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見解の相違

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「感傷に浸っているところ申し訳ないのですが、先生と私の見解の相違は解決していませんよ」

「へっ?」

「へ? じゃありませんよ。先生は私の愛を家族の愛だとか、友愛だとか、母を恋しいと思う気持ちを恋と勘違いしているのだとか言っていますが、それは違います。先生への想いは、そんな可愛らしいものではありません」

「いや、ちょっと待ってくれダミアン!」

 いつの間にかそばに来ていたダミアンに肩を掴まれ引き寄せられる。

「先生はタマの親代わりみたいなものでしたし、どうせ私が未だに親離れ出来ていないと考えているのでしょうね」

「ち、違うのか?」

「全く違いますよ! 確かに私を置いて先に死んでしまった先生を想い、恋しいと思った夜もありました。タマだった時は、確かに親離れ出来ていなかったでしょう。でも、今は違います。私は、一人の男として、先生を愛しているのです。ユリアス貴方の前世が桜庭先生だと知った時は、確かに嬉しかった。家族に再び出会えたという喜びだったのだと思います。先生がおっしゃる通り、家族への愛だったのでしょう」

「……ダミアン」

 ダミアンが『タマ』だと知った時の喜びが込み上げてきて、泣きそうになる。彼もまた、自分との再会を喜んでいてくれた事が、ただただ嬉しかった。

「でも、ユリアス……。貴方に会えば会うほどに変わっていく想いに気づいたんです。肉食獣人の中で必死にもがき、自分の居場所を確立していく貴方は、震えるほど格好良く見えた。でも、時折り見せる弱さや、一人隠れて泣く姿に、胸が張り裂けそうになった。どうして自分を頼ってくれないのかと。陰で、貴方を見守る事しか出来ない自分に打ちのめされ、それでも貴方を見つめる事をやめられない。いつか、貴方を助けたい、守りたい。自分を頼って欲しい、そして自分だけに甘えて欲しい。この想いは、ユリアス、貴方が言う家族の愛と一緒ですか?」

「いやぁ……一緒では……ないな」

 ダミアンの胸に抱き込まれているため、彼の顔を見る事は出来ないが、耳元で溢れる言葉の数々がダミアンの本気を感じさせる。

「そうです……。一緒ではないのですよ、ユリアス」

 背を抱く腕が強まり、耳元で囁かれた愛の言葉に身体が強張り、思考が停止しそうになった。

 これは、本気でマズい……

「ユリアス、私の想い受け入れてくれますよね?」

 このままでは、丸め込まれる……

 フッと、耳に吹きかけられた熱い吐息と鼻腔を抜けた甘い香りが全身を震わせ、とうとう思考が停止した。

「ユリアス……。頷くだけでいいのですよ」

「ちょっと待てぇぇぇ!!!!」

「ちっ! あのまま感傷に浸っていれば良かったものを……」

 強い力でダミアンと引き離され、二人の間に体を割り込ませた殿下に肩を掴まれ揺すられる。

「ユリアス、しっかりしろ!! 正気に戻れ!」

「……殿下?」

「そうだ俺だ! ダミアン、お前そのフェロモン引っ込めろ!」

「えっ? フェロモン?」

「そうだ。猫獣人はフェロモン持ちが多いんだ。しかも、ダミアンは相手を惑わすフェロモンを発することができる。ユリアス、頭がボーッとするだろう。この香りを嗅ぐと、耐性のない者は、思考力を失い、場合によっては発情してしまう」

 道理で、急に頭がボーッとして、体が痺れてきたのか。

 以前どこかで聞いたことがあった。猫科の動物は、おのれのフェロモンを使い求愛行動や縄張り確保をすると。つまりは、気づかない間にダミアンの術中に落ちていたのだ。あの甘い香りがフェロモンか。

「いつも、いつも良いところで邪魔をする……。あと少しでユリアスから言質げんちを取れたのに!!」

「はぁぁ?! いつも良いところで邪魔をしてきたのはダミアンお前の方だろうが! ユリアスとの貴重な逢瀬をいつもいつも邪魔しやがって」

「そんなの邪魔するに決まっているではありませんか! よこしまな想いを抱いている殿下と二人きりになど、させるわけないでしょ」

「邪な想い!?」

「そうです。こいつは、あなたに触れたいがために、何かと理由をつけて医務室を訪れていた。毛繕いとは名ばかりに、獣型を取ればユリアスの体に触り放題ですからね。本当、やり方がせこいと言うか、なんと言うか」

「いや違う。そんな邪な思いで、ユリアスに毛繕いをしてもらっていた訳ではない。何というか、お前に撫でられていると安心するというか、落ち着くというか、心が洗われるのだ」

 やはり、そうだった。殿下が、邪な思いで私に毛繕いされていたなど、そんな事あるはずない。だって、彼は母の面影を私に求めていたのだから。

「そうですね。殿下は、母の温もりが欲しかったのですものね。私に背を撫でられる事で、見たことのない母の手を感じていた。殿下の気持ちわかります」

「「………………はぁぁ……何もわかっていない……」」

 肩を震わせ笑いをこらえるダミアンとは対照的に、殿下は顔を手で覆い深いため息をこぼす。

 何か間違った事を言ったか?

「傑作だ……。そうですよ、ユリアス。殿下のあなたへの想いは家族愛。つまりは母を恋しいと思う気持ちです」

「やっぱり、そうだよな」

「えぇ、そうです。ですが殿下も、もう大人です。そろそろ親離れしなければなりませんよね。そして、ユリアスあなたは子離れをしなければならない。私の想いは家族愛ではなく、恋心だとわかってくれたようですし、まずはお試しで恋人になってみませんか?」

「え? お試しの恋人?」

「そうです。今世では、あまりユリアスと接点が持てませんでしたから、お互いを知るところから始めてみるのも良いかと思いましてね。ノアール家の別邸の近くで採れる薬草は珍しい物が多いですよ。きっと、ユリアスの好奇心をビシバシと刺激してくれるはずです」

「そんなに珍しい薬草が採れるのか?」

「えぇ。だから軍など辞めて、一緒に行きま――」

「――勝手な事を言うな! 何が家族愛だ。何が母が恋しいだ。一度たりとも、ユリアスを母の代わりになど、した事ない!」

「で、殿下!?」

 激情もあらわに叫んだ殿下の迫力に、心臓が破裂しそうな勢いで早鐘を打つ。

「あぁぁ、何でだ! 俺がこんなにもユリアスの事を想っているのに、お前には何も伝わらないのか……」

「……アルフレッド……殿下……」

「どうしてわかってくれないんだ。こんなにもユリアスの事を愛しているのに……」

 かき抱くように伸ばされた手に捕まり、胸へと抱き込まれる。激情を抑えるかのように発せられる震え声が、殿下の切ないほどの想いを伝えてくるようで辛い。

 きっと殿下は、私と引き離されると焦っているのだ。親から引き離される子供の心情と同じで、彼の心の中は不安でいっぱいになっている。

 ここは、親代わりとして、間違いを正し、不安を解消してあげねばならない。

『母への愛』という呪縛から殿下を解放する事が、私が最後に『ポチ』にしてあげられる事なのではないだろうか。

「殿下、それは違います。貴方の想いは、家族愛です。生まれた時から過酷な運命を背負った殿下にとって桜庭宗次郎と過ごした日々は、穏やかで幸せに満ち満ちていたのですよね。だからこそ、アルスター王国へと戻された時の悲しみは深かった。絶望を感じるほどに。人は失ったモノが大切であればあるほど執着するものです。だから、殿下は私の存在に執着したのです。桜庭宗次郎の生まれ代わりであるユリアスに、昔感じた母の温もりを求め――」

「違う、違う、違う!! なぜ、わかってくれないんだ! 俺は、ユリアスが好きなんだ。お前の前世なんて関係ない。俺は今のユリアスを愛しているのに、どうして分からない!」

「前世は関係ない? いや、そんな事は……」

「俺がユリアスを好きになったのは、お前が桜庭先生の生まれ代わりだと知るよりも、ずっと前からだ。森で初めてお前に会った時に、全てが変わったと言ったよな。あの時、俺は死ぬつもりだった。こんな呪われた人生から、やっと解放されると思っていたんだ。だが、恐怖心を耐え、死にゆく俺を必死に看病するユリアスの姿を見て、自分が情けなくなった。あの時初めて、死を選ぼうとしていた自分を恥じた。そして、生きようと決意したんだ。本当の意味で、俺の人生を変えたのは、ユリアスお前なんだよ。だからこそ、特別なんだ」

 言葉にならなかった。

 桜庭宗次郎ではなく、ユリアスだから大切なんだと殿下は言った。

 今の私を……

 心の奥底から湧き上がる喜びに、涙があふれそうになる。

「ユリアス、お願いだ。今の俺を見てくれ。ポチではなく、今の俺を……」

 

 

 
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