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光と闇
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本当に今日はついていない……
デスクに突っ伏し、きっちり一つに結んでいた髪をガシガシとかく。
朝の一件のせいで、結局遅刻することとなってしまった。誰だかわからないが、朝のクソ忙しい時間帯に、人が集まってしまうほどの人物など現れないで欲しい。その人が現れなければ、あんな恥ずかしい思いもしなかったし、遅刻することもなかった。駅から全速力で走った甲斐も、無に帰してしまった。
ただの八つ当たりだ。決して、ロビーホールに現れた人物が悪い訳ではない。わかっている。悪いのは全て私。
いつもの時間に起き、いつもの時間に家を出て、いつもの時間の電車に乗り、いつもの時間に会社についていれば、朝の一件は起きなかった。全ては、昨夜の私が悪いことはわかっている。
妹に頼まれ取った配信が、ライブで荒んだ心を癒してくれた。画面上を流れるファンからの優しい言葉が、冷えた心を温めてくれる。それが、自分ではなく、妹に向けられた言葉であったとしても、あの一時だけは、違う。だから甘えた。
いつもは三十分だけの配信を、気づいたら四時間も取っていた。深夜ニ時に寝落ちするように配信を切ったことだけは覚えている。次に目が覚めた時、時計を見て血の気が引いた。そして、今に至る。
「穂花! おっはよぉ~」
「……おはよ」
同期の安藤心菜の元気な声に、視線を投げ、すぐに突っ伏す。
「もう、どうしたのよ。元気ないなぁ……。あぁ、そっか。今朝の事件か」
「えっ!? どうして知っているのよ!」
心菜の言葉に、伏せていた顔を慌ててあげる。
「そりゃ、知ってるわよ。我、一色コーポレーションの王子様の前で、派手にすっ転んだ女がいるって。穂花、今社内でちょっとした有名人になっているわよ」
「嘘でしょ……」
じゃあ、眼鏡を拾ってくれた心優しい人。まさか、その王子様とやらだったりして……。頭に浮かんだ言葉に、背筋が凍る。
あの人待ちの数だ。もし、眼鏡を拾ってくれた男性が、その王子様だったら、大変なことになる。身のほど知らずの女と、社内の女性陣から爪弾きにされてしまう。
「嘘じゃありません。しかも、王子様に眼鏡まで拾ってもらったんだって?」
私の人生詰んだ。
「どうしよう、どうしよ! 私、社内の女性陣に殺されるの? ねぇ、死亡確定なの?」
「あっ、それ大丈夫よ。黒縁メガネのダサ女を王子様が相手にする訳ないって、すでに女性陣落ち着いているから」
「そう……」
心菜の言葉に、微妙に傷つきつつ、心底自身の格好の地味さに感謝した。
「それにしても穂花にしては珍しいね、遅刻なんて」
「あぁ、ちょっと夜更かし、しちゃって」
「珍しいこともあるもんだね。穂花が夜更かしだなんて。まさか、彼氏でも出来た?」
「はは、まさか。好きな漫画読んでて止まらなくなっただけ」
「そっかぁ、だよね。穂花、男関係に全く興味ないもんね。合コンに誘っても来ないし……。可愛い顔しているのになぁ、もったいない」
「可愛い顔なんてしてないもん……」
――妹とは違って。
昔から、華やかな妹と地味な姉。そんな立ち位置は今も変わらない。いいや、さらにその差は広がっている。Vチューバー出のアイドル『鏡レンナ』として、時の人となった妹と、その影武者として、『Vチューバー花音』として裏で配信を取る私。まるで、光と闇のようだ。
人気者の妹の足を引っ張ることだけは出来ない。彼氏など作れない。
「そうかなぁ? ほらっ、メガネを外すと――、あら不思議、めっちゃ可愛い」
「もう、やめてったら!」
眼鏡を取られ慌てる私と心菜との漫才のような掛け合いに痺れを切らした課長の間伸びした声がする。『そろそろ仕事始めろぉ~』の言葉を合図に、それぞれのデスクへと戻った私達は、やっと仕事を開始した。
デスクに突っ伏し、きっちり一つに結んでいた髪をガシガシとかく。
朝の一件のせいで、結局遅刻することとなってしまった。誰だかわからないが、朝のクソ忙しい時間帯に、人が集まってしまうほどの人物など現れないで欲しい。その人が現れなければ、あんな恥ずかしい思いもしなかったし、遅刻することもなかった。駅から全速力で走った甲斐も、無に帰してしまった。
ただの八つ当たりだ。決して、ロビーホールに現れた人物が悪い訳ではない。わかっている。悪いのは全て私。
いつもの時間に起き、いつもの時間に家を出て、いつもの時間の電車に乗り、いつもの時間に会社についていれば、朝の一件は起きなかった。全ては、昨夜の私が悪いことはわかっている。
妹に頼まれ取った配信が、ライブで荒んだ心を癒してくれた。画面上を流れるファンからの優しい言葉が、冷えた心を温めてくれる。それが、自分ではなく、妹に向けられた言葉であったとしても、あの一時だけは、違う。だから甘えた。
いつもは三十分だけの配信を、気づいたら四時間も取っていた。深夜ニ時に寝落ちするように配信を切ったことだけは覚えている。次に目が覚めた時、時計を見て血の気が引いた。そして、今に至る。
「穂花! おっはよぉ~」
「……おはよ」
同期の安藤心菜の元気な声に、視線を投げ、すぐに突っ伏す。
「もう、どうしたのよ。元気ないなぁ……。あぁ、そっか。今朝の事件か」
「えっ!? どうして知っているのよ!」
心菜の言葉に、伏せていた顔を慌ててあげる。
「そりゃ、知ってるわよ。我、一色コーポレーションの王子様の前で、派手にすっ転んだ女がいるって。穂花、今社内でちょっとした有名人になっているわよ」
「嘘でしょ……」
じゃあ、眼鏡を拾ってくれた心優しい人。まさか、その王子様とやらだったりして……。頭に浮かんだ言葉に、背筋が凍る。
あの人待ちの数だ。もし、眼鏡を拾ってくれた男性が、その王子様だったら、大変なことになる。身のほど知らずの女と、社内の女性陣から爪弾きにされてしまう。
「嘘じゃありません。しかも、王子様に眼鏡まで拾ってもらったんだって?」
私の人生詰んだ。
「どうしよう、どうしよ! 私、社内の女性陣に殺されるの? ねぇ、死亡確定なの?」
「あっ、それ大丈夫よ。黒縁メガネのダサ女を王子様が相手にする訳ないって、すでに女性陣落ち着いているから」
「そう……」
心菜の言葉に、微妙に傷つきつつ、心底自身の格好の地味さに感謝した。
「それにしても穂花にしては珍しいね、遅刻なんて」
「あぁ、ちょっと夜更かし、しちゃって」
「珍しいこともあるもんだね。穂花が夜更かしだなんて。まさか、彼氏でも出来た?」
「はは、まさか。好きな漫画読んでて止まらなくなっただけ」
「そっかぁ、だよね。穂花、男関係に全く興味ないもんね。合コンに誘っても来ないし……。可愛い顔しているのになぁ、もったいない」
「可愛い顔なんてしてないもん……」
――妹とは違って。
昔から、華やかな妹と地味な姉。そんな立ち位置は今も変わらない。いいや、さらにその差は広がっている。Vチューバー出のアイドル『鏡レンナ』として、時の人となった妹と、その影武者として、『Vチューバー花音』として裏で配信を取る私。まるで、光と闇のようだ。
人気者の妹の足を引っ張ることだけは出来ない。彼氏など作れない。
「そうかなぁ? ほらっ、メガネを外すと――、あら不思議、めっちゃ可愛い」
「もう、やめてったら!」
眼鏡を取られ慌てる私と心菜との漫才のような掛け合いに痺れを切らした課長の間伸びした声がする。『そろそろ仕事始めろぉ~』の言葉を合図に、それぞれのデスクへと戻った私達は、やっと仕事を開始した。
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