推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来

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愛しのあの子【颯馬side】

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 通信が切れた画面を見つめ、パソコンの電源を落とす。

 今夜も有意義な時間を過ごせた。

 毎週金曜日、決まった時間に配信される『花音カノンチャンネル』

 これを観るためだけに、今週の仕事を前倒しでこなして来たと言っても過言ではない。

 俺の心のオアシス……

 画面越しの彼女と出会った日の事は今でも覚えている。心身共に疲弊しきっていた俺は、何も手につかずボーッとネットサーフィンをしていた。

 分刻みで組まれたスケジュールに、ミーティングとは名ばかりの意味のない会食。そして、極め付けは一色グループ御曹司という名の蜜に群がる者達への対応。一色コーポレーションの社長に就任したばかりの俺には、それら全てを器用にあしらうだけの技量を持ち合わせてはいなかった。

 作り笑いが板につき、本心をひた隠し、相手の喜ぶ言葉を並べる。社長とは名ばかりで、陰で『お飾り』と言われていた事も知っていた。いいや、実際にお飾りでしかなかったのだ、当時は。一色グループから送り込まれた先鋭達が会社を動かし、俺はただ言われるがまま、書類にサインをする。それで全てが上手く回っていく。たとえ俺がいなくとも何ら支障はない。会社のトップでありながら、不要な存在。そのレッテルは、想像以上に自分の心を傷つけていた。

 何をするにも億劫で、そんな日々に嫌気が差し、自棄になっていく。あのまま、どこかへ消えて無くなってしまえば、楽になれるのだろうかとさえ、考えるようになっていた。あの時、花音に出会っていなければ、今ここに俺はいない。

 ネットから流れてきた歌声に惹かれた。そして、あの素朴な人柄に。

『花音だって劣等感の塊だよ。でもそれでいいんじゃないかな。だって、人間だもん』

 ストンっと心に落ちてきた。

 あの時、彼女が言った言葉は、ありふれた慰めの言葉でしかない。なのに、なぜあんなにも心に響いたのか?

 今ならわかる。長年追い続けた今なら理解できる。彼女の心の内にある『劣等感』を。

 だからこそ、『花音』が『鏡レンナ』として、デビューすると知り、違和感を覚えた。彼女が、顔をさらす訳ないと。

 Vチューバーの多くは、様々な理由から、顔をさらさず、バーチャルキャラクターとして活動している者が多い。私生活を知られたくない、中傷が怖い、そもそも顔をさらすのが恥ずかしいなど理由は様々だが、花音に限って言えば、彼女は実生活の自分を嫌っている節がある。つまりは、彼女こそ劣等感の塊なのだ。昔の俺のように。

 だからこそ、相手に寄り添う事ができる。

 不安、悲しみ、怒り、恐れ……。様々な負の感情に寄り添い、慰める。しかし、ただ慰めるだけなら誰だってできるだろう。それだけではない何かを花音は持っている。彼女と話すと、心が軽くなるのだ。

 花音が紡ぐ言葉の多くが、小さな希望に満ちている。少し頑張れば、手が届くのではないかと思える小さな希望。

 絶望している人間にとって、大きな希望は負担でしかない。手の届く目標を提示されてこそ、前へと、一歩を踏み出せる。その事を彼女は、知っているのだろう。だからこそ、様々な人の共感を生み、今なお『花音』のファンは増え続けている。『鏡レンナ』という実写がいるにも関わらずだ。

 華やかな世界で輝く『鏡レンナ』と、ファンに寄り添い癒しを与える『Vチューバー花音』

『鏡レンナ』は対外的であって、『花音』は素の自分ですと言われてしまえば、それまでだが。何かが違うような気がする。

 何年も追いかけている自分だからこそわかる、ほんのわずかな違和感。

 本当の『彼女』がわからない。

 そして、脳裏を過ぎる懸念事項。ファンが何よりも恐れている事態が起きるのではないかという予感。

『花音が消える』

 ここ半年で急速にささやかれ始めた引退説。それが、現実味を帯び始めているのは、今日の配信を聞いていてもわかる。

 非定期配信の回数が減り、徐々に声のトーンも元気がないものへと変わっていく。彼女を勇気づけることも、助けてあげることも出来ない。配信中の投げ銭や、販売されているグッズを買うことで、金銭的に彼女を援助することは出来ても、それ以外は何も出来ない。そもそも、数万人のファンを抱える花音には、金銭的な援助は全く必要ない。

 昔と違って……

 このまま何もしなければ、確実に『花音』は消えてしまう。焦燥感は日に日に増していった。

「――――清瀬穂花か」

 彼女を助ける方法を模索していた俺にとって、今朝起きた事件は、幸運としか言えない。

 俺の目の前で派手に転んだ彼女が残していったマスコットを見た時、神に感謝した。まさか、こんな身近に『花音』のファンがいるとは思っていなかった。しかも女性だ。

 きっと、女性ならではの視点で、良いアドバイスをくれることだろう。

 俺ですら所持していないグッズを持っていたのだ。花音のコアなファンである可能性は高い。

 それにしても、あのマスコット。彼女はたまたまライブの抽選で当たったなどと、ほざいていたがそんな情報、ファンクラブサイトにも載っていなかった。

 花音の情報は、くまなくチェックしている俺が見落としたとでも言うのか?

 目の前のパソコンを再度立ち上げ、あるサイトへとアクセスする。

 『花音♪初期メンバー限定ファンクラブ』

 Vチューバーデビューしたばかりの駆け出しだった頃を知る花音のファンのみで構成されたファンクラブ。このファンクラブに所属する者達であれば、俺の疑問にも的確に答えてくれるだろう。

 キーボードを打ち、非売品のマスコットの件について聞いてみる。待つこと数分、画面に示された回答を眺め、自分の予想が当たっていたことを悟る。

「やっぱりか……」

 最近開催された鏡レンナのライブで、非売品の花音マスコットを配られた形跡は無しと。しかも、鏡レンナのライブで、花音のキャラグッズが販売されること自体、あり得ない事らしい。

 鏡レンナには、全く興味がない俺には、ライブに行くという発想がそもそもない。だからこそ、清瀬穂花の発言の違和感に、あの時気づくことが出来なかった訳だが。

 彼女は、なぜあんな嘘を俺についたのか?

 清瀬穂花は、まだ何かを隠している。

 そんな言葉が、脳裏をかすめ、消えていく。

 まぁ、いい。これから、いくらでも接点を作ることは出来る。彼女の隠した秘密は、おいおい探っていけばいいだけの話だ。

 いつになく心が浮き足立っている自分に苦笑をもらし立ち上がると、キラキラと輝くオフィス街の夜景に視線を移した。

 
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