長は誰がどう見てもイケメンの部類です。どこの世界に、主役より観客の注目を集めるファンがいるんですか」
「そんなつもりはなかったのだが……」
「自分の容姿にも少しは頓着してください! 社長は、そこら辺にいるモデルや俳優なんかより、よっぽど格好いいのですから! あっ……」
何を口走った!? 私、今社長が格好いいとか叫ばなかったか?
「――いや……。ありがとう、清瀬さん」
「いえ、その……」
顔に熱が溜まり、熱くなる。きっと耳まで真っ赤になっている事だろう。
「と、とにかく、清瀬さんが怒っていた理由が何となくわかったよ。迷惑をかけてしまったようだね」
「いいえ、そのぉ。私が勝手に居た堪れなくなっていただけです……。社長と私では、釣り合いが取れませんから」
「……釣り合いって、なんだろうね? 俺が社長で、君が社員だから? それとも俺がスーツ姿で、君がパーカーにジーパンだから? それとも俺の存在自体かな?」
「……」
何も言えなかった。釣り合いが取れないと言うのは、ただの言い訳に過ぎない。相手に責任転嫁して、自分の劣等感から逃げているだけなのだ。
いつから周りの目がこんなに怖くなったのだろうか? 自分の事など、誰も注目するはずないのにね……
「清瀬さん。君を見ていると、昔の俺を見ているようなんだ。花音に出会う前の俺をね」
「えっ……花音に出会う前の社長?」
「あぁ。劣等感の塊だった俺を変えてくれた花音に出会う前のね」
ライブ初心者の社長が、最前列の席など確保出来るとは普通、思わないじゃないか。しかも、ステージ中央のファン垂涎の好位置。あんな場所、親族だろうと取れる席ではない。どれ程のお金をつぎ込んだのやら。
ステージに登場した妹と目が合った瞬間、本気で逃げ出したくなった。あの驚いた顔。後で、何を追求されるか、わかったものではない。家に帰りたくない。
隣にいた男は、赤の他人ですと言い張ろうか。しかし、どうやってあの席を確保したのか追求されれば、逃げようがない。
「……きよ……清瀬さん。聞いてますか?」
「へっ? 何ですか、社長?」
「ほらっ、また社長って言っている」
恨みがましい視線を投げかける社長を見て、何とも心がざわつく。
誰のせいで、こんなに悩んでいると思っているのだ!
「……社長は、社長です!」
「あれっ? 何だか、怒っている?」
「いいえ、怒ってません!!」
なんだこの子供っぽいやり取りは! それすらも、腹立たしく感じ、余計に素っ気ない態度を取ってしまう。
「そうかな? 何かまた、俺やらかしたか?」
「いいえ、社長は何も悪くないです。ただ……」
色々がイレギュラー過ぎて、自分の気持ちが追いつかないだけなのだ。
「ただ、何?」
「何でもないです! では、ライブも終わった事ですし、失礼させて頂きます」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。このまま帰るのか?」
ガバッと頭を下げ、脇をすり抜けようと踏み出した足が止まる。掴まれた腕に、ひとつ鼓動が跳ね上がった。
「……社長、て……手離してください」
「あっ! すまない」
パッと離れた手に、わずかに跳ねた体温が急速に冷めていく。それなのに、掴まれた腕だけが、ジンジンと熱を持ち、痺れにも似た感覚がおさまらない。
こんな事、今までなかった。
社長と関われば関わるほど、調子が狂っていく。一色コーポレーションの社長で、モデル顔負けの容姿を持ち、しかも一色グループの御曹司。社会の勝ち組である彼と、私とでは、本来であれば巡り合う事すらない運命だ。
『Vチューバー花音』が結んだ縁か……
やる事なす事、一般人の常識とはかけ離れていて、振り回されている感は否めない。身バレする可能性を考えれば、今回のライブで縁を切るべきなのだ。それなのに、縁を切る事を心のどこかで躊躇している自分がいる。
その理由がわからなくて、イライラする。
「社長、今夜のライブ楽しかったです。最前列で鏡レンナを観られるなんてまず出来ませんし、良い経験が出来ました。社長もお忙しいでしょうし、これ以上お時間を取らせる訳にも……。では、これにて失礼致します」
心のモヤモヤから解放されるためにも、適当な言い訳を並べ逃げを打つ。深く頭を下げ、今度こそ一歩を踏みだそうとした私の足が完全に止まる。
「ねぇ、清瀬さん……。どうして、鏡レンナはこちらの方ばかり見ていたのだろうか?」
「えっ……それは……」
「何か心当たりがあるの?」
「いやぁ、その……」
ウソでしょ!? やはり、妹は気づいていた。
どうにかバレないように、ライブ中うつむき、小さくなっていた私の努力は無駄だった。煌びやかなスーツ姿で、ペンライトを振る美丈夫が隣に座っている時点で無駄な足掻きだったとは思うが。最前列の異様な雰囲気を思い出し、乾いた笑いがこぼれそうになる。
席に着いた時からザワつく周囲に嫌な予感はしていた。『どこぞの芸能会社の社長か?』というささやき声に、心の中で『社長違いですけどね』とツッコミを入れるくらいには、やさぐれていた。主役より目立つ観客がいる世界線など、通常はあり得ない。だからこそ、ステージに立つ妹もその異変さにすぐ気づいたのだろう。
「……社長の存在が、あまりにも目立っていたからじゃないですか」
「えっ? そんな事はないかと思うが。ライブ中も、特に派手な動きはしていない。ペンライトを振っていたくらいか……。ただ、ペンライトは他のファンも振っていたよな」
貴方の存在自体が、特殊なんです ! と叫びそうになり、慌てて口をつぐむ。
「えっと、ですね。まず、蝶ネクタイにスーツ姿の時点で目立ちます。それに、社長は誰がどう見てもイケメンの部類です。どこの世界に、主役より観客の注目を集めるファンがいるんですか」
「そんなつもりはなかったのだが……」
「自分の容姿にも少しは頓着してください! 社長は、そこら辺にいるモデルや俳優なんかより、よっぽど格好いいのですから! あっ……」
何を口走った!? 私、今社長が格好いいとか叫ばなかったか?
「――いや……。ありがとう、清瀬さん」
「いえ、その……」
顔に熱が溜まり、熱くなる。きっと耳まで真っ赤になっている事だろう。
「と、とにかく、清瀬さんが怒っていた理由が何となくわかったよ。迷惑をかけてしまったようだね」
「いいえ、そのぉ。私が勝手に居た堪れなくなっていただけです……。社長と私では、釣り合いが取れませんから」
「……釣り合いって、なんだろうね? 俺が社長で、君が社員だから? それとも俺がスーツ姿で、君がパーカーにジーパンだから? それとも俺の存在自体かな?」
「……」
何も言えなかった。釣り合いが取れないと言うのは、ただの言い訳に過ぎない。相手に責任転嫁して、自分の劣等感から逃げているだけなのだ。
いつから周りの目がこんなに怖くなったのだろうか? 自分の事など、誰も注目するはずないのにね……
「清瀬さん。君を見ていると、昔の俺を見ているようなんだ。花音に出会う前の俺をね」
「えっ……花音に出会う前の社長?」
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