推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来

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事情

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 総務課を出た私は足早に、エレベーターへと向かう。エレベーター前には、これから向かうであろう飲み屋街の話をする男性陣や、おしゃれなレストランやカフェの話に花を咲かせるOL達がガヤガヤと集まっている。心なしかいつもより華やいで見えるのは、今日が金曜日だからだろうか。

 そんな一団が、エントランスホール行きのエレベーターへ乗り込むのを、壁際で見送り、上階行きのボタンを押す。すると、すぐに上りのエレベーターは到着した。中に誰も居ないことを確認して乗り込む。そして、押した最上階のボタン。まさか自分がこのボタンを押す日が来ようとは想像すらしていなかった。

 ゆっくり上っていくエレベーター。夕陽が沈む街並みを眺め、今の自分の状況にため息をこぼす。

 どんな事をしてでもクビだけは回避しなければならない。そうでなければ、一生妹のお世話になる可能性すらある。この不況では、好条件で雇ってくれる会社など皆無だ。それに、私達姉妹を育ててくれた叔父にも申し訳ない。

 中学生の時、夫婦水入らずの旅行中、事故にあい両親が他界した。残された姉妹二人を無条件に受け入れ、自分の子供と同じように愛してくれた叔父夫婦。両親の葬儀で、泣きじゃくる妹と必死に涙を堪えていた私に、叔父は言ってくれた。

『――もう心配はいらない。穂花ちゃん、泣いていいんだ』と。

 叔父の言葉にどんなに救われたことか。そして、その言葉通り、独り立ちするまで、なに不自由無く育ててくれた。

 これ以上、優しい叔父に甘える訳にはいかない。自分でどうにかするしかない。

 ポンっという音を鳴らし、目の前の扉が開く。長い廊下の先を見つめ、一歩を踏み出した。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「清瀬穂花さんですね。お待ちしておりました」

 そう言って頭を下げた男性。年の頃は、四十歳くらいだろうか。顔にわずかに刻まれたシワと人好きする笑み、そして穏やかな口調は、一見柔和にゅうわな印象を人に与える。ただ瞳の奥で見え隠れする鋭さが、彼がただ者ではないと知らしめていた。

 終業後も、三揃えのスーツをパリッと着こなした姿は、さすが、世界に名だたる一色グループ傘下の会社の社長秘書だと言える。そんな感心も、秘書の朝霞さんに促され入った社長室に居た人物を見た時、消え去った。

 大きく切り取られた窓から、外を眺める男性。妙に迫力ある後ろ姿に、喉がゴクリと鳴る。

 ガッチリとした身体に、ピンストライプの茶系のスーツを上品に着こなし立つ男こそ、私を呼んだ社長で間違いない。その表情をうかがい知ることは出来ないが、まとうオーラが、もう煌びやかすぎる。ただ立っているだけで様になる男など、芸能事務所を経営している叔父のところで見慣れているはずの自分が、彼の持つ雰囲気にのまれている。

 そして、振り向いた彼の顔に、さらなる衝撃を受けた。

 これは、モテるわ。

 王子様ともてはやす女達の気持ちがわかってしまった。キリッとした眉に、くっきり二重の瞳、そしてスッと通った鼻筋。それら全てのパーツが、小さな顔に均整の取れた状態で綺麗に収まっている。まさに神が創りたもうた美しい人間が、そこに存在していた。

 しばし、その最高傑作を堪能する。ボーッと見惚れていた私は、自身の名を呼ぶ声に気づかない。

「――――穂花さん」

「清瀬穂花さん――。聞いていますか?」

「はい?」

「大丈夫ですか? ボーッとしていたようですが」

 窓際にいた美丈夫が、いつの間にか目の前にいる。それに気づいた私は素頓狂すっとんきょうな悲鳴をあげていた。

「すすす、すみません! だだ、大丈夫ですから」

 きっと数十センチは飛び退ったと思う。そんな私の様子を見て、クスクスと目の前の美丈夫が笑う。それを唖然とした面持ちで眺めることしか出来ない。

 笑うと随分と印象が変わる男だ。

 端正な顔は、表情が抜け落ちていると、人形のような冷たい印象を人に与える。しかし、笑った途端、一気に印象が変わった男の表情は、とても魅力的に映る。目尻が下がり、口角が上がり、白い歯がわずかに除いた表情は、どこか愛嬌がある。

 不思議な印象を持つ男だ。

 これでは、どんな女も放ってはおかないだろう。

「ふふふ、慣れていますから、お気になさらず。大抵の女性陣は、貴方と同じような反応を示す」

 彼の言葉に、弾んだ心が冷えていく。

 結局、モテ男は言うことも気障ったらしい。そんな、反発心も手伝い、冷たい声が出ていた。

「それで、何のご用でしょうか?」

「おや? 珍しい女性もいたものだ……。まぁ、いいか」

 どこか人を小馬鹿にしたような言葉に、さらに反発心が募る。

「あの、私を揶揄って遊ぶおつもりで、お呼びになったのでしたら、他をあたってください」

 そう告げ、踵を返し扉へと向かう。私の頭の中には、彼が自分を助けてくれた男性であることも、お礼を言わず逃げたことも、クビを告げられるかもしれないということまでも、すでに消え去っていた。

「ま、待ってくれ!」

 慌てた声と共に、追いかけてきた彼に腕を掴まれる。それを見て反射的に、睨んでいた。

「あぁぁ、すまない。清瀬さん、貴方を揶揄っていた訳ではないんだ。どうやら、自分が思っている以上に浮かれていたようだ」

「浮かれていた? どういうことですか?」

「これ――」

「――嘘っ!? 私のマスコット……」

 
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