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後編【ディーク視点】
③
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――――、ミレイユへの恋心を自覚したのは、いつだったか。
真っ赤な月が山陰へと消え、白んだ月が姿を見せる。決して太陽が昇ることのない魔界では、この白んだ月が太陽の代わりとなる。しかし、この白んだ月ですら、一日の大半が霧で覆われた魔界では、はっきりとは見えない。
魔王城の回廊に立ち込めた白く濃い霧の中、歩いていた私は、一瞬開けた庭園の光景に息を飲んだ。ひっそりと咲く一輪の赤い小さな花。その可憐な姿に、愛しい人の姿が脳裏に浮かぶ。
あれはいつだったか……
もらった花を嬉しそうに胸に抱き、傍らに立つ男にわらいかけているミレイユを見つけたのは。
あの時、初めてミレイユへの恋心を自覚したのだ。
ずっと姉のように思っていた。
しかし、たった一輪の花に、頬を染め、隣に立つ男に話しかけるミレイユの嬉しそうな顔を見た時、己の心に宿った感情は、醜い嫉妬だった。
魔王の素養を持つ者は、覚醒するまでは少年のような見た目をしている。しかし、育たない身体とは裏腹に、心は成長していく。
ミレイユと出会った頃は、まだお互いに子供で、体格差もほとんどなかった。しかし、月日が流れれば流れるほど、彼女との体格差は広がり、数十年も経てば、子と親ほどの差が生まれる。
数年もすれば覚醒魔王へと至るはずが、何十年経っても、自分は子供のままで、魔力すらない。そして、自分を守るために、傷ついていくミレイユを見ている事しか出来ない不甲斐なさは、徐々に私を追いつめていった。
己の中に莫大な魔力を感じるのに、それを使うことも出来ず、守られる存在にしかなれない。
ミレイユへの恋心を自覚したところで、己の想いを彼女に伝えることなど、到底叶わない願いだった。
ミレイユから向けられる好意は、手のかかる弟に対する親愛でしかない。
報われぬ想いが、己の心に澱みを積もらせ、純粋だった想いを歪めた。そして、その結果、異常な愛をも生み出した。それと同時に感じ始めた己の変化。彼女への叶わぬ想いが募れば募るほど、内なる魔力が暴走していく。それと呼応するかのように、外敵から放たれる魔力を弾き返す、防御結界が揺らぎ始めた。それは、魔力を持たないミレイユの危険が増すことでもあった。
そして起こった、あの事件。
刺客から魔力を纏った矢が放たれ、その矢がミレイユの胸を貫いた時、己の心に宿った絶望が、怒りとなり爆発した。燻り続けていた魔力が外へと解放され、全身を激しい痛みが襲う。全身をつん裂く痛みに意識が遠のき、次に目覚めた時、己の身体に起こった変化に歓喜した。
細く貧弱だった身体は、雄々しい青年期の肉体へと進化し、顎先で切り揃えられていた黒髪は、背の半ばまで伸びていた。そして、黒く濁っていた瞳は、覚醒魔王を示す赤へと変化していた。
やっとだ……、やっと、ミレイユへ想いを伝えることが出来る。
心の底から湧き上がる喜びが全身を震わせる。しかし、それと同時に思い出したミレイユの命の危機に、無意識に転移魔法を発動していた。
ベッドに横たわるミレイユを見つけ、血の気が引いていく。最後に見た彼女は、口から血を吐き、死にゆく存在だった。
震える身体を抑え、ミレイユへと近づく。
――――、彼女は生きていた。
しかし、呼吸が浅く、容体が急変すれば死ぬ可能性があるのは、傍目にも明らかだった。額に汗をかき、苦しそうに荒い息をする彼女を見つめ、胸がキリキリと痛み出す。
不甲斐ない己のせいで、何度ミレイユの命を危険に晒してきたことか。もう、こんな想いはしたくない。
彼女の傍らに膝をつき、手を握る。
死なせたくない、絶対に……
その想いが、握った手を伝い魔力の粒となり、彼女の内へと流れていく。青白く輝き出したミレイユの浅かった呼吸が穏やかになっていく。そして、閉じられていた瞼がゆっくりと開き、碧色の瞳が己を捉えた時、何十年と内に秘めていた想いが、口からこぼれた。
「くくく、結局あの告白は、ミレイユに届いてはいなかったのだなぁ」
一人語ちた言葉は、静けさに包まれた庭園に飲まれ消えていった。
庭園の片隅に咲く一輪の赤い花へと近づき手を伸ばす。灰色の世界に鮮やかに咲く一輪花。まるで、この赤い花は、ミレイユのようだ。鮮やかな花は、いつか灰色の世界へと埋もれ、消えてしまう。もしくは、手折られ、この世から抹殺されるか。
――――、だったら永久の時を生きながらえるように、囲ってしまえばいい。
目の前で咲く赤い花を手折り、その花へと口づけを落とす。
さぁ、ミレイユの元へと向かおうか。
真っ赤な月が山陰へと消え、白んだ月が姿を見せる。決して太陽が昇ることのない魔界では、この白んだ月が太陽の代わりとなる。しかし、この白んだ月ですら、一日の大半が霧で覆われた魔界では、はっきりとは見えない。
魔王城の回廊に立ち込めた白く濃い霧の中、歩いていた私は、一瞬開けた庭園の光景に息を飲んだ。ひっそりと咲く一輪の赤い小さな花。その可憐な姿に、愛しい人の姿が脳裏に浮かぶ。
あれはいつだったか……
もらった花を嬉しそうに胸に抱き、傍らに立つ男にわらいかけているミレイユを見つけたのは。
あの時、初めてミレイユへの恋心を自覚したのだ。
ずっと姉のように思っていた。
しかし、たった一輪の花に、頬を染め、隣に立つ男に話しかけるミレイユの嬉しそうな顔を見た時、己の心に宿った感情は、醜い嫉妬だった。
魔王の素養を持つ者は、覚醒するまでは少年のような見た目をしている。しかし、育たない身体とは裏腹に、心は成長していく。
ミレイユと出会った頃は、まだお互いに子供で、体格差もほとんどなかった。しかし、月日が流れれば流れるほど、彼女との体格差は広がり、数十年も経てば、子と親ほどの差が生まれる。
数年もすれば覚醒魔王へと至るはずが、何十年経っても、自分は子供のままで、魔力すらない。そして、自分を守るために、傷ついていくミレイユを見ている事しか出来ない不甲斐なさは、徐々に私を追いつめていった。
己の中に莫大な魔力を感じるのに、それを使うことも出来ず、守られる存在にしかなれない。
ミレイユへの恋心を自覚したところで、己の想いを彼女に伝えることなど、到底叶わない願いだった。
ミレイユから向けられる好意は、手のかかる弟に対する親愛でしかない。
報われぬ想いが、己の心に澱みを積もらせ、純粋だった想いを歪めた。そして、その結果、異常な愛をも生み出した。それと同時に感じ始めた己の変化。彼女への叶わぬ想いが募れば募るほど、内なる魔力が暴走していく。それと呼応するかのように、外敵から放たれる魔力を弾き返す、防御結界が揺らぎ始めた。それは、魔力を持たないミレイユの危険が増すことでもあった。
そして起こった、あの事件。
刺客から魔力を纏った矢が放たれ、その矢がミレイユの胸を貫いた時、己の心に宿った絶望が、怒りとなり爆発した。燻り続けていた魔力が外へと解放され、全身を激しい痛みが襲う。全身をつん裂く痛みに意識が遠のき、次に目覚めた時、己の身体に起こった変化に歓喜した。
細く貧弱だった身体は、雄々しい青年期の肉体へと進化し、顎先で切り揃えられていた黒髪は、背の半ばまで伸びていた。そして、黒く濁っていた瞳は、覚醒魔王を示す赤へと変化していた。
やっとだ……、やっと、ミレイユへ想いを伝えることが出来る。
心の底から湧き上がる喜びが全身を震わせる。しかし、それと同時に思い出したミレイユの命の危機に、無意識に転移魔法を発動していた。
ベッドに横たわるミレイユを見つけ、血の気が引いていく。最後に見た彼女は、口から血を吐き、死にゆく存在だった。
震える身体を抑え、ミレイユへと近づく。
――――、彼女は生きていた。
しかし、呼吸が浅く、容体が急変すれば死ぬ可能性があるのは、傍目にも明らかだった。額に汗をかき、苦しそうに荒い息をする彼女を見つめ、胸がキリキリと痛み出す。
不甲斐ない己のせいで、何度ミレイユの命を危険に晒してきたことか。もう、こんな想いはしたくない。
彼女の傍らに膝をつき、手を握る。
死なせたくない、絶対に……
その想いが、握った手を伝い魔力の粒となり、彼女の内へと流れていく。青白く輝き出したミレイユの浅かった呼吸が穏やかになっていく。そして、閉じられていた瞼がゆっくりと開き、碧色の瞳が己を捉えた時、何十年と内に秘めていた想いが、口からこぼれた。
「くくく、結局あの告白は、ミレイユに届いてはいなかったのだなぁ」
一人語ちた言葉は、静けさに包まれた庭園に飲まれ消えていった。
庭園の片隅に咲く一輪の赤い花へと近づき手を伸ばす。灰色の世界に鮮やかに咲く一輪花。まるで、この赤い花は、ミレイユのようだ。鮮やかな花は、いつか灰色の世界へと埋もれ、消えてしまう。もしくは、手折られ、この世から抹殺されるか。
――――、だったら永久の時を生きながらえるように、囲ってしまえばいい。
目の前で咲く赤い花を手折り、その花へと口づけを落とす。
さぁ、ミレイユの元へと向かおうか。
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