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墓穴をほる
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――花音と話しているような錯覚を覚えるよ。
項垂れていた社長が顔を上げ、切なそうに細められた瞳で私を射抜く。
本気でマズい……。
跳ね上がった鼓動の音が、ガンガンと頭に響き、冷や汗が大量に背を流れていく。
社長は花音に似ていると言っているだけで、花音の中身が私だと気づいた訳ではない。
まだ、誤魔化せる。
「はは、ははは。花音と似ているなんて恐れ多いですよ」
「そうかな? なんだろうね。清瀬さんと話していると、心が軽くなるんだよ。自分に寄り添ってくれるっていうのかな、少し前向きな言葉を最後に必ずくれる感じ、花音にそっくりなんだよ。やっぱりファンだから似るのかな……」
そう言って笑う社長から目が離せない。彼の言葉が、心を温めてくれる。
花音として活動してきて、色々な事があった。時にはひどい言葉を投げつけられた事もあった。しかし、今日まで続けられたのは、私の言葉に癒され、前を向き歩き出す事が出来たと嬉しそうに語ってくれるファンの言葉の数々があったからだ。
そんな言葉を目にするたび、私こそ彼らから勇気をもらっていた。何の取り柄もない自分でも、誰かを救える事もある。
劣等感の塊だった私の心が解放される場所。それが『花音』という存在だった。
「私こそ、ファンから勇気をもらってた……」
「えっ、何かな?」
「いいえ、何でもありません。私が花音に似ているかはさておき、話を進めましょう。それで、社長は、どうして推し活に協力して欲しいだなんて、言い出したのですか? 話を聞いている限り、十分に推し活しているように感じますが」
何しろ、湯水の如く金を注ぎ込んでいるようだし……
「確かにな。清瀬さんは、最近の花音の様子、どう思う?」
「えっ? 花音の様子ですか? 質問の意図がよくわかりませんが」
「そうか、君はライブに行くくらいだから、花音のファンと言うより、鏡レンナのファンに近いのかもしれんな。だから、知らなくても仕方ないか」
「どういう意味ですか?」
「今、花音のファンの間で、ある噂が流れている。花音がVチューバーを引退するのではないかと」
「えっ? 引退?」
「あぁ。実際に、鏡レンナとしてデビューしてからは、Vチューバー花音としての活動も減ってきているし、配信回数や動画のUP本数も減っている。グッズに至っては、鏡レンナのグッズが大半で、花音のグッズはここ半年販売すらされていない。しかも、最近は定期配信でしか、姿を見せない。ファン達が、花音が引退するかもと、騒ぎ出すのも無理ない話だ」
確かに、鏡レンナがデビューしてからは、事務所の方針もあり、Vチューバー花音としての活動は、減りつつある。ただ、花音の活動が減ったとしても、花音の中身、鏡レンナがいるのだから、ファンにとっては何の問題もないはずだ。たとえ花音の中身が私であったとしても、その事に気づく者などいない。
「確かに、花音の活動は減っていますが、鏡レンナがいれば、ファンにとっては何の問題もないのではありませんか? 花音の中身は鏡レンナなのだから」
「清瀬さんは、そう思うのか……。君は知らないんだね。花音のファンの中には、鏡レンナを受け入れられない者達もいると言うことを」
「どう言う事ですか?」
「花音と鏡レンナ。二人は、あまりにも違いすぎる。野に咲く花のように可憐な印象の花音と、大輪の花のように華やかな印象の鏡レンナ。同じ人間のはずなのに、あまりにも違う。コアなファンの間では、今でも別人説が流れているくらいなんだ」
「嘘っ……そんな、まさか……」
「まぁ、鏡レンナは対外的で、花音が素の自分ですと言われればそれまでなのだが」
彼は、花音と鏡レンナの秘密に気付き始めている?
万が一、花音と鏡レンナが同一人物ではないとバレたら、大変な事になる。
どうにかして誤魔化さないとと思えば思うほど、焦りだけが募り、言葉が出ない。
「今まで俺は、花音のファンであって、鏡レンナには全く興味がなかった。だから、鏡レンナのライブに行った事もなければ、鏡レンナとして配信しているチャンネルを観たこともない。ただ、それではダメだと思っている。花音のファンとして、彼女の中身である鏡レンナを深く知ることで、花音のこともより深く理解出来るのではないかと思うんだ。そうでなければ、花音の真のファンを名乗る事はできない」
「はぁぁ、そういうものですか……」
鏡レンナを知ったところで、別人である花音を深く理解出来るとは到底思えないが、とりあえず、秘密に気づいた訳ではないとわかり、ホッと息をつく。
「清瀬さんは、どうやら鏡レンナのファンでもあるらしい。鏡レンナを知るには、まず何をしたらいいと思う?」
「えっ? 鏡レンナを知るには?」
そんな事、私に聞かないで欲しい。鏡レンナのファンでもないのに、答えられる訳がない。
「あぁ、恥ずかしながら彼女の事は、一般人と同じレベル程度の知識しかない」
「はぁ、そうですか……。では、ファンクラブに入るとか」
「ファンクラブは花音の情報を得るために、すでに入っている」
「……ですよね。じゃあ、鏡レンナの配信を観てみるのはどうですか?」
「それもあらかた、観終わっている」
「……」
私が提案する推し活は、やっていて当然か。
社長は、自分が思いつかない推し活方法を私に聞いているのだ。確か、さっきライブには行った事がないと言っていなかったか。
「社長、あの。鏡レンナのライブには行きましたか?」
「いいや、行った事はないな。いまいち、ライブの作法とやらが分からなくてね。二の足を踏んでいる」
「なら、ライブに行ってみてはいかがですか?」
「ライブに行くのか? あまり乗り気はしないが……」
「大丈夫ですよ。行ってみたら案外楽しいかもしれませんよ。それに、ライブの鏡レンナを観れば、また見方も変わるかもしれませんしね」
「そんなものか……。じゃあ、一度行ってみるか」
「アドバイス出来て良かったです。では、失礼いた――」
「ちょっと、待ってくれ!」
さっさと退散しようと頭を下げ踵を返そうとして呼び止められる。
「何でしょうか?」
「もちろん、清瀬さんも付き合ってくれるんだよな? 鏡レンナのライブ」
眼光鋭く釘をさす社長の言葉に、墓穴を掘った事に気づいた。
何してんのよ!! これじゃ、社長との接点が増えるだけじゃないか。
花音の秘密がバレる危険性がさらに増しただけの状況に、ただただ頭を抱える事となった。
項垂れていた社長が顔を上げ、切なそうに細められた瞳で私を射抜く。
本気でマズい……。
跳ね上がった鼓動の音が、ガンガンと頭に響き、冷や汗が大量に背を流れていく。
社長は花音に似ていると言っているだけで、花音の中身が私だと気づいた訳ではない。
まだ、誤魔化せる。
「はは、ははは。花音と似ているなんて恐れ多いですよ」
「そうかな? なんだろうね。清瀬さんと話していると、心が軽くなるんだよ。自分に寄り添ってくれるっていうのかな、少し前向きな言葉を最後に必ずくれる感じ、花音にそっくりなんだよ。やっぱりファンだから似るのかな……」
そう言って笑う社長から目が離せない。彼の言葉が、心を温めてくれる。
花音として活動してきて、色々な事があった。時にはひどい言葉を投げつけられた事もあった。しかし、今日まで続けられたのは、私の言葉に癒され、前を向き歩き出す事が出来たと嬉しそうに語ってくれるファンの言葉の数々があったからだ。
そんな言葉を目にするたび、私こそ彼らから勇気をもらっていた。何の取り柄もない自分でも、誰かを救える事もある。
劣等感の塊だった私の心が解放される場所。それが『花音』という存在だった。
「私こそ、ファンから勇気をもらってた……」
「えっ、何かな?」
「いいえ、何でもありません。私が花音に似ているかはさておき、話を進めましょう。それで、社長は、どうして推し活に協力して欲しいだなんて、言い出したのですか? 話を聞いている限り、十分に推し活しているように感じますが」
何しろ、湯水の如く金を注ぎ込んでいるようだし……
「確かにな。清瀬さんは、最近の花音の様子、どう思う?」
「えっ? 花音の様子ですか? 質問の意図がよくわかりませんが」
「そうか、君はライブに行くくらいだから、花音のファンと言うより、鏡レンナのファンに近いのかもしれんな。だから、知らなくても仕方ないか」
「どういう意味ですか?」
「今、花音のファンの間で、ある噂が流れている。花音がVチューバーを引退するのではないかと」
「えっ? 引退?」
「あぁ。実際に、鏡レンナとしてデビューしてからは、Vチューバー花音としての活動も減ってきているし、配信回数や動画のUP本数も減っている。グッズに至っては、鏡レンナのグッズが大半で、花音のグッズはここ半年販売すらされていない。しかも、最近は定期配信でしか、姿を見せない。ファン達が、花音が引退するかもと、騒ぎ出すのも無理ない話だ」
確かに、鏡レンナがデビューしてからは、事務所の方針もあり、Vチューバー花音としての活動は、減りつつある。ただ、花音の活動が減ったとしても、花音の中身、鏡レンナがいるのだから、ファンにとっては何の問題もないはずだ。たとえ花音の中身が私であったとしても、その事に気づく者などいない。
「確かに、花音の活動は減っていますが、鏡レンナがいれば、ファンにとっては何の問題もないのではありませんか? 花音の中身は鏡レンナなのだから」
「清瀬さんは、そう思うのか……。君は知らないんだね。花音のファンの中には、鏡レンナを受け入れられない者達もいると言うことを」
「どう言う事ですか?」
「花音と鏡レンナ。二人は、あまりにも違いすぎる。野に咲く花のように可憐な印象の花音と、大輪の花のように華やかな印象の鏡レンナ。同じ人間のはずなのに、あまりにも違う。コアなファンの間では、今でも別人説が流れているくらいなんだ」
「嘘っ……そんな、まさか……」
「まぁ、鏡レンナは対外的で、花音が素の自分ですと言われればそれまでなのだが」
彼は、花音と鏡レンナの秘密に気付き始めている?
万が一、花音と鏡レンナが同一人物ではないとバレたら、大変な事になる。
どうにかして誤魔化さないとと思えば思うほど、焦りだけが募り、言葉が出ない。
「今まで俺は、花音のファンであって、鏡レンナには全く興味がなかった。だから、鏡レンナのライブに行った事もなければ、鏡レンナとして配信しているチャンネルを観たこともない。ただ、それではダメだと思っている。花音のファンとして、彼女の中身である鏡レンナを深く知ることで、花音のこともより深く理解出来るのではないかと思うんだ。そうでなければ、花音の真のファンを名乗る事はできない」
「はぁぁ、そういうものですか……」
鏡レンナを知ったところで、別人である花音を深く理解出来るとは到底思えないが、とりあえず、秘密に気づいた訳ではないとわかり、ホッと息をつく。
「清瀬さんは、どうやら鏡レンナのファンでもあるらしい。鏡レンナを知るには、まず何をしたらいいと思う?」
「えっ? 鏡レンナを知るには?」
そんな事、私に聞かないで欲しい。鏡レンナのファンでもないのに、答えられる訳がない。
「あぁ、恥ずかしながら彼女の事は、一般人と同じレベル程度の知識しかない」
「はぁ、そうですか……。では、ファンクラブに入るとか」
「ファンクラブは花音の情報を得るために、すでに入っている」
「……ですよね。じゃあ、鏡レンナの配信を観てみるのはどうですか?」
「それもあらかた、観終わっている」
「……」
私が提案する推し活は、やっていて当然か。
社長は、自分が思いつかない推し活方法を私に聞いているのだ。確か、さっきライブには行った事がないと言っていなかったか。
「社長、あの。鏡レンナのライブには行きましたか?」
「いいや、行った事はないな。いまいち、ライブの作法とやらが分からなくてね。二の足を踏んでいる」
「なら、ライブに行ってみてはいかがですか?」
「ライブに行くのか? あまり乗り気はしないが……」
「大丈夫ですよ。行ってみたら案外楽しいかもしれませんよ。それに、ライブの鏡レンナを観れば、また見方も変わるかもしれませんしね」
「そんなものか……。じゃあ、一度行ってみるか」
「アドバイス出来て良かったです。では、失礼いた――」
「ちょっと、待ってくれ!」
さっさと退散しようと頭を下げ踵を返そうとして呼び止められる。
「何でしょうか?」
「もちろん、清瀬さんも付き合ってくれるんだよな? 鏡レンナのライブ」
眼光鋭く釘をさす社長の言葉に、墓穴を掘った事に気づいた。
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