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巡り合わせ
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「間に合ったぁ……」
高層ビルが立ち並ぶ一角。一際高いビルを見上げ、あがった息を整える。始業時間十五分前を示す腕時計の文字盤を見て、ホッと息をついた。
駅から数分とはいえ、全速力で走った甲斐があった。
こんな時だけは、地味な既製品のパンツスーツにローヒールのパンプス姿でよかったと心底思う。今も脇を抜けエントランスへ吸い込まれていく、おしゃれな女性達のような格好では、走ることすら無理だっただろう。そんな自嘲的なことを思いながら、エントランスの自動ドアへとむかい、違和感に気づいた。
何で、こんなにロビーに人がいるのよ?
始業時間直前にも関わらず、ロビーホールにいる人の多さに面食らう。確かに、仕事が始まる直前なのだから人が多くなるのはわかる。ただ、エレベーターへと向かう人の流れとは別に、なぜかホールの脇に留まり、エントランスの入り口を見つめる人達もいる。しかも、そのほとんどが女性だ。
誰か来るのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶが、始業時間差し迫った私にとっては、そんな疑問を考えている余裕はない。慌てて、エレベーターへと向かうが、その日はとことん運が悪かった。
早足で駆け出すと同時に動き出した人の波。その波に揉まれ、気づいた時にはエレベーターホールの真ん中ですっ転んでいた。しかも悪いことに、転んだ拍子に眼鏡もどこかへと飛んでしまった。
前が見えない。
ただ、シーンっと静まり返ったホール内の状態に、自分の置かれた状況を理解した。
どうしよぉぉ……
前がぼやけてはっきりとはわからないが、このまま、この場所に留まっているのは非常にマズい気がする。毎日通っている職場だ。視界がぼやけていても、人目のつかない所までなら、どうにか移動出来るだろう。そう思い立ち上がろうとして――
「大丈夫? 眼鏡ないと見えないでしょ?」
目の前に差し出された眼鏡らしき物体。どうやら、心優しい人が拾ってくれたらしい。
慌てて、眼鏡を受け取り、かけると視界がはっきりしてくる。それと同時に、自分の置かれた状況を正しく理解した。
自分を取り囲む人の足足足。そして、散乱した自分の荷物。
どうやら、ロビーホールの真ん中ですっ転んで、大勢の人に囲まれているらしい。頬に熱が急速に溜まり、頭が真っ白になる。
もう、目線を上げることは怖くて出来なかった。散乱した荷物をかき集め、立ち上がると、お礼も言わずに駆け出す。その後ろ姿を、眼鏡を拾ってくれた男性が、落としたマスコットを拾い上げ、見つめていたなど思いもせずに。
高層ビルが立ち並ぶ一角。一際高いビルを見上げ、あがった息を整える。始業時間十五分前を示す腕時計の文字盤を見て、ホッと息をついた。
駅から数分とはいえ、全速力で走った甲斐があった。
こんな時だけは、地味な既製品のパンツスーツにローヒールのパンプス姿でよかったと心底思う。今も脇を抜けエントランスへ吸い込まれていく、おしゃれな女性達のような格好では、走ることすら無理だっただろう。そんな自嘲的なことを思いながら、エントランスの自動ドアへとむかい、違和感に気づいた。
何で、こんなにロビーに人がいるのよ?
始業時間直前にも関わらず、ロビーホールにいる人の多さに面食らう。確かに、仕事が始まる直前なのだから人が多くなるのはわかる。ただ、エレベーターへと向かう人の流れとは別に、なぜかホールの脇に留まり、エントランスの入り口を見つめる人達もいる。しかも、そのほとんどが女性だ。
誰か来るのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶが、始業時間差し迫った私にとっては、そんな疑問を考えている余裕はない。慌てて、エレベーターへと向かうが、その日はとことん運が悪かった。
早足で駆け出すと同時に動き出した人の波。その波に揉まれ、気づいた時にはエレベーターホールの真ん中ですっ転んでいた。しかも悪いことに、転んだ拍子に眼鏡もどこかへと飛んでしまった。
前が見えない。
ただ、シーンっと静まり返ったホール内の状態に、自分の置かれた状況を理解した。
どうしよぉぉ……
前がぼやけてはっきりとはわからないが、このまま、この場所に留まっているのは非常にマズい気がする。毎日通っている職場だ。視界がぼやけていても、人目のつかない所までなら、どうにか移動出来るだろう。そう思い立ち上がろうとして――
「大丈夫? 眼鏡ないと見えないでしょ?」
目の前に差し出された眼鏡らしき物体。どうやら、心優しい人が拾ってくれたらしい。
慌てて、眼鏡を受け取り、かけると視界がはっきりしてくる。それと同時に、自分の置かれた状況を正しく理解した。
自分を取り囲む人の足足足。そして、散乱した自分の荷物。
どうやら、ロビーホールの真ん中ですっ転んで、大勢の人に囲まれているらしい。頬に熱が急速に溜まり、頭が真っ白になる。
もう、目線を上げることは怖くて出来なかった。散乱した荷物をかき集め、立ち上がると、お礼も言わずに駆け出す。その後ろ姿を、眼鏡を拾ってくれた男性が、落としたマスコットを拾い上げ、見つめていたなど思いもせずに。
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