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推し活指南
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「はぁぁ!! 推し活のやり方を教えて欲しい!?」
社長室へと呼び出され、開口一番言われた言葉に絶句した。
「あぁ。俺に、推し活とはなんぞやを教えて欲しい」
ソファに座り、優雅に足を組んだ社長が大真面目に言ってくる。社長室に通されてわずか数分だが、すでに回れ右をして退散したい。
この男は、花音のコアなファンではなかったのか?
花音への愛を、惜しげもなく語っていた男が、『推し活』を知らないなんて、そんな事信じられるはずない。
「あの……社長。一つお聞きしますが、貴方様はVチューバー花音のファンで間違いないですよね?」
「もちろんだ。誰よりも花音を愛していると自負している」
自分の分身でもある『花音』への愛を、恥ずかしげもなく語る社長に、こちらがドギマギしてしまう。彼は、花音への愛を語っているだけで、私へ『愛している』と言った訳ではない。そんな事はわかっているのに、頬に熱がたまっていく。はたから見れば、私の顔は真っ赤になっている事だろう。
恋愛経験皆無の私には、社長の言葉はキツすぎる。
「……左様ですか。では、聞きますが、社長は花音のファンとして何かやっている活動はありますか?」
「活動か? そうだなぁ……。花音の定期配信を聴いたり、Web上にある関連動画を見たり、グッズを買ったりか」
「それら全てが、推し活です。応援したい相手=推しと言います。その推しを応援する活動全てが推し活です」
「では、その推しの配信で、大量の投げ銭(スパチャ)をしたり、販売されているグッズを大量に購入することを推し活と言うのだな」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。いえいえいえ、何か違います。ま、まさか、社長は今言った事を『花音』にやっているのですか?」
「あぁ。花音からお願いされたら、最大限の愛を返すのがファンの仕事だろ」
本気で頭を抱えたくなってくる。
配信中に流れる投げ銭の嵐や、販売されるグッズを数百個単位で購入していくファンがいるのは知っている。ありがたい事だとも思うが、そんな様子を見るたびに、心が痛かった。そのうち、生活が破綻してしまうのではと心配にもなる。だからこそ、ある程度の人気が出てからは、一人当たりの販売個数を決めたり、投げ銭をストップしたりもしていた。
一年前、鏡レンナがデビューするまでは……
社長がどれくらいの資産があるかはわからない。私が想像する以上にお金に余裕があるのかもしれない。ただ、無理はして欲しくはないし、間違った認識を布教してもらっても困る。
「いえいえいえ、違います。社長の言ったことも確かに、推し活でしょう。しかし、そもそも推し活とは、もっと簡単な活動なのです。それこそ、お金をかけなくたって出来ます」
「そうなのか? 推し活などと、巷で大騒ぎしているから、もっと大それた事だと思っていた。例えば、推しのために何千万と貢ぐとかな」
「……違います。社長、どこぞのキャバクラと推し活を間違えていらっしゃいますか?」
「何を言う、失敬な! 花音への愛は、無償の愛だ。金と欲にまみれたキャバクラなんぞと一緒にするな」
「そうですか……」
無償の愛ですか。どうして、この男は恥ずかしげもなく、愛を叫べるのだろうか。
言葉のチョイスが、クサ過ぎて、背がムズムズする。もう、顔から火を吹きそうなほど、恥ずかしい。
「もういいです! 色々と認識が間違っていることはわかりました。推し活は、お金がなくても出来るものだという事を覚えておいてください。推しの動画にコメントを残したり、反応を返すだけでも推し活です。それだけではなく、友達に推しを布教したり、SNSを駆使して、推しを宣伝するのも推し活です」
「なら、大々的な宣伝広告を打って……、いいや、大量のアルバイトを雇って、視聴数を稼ぐとか……」
「だから違いますってば!! 私は、そんな大きな話をしているのではありません!」
話がどんどん予想外の方向へと展開していく社長の言葉を遮る。少々、ムッともしていた。
「いいですか、社長。ファンの中には小学生や中学生など、若い学生もいるのです。貴方のように、湯水の如くお金を使えるファンばかりではありません。少ないお小遣いを貯めて、やっと一個、推しのグッズを買えるという子もいるのです。そういうファンからしたら、社長の発言は、傲慢でしかない」
「……」
「どうして、推し活という言葉が、こんなにも巷に浸透したかわかりますか?」
「いいや……」
「誰でも簡単に、推しを応援出来るからです。お金がなくたって、時間がなくたって、自分なりの方法で、推しを応援する。それこそが、推し活の真髄です」
シーンと静まり返った室内に、背を冷や汗が流れる。
あぁぁ、なんてことを言ってしまったのだ。目の前に座るは、仮にも勤務する会社の社長なのに。
調子に乗って説教してしまうなんて……。
「えぇ……っと。では、社長失礼い……」
「確かに、清瀬さんの言う通りだな」
「えっ?」
「お金で何でも解決しようとしていた俺は、傲慢な奴でしかないな。花音のファン失格だ」
「いやぁぁ、社長と一般人とでは、思考回路が違うと言いますか……、住む世界が違うと言いますか……」
そもそも、常識が通じない……
「よっぽど清瀬さんが言ったファン像の方が、花音のファンにふさわしいな」
「いやぁぁ……あのぉ……」
頭を抱え、項垂れてしまった社長を見つめ、この状況を打破する方法が見つからず焦る。
「あの、社長。花音は、自分のファンであれば、どんなファンでも愛していると思いますよ。どんな推し活でも、自分のために無償の愛を捧げてくれるファンに優劣はない。きっと花音もそう思っているんじゃないかな。社長も、自分なりの推し活をすれば良いだけの話じゃないですか」
「自分なりの推し活か……。清瀬さん、君は不思議な人だね。なんだか、花音と話しているような錯覚を覚えるよ」
「えっ……」
社長室へと呼び出され、開口一番言われた言葉に絶句した。
「あぁ。俺に、推し活とはなんぞやを教えて欲しい」
ソファに座り、優雅に足を組んだ社長が大真面目に言ってくる。社長室に通されてわずか数分だが、すでに回れ右をして退散したい。
この男は、花音のコアなファンではなかったのか?
花音への愛を、惜しげもなく語っていた男が、『推し活』を知らないなんて、そんな事信じられるはずない。
「あの……社長。一つお聞きしますが、貴方様はVチューバー花音のファンで間違いないですよね?」
「もちろんだ。誰よりも花音を愛していると自負している」
自分の分身でもある『花音』への愛を、恥ずかしげもなく語る社長に、こちらがドギマギしてしまう。彼は、花音への愛を語っているだけで、私へ『愛している』と言った訳ではない。そんな事はわかっているのに、頬に熱がたまっていく。はたから見れば、私の顔は真っ赤になっている事だろう。
恋愛経験皆無の私には、社長の言葉はキツすぎる。
「……左様ですか。では、聞きますが、社長は花音のファンとして何かやっている活動はありますか?」
「活動か? そうだなぁ……。花音の定期配信を聴いたり、Web上にある関連動画を見たり、グッズを買ったりか」
「それら全てが、推し活です。応援したい相手=推しと言います。その推しを応援する活動全てが推し活です」
「では、その推しの配信で、大量の投げ銭(スパチャ)をしたり、販売されているグッズを大量に購入することを推し活と言うのだな」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。いえいえいえ、何か違います。ま、まさか、社長は今言った事を『花音』にやっているのですか?」
「あぁ。花音からお願いされたら、最大限の愛を返すのがファンの仕事だろ」
本気で頭を抱えたくなってくる。
配信中に流れる投げ銭の嵐や、販売されるグッズを数百個単位で購入していくファンがいるのは知っている。ありがたい事だとも思うが、そんな様子を見るたびに、心が痛かった。そのうち、生活が破綻してしまうのではと心配にもなる。だからこそ、ある程度の人気が出てからは、一人当たりの販売個数を決めたり、投げ銭をストップしたりもしていた。
一年前、鏡レンナがデビューするまでは……
社長がどれくらいの資産があるかはわからない。私が想像する以上にお金に余裕があるのかもしれない。ただ、無理はして欲しくはないし、間違った認識を布教してもらっても困る。
「いえいえいえ、違います。社長の言ったことも確かに、推し活でしょう。しかし、そもそも推し活とは、もっと簡単な活動なのです。それこそ、お金をかけなくたって出来ます」
「そうなのか? 推し活などと、巷で大騒ぎしているから、もっと大それた事だと思っていた。例えば、推しのために何千万と貢ぐとかな」
「……違います。社長、どこぞのキャバクラと推し活を間違えていらっしゃいますか?」
「何を言う、失敬な! 花音への愛は、無償の愛だ。金と欲にまみれたキャバクラなんぞと一緒にするな」
「そうですか……」
無償の愛ですか。どうして、この男は恥ずかしげもなく、愛を叫べるのだろうか。
言葉のチョイスが、クサ過ぎて、背がムズムズする。もう、顔から火を吹きそうなほど、恥ずかしい。
「もういいです! 色々と認識が間違っていることはわかりました。推し活は、お金がなくても出来るものだという事を覚えておいてください。推しの動画にコメントを残したり、反応を返すだけでも推し活です。それだけではなく、友達に推しを布教したり、SNSを駆使して、推しを宣伝するのも推し活です」
「なら、大々的な宣伝広告を打って……、いいや、大量のアルバイトを雇って、視聴数を稼ぐとか……」
「だから違いますってば!! 私は、そんな大きな話をしているのではありません!」
話がどんどん予想外の方向へと展開していく社長の言葉を遮る。少々、ムッともしていた。
「いいですか、社長。ファンの中には小学生や中学生など、若い学生もいるのです。貴方のように、湯水の如くお金を使えるファンばかりではありません。少ないお小遣いを貯めて、やっと一個、推しのグッズを買えるという子もいるのです。そういうファンからしたら、社長の発言は、傲慢でしかない」
「……」
「どうして、推し活という言葉が、こんなにも巷に浸透したかわかりますか?」
「いいや……」
「誰でも簡単に、推しを応援出来るからです。お金がなくたって、時間がなくたって、自分なりの方法で、推しを応援する。それこそが、推し活の真髄です」
シーンと静まり返った室内に、背を冷や汗が流れる。
あぁぁ、なんてことを言ってしまったのだ。目の前に座るは、仮にも勤務する会社の社長なのに。
調子に乗って説教してしまうなんて……。
「えぇ……っと。では、社長失礼い……」
「確かに、清瀬さんの言う通りだな」
「えっ?」
「お金で何でも解決しようとしていた俺は、傲慢な奴でしかないな。花音のファン失格だ」
「いやぁぁ、社長と一般人とでは、思考回路が違うと言いますか……、住む世界が違うと言いますか……」
そもそも、常識が通じない……
「よっぽど清瀬さんが言ったファン像の方が、花音のファンにふさわしいな」
「いやぁぁ……あのぉ……」
頭を抱え、項垂れてしまった社長を見つめ、この状況を打破する方法が見つからず焦る。
「あの、社長。花音は、自分のファンであれば、どんなファンでも愛していると思いますよ。どんな推し活でも、自分のために無償の愛を捧げてくれるファンに優劣はない。きっと花音もそう思っているんじゃないかな。社長も、自分なりの推し活をすれば良いだけの話じゃないですか」
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