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犬猿の仲ならぬ、犬猫の仲

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「驚きましたか? 目を丸くして。この分では私の想いに全く気付いていなかったようですね」

 気づいていないも何も、爺さんに恋慕れんぼするなど誰が想像出来ると言うのだ。

「ダミアン、早まるな! 君はまだ若い。爺さんに恋慕するなど、気の迷いだ。そうに決まっている」

「気の迷いですって? 私がどれ程の長い時を、先生を想い過ごして来たと思っているのですか」

「いや……それは……。君の想いを否定するつもりは無いが、考えても見てくれ。私は爺さんなんだぞ。君とは年が離れすぎている。そうだ! これは親離れ出来ない子供と同じ気持ちと言うか、きっと前世、先に私が亡くなってしまったばかりに、親に置いて行かれたように感じているだけなのかもしれない」

 私が子離れ出来ていないのと同じように、ダミアンも親離れ出来ていないだけだ。それを、恋心と勘違いしているに過ぎない。そう考えねば、混乱した頭は、すぐにショートしてしまうだろう。

 ここは、踏ん張りどころだ。どうにか説得して――

「本気で言っているのですか? 先生は、自分を爺さんと言いますが、見た目は年若い青年ですよ。しかも、極上のね。知らないでしょうから教えますが、先生は軍で何と呼ばれているか知っていますか?」

「は? 何と呼ばれているかだって……」

 草食獣人と馬鹿にされているとは思っているが、呼び方までは知らない。

「白衣の天使ですよ。腹立たしいことにね」

「……は? はぁぁぁ!?」

 はは、白衣の天使? その敬称は、普通女性につくものではないのか?? 爺さんに付けられるような敬称ではない。

「どいつも、こいつも腹立たしい。私と奴が、全力で威嚇していなければ、今頃先生は、軍の変態どもの餌食ですよ!」

「待て待て、全く意味がわからない。獣人の国は、爺さんに興味があるのか? そうなのか?」

「何を馬鹿なこと言っているのですか。貴方、鏡をきちんと見たことありますか? 兎獣人というだけでも貴重種なのに、真っ白なウサ耳に、フワフワな丸い尻尾。そして極め付けは、そのつぶらな瞳ですよ! そんな瞳で、懇願されたら、どんな獣人だろうとコロッといくでしょうよ」

 何だか、とても恥ずかしい事を言われている気がするのだが、興奮してまくし立てるダミアンの言葉にツッコミを入れる勇気はない。

「しかも、無自覚ときている。先生は、変態共に揶揄からかわれているだけとお思いでしょうけど、全く違いますからね! 奴らは、先生の怒った顔が見たくてやっているのです」

「いや……それこそ、あり得ないと……」

「あり得ないですって!? 正気ですか! 貴方の怒った顔は、頬が上気して、めちゃくちゃ色っぽいんですから!」

「……」

 もう、何も言えない。恥ずかし過ぎて、憤死寸前だ。

「だからもう……。ここから出してあげません」

 急に、ガラッと雰囲気を変えたダミアンが、ゆっくりと近づいてくる。本能的な恐怖に、逃げを打つがすぐにベッドヘッドにぶつかり、それ以上逃げることが出来なくなる。

「私が怖いですか?」

 経験したことのない恐怖に、身体が勝手に震え出す。

「大丈夫です。痛いことなんてしません。ちょっとずつ慣らしていきましょうね」

 何を慣らすというのだ? 

 何を――――――

 ニッコリと笑うダミアンの笑顔に、最高潮に達した恐怖心が、涙となり頬を流れていく。

「先生泣かないで。大切にしますから。アルフレッド殿下の事など忘れるほど、大切にしますから」

「……ダミアン……やめて……やめてくれ……」

 引き裂かれたシャツの前が大きく開かれ、スラックスのベルトに手がかかる。カチャカチャと鳴る金具の音が、否応なしに恐怖感を煽っていく。

 ダミアンの意図など明白だ。草食獣人の男が女の代わりに、連れ去られる現実を知った今では、男同士で性行為が出来ることも理解している。

「先生、初めは怖いかもしれません。でも、回数こなせば良くなりますよ。それに、私との子が出来れば、ここからも出してあげますから。二人で幸せになりましょう」

 うっとりとうそぶいたダミアンの言葉に、とうとう私の脳は思考を停止した。

「――助けて!!!! ポチ――助けて!!!!!!」

 本能のままに叫ぶ私に、ダミアンの怒りを感じ取るだけの理性は残っていなかった。

「ポチ、ポチ、ポチと……アルフレッド殿下ばかり!! アイツと私の何が違うと言うんだ!!!!」

「離れろ!! ダミアン!!!!」

 大きな音を立てて扉が開かれ、そこに立つアルフレッド殿下を認め、涙がブワッと溢れ出す。

「――ポチ……」

「ユリアス!――ダミアン、貴様!!」

 一瞬で、ベッドまで駆けたアルフレッド殿下が、ダミアンを殴り飛ばす。

 ダミアンの重みが消えても起き上がることが出来ない私を殿下が抱き起こし、後ろ手に縛られていた縄を解いてくれる。

 助けられたという安堵感から、なかなか涙を止めることが出来ない。そんな赤子のような私の背をあやす様に殿下がさすってくれる。

「ユリアス、怖かったな。もう大丈夫だ」

 その一言に、さらに涙が溢れ出し、もう止めることなど不可能だった。

「こんな部屋、一秒でも早く出ていきたいが、奴と決着をつけなければならない。少し待っていてくれないか?」

「えっ? 殿下、待って……」

 ポフポフと私の頭を撫で離れて行くアルフレッド殿下の姿が、緋色の狼へと変わっていく。

「――やるって言うのか、アルフレッド」

「お前は俺を裏切った。しかも最悪な形でな」

「不可侵協定を先に破ったのはそっちだろう。それに、ユリアスはお前のモノではない」

「主人に譲るのが妥当と思うが」

「馬鹿を言うな。何が主人だ! お前を主人などと思ったことなどないわ!!」

「そうか……奇遇だな。俺もお前を腹心と思ったことなどない。どちらも、ユリアスを譲る気が無いのであれば、決着をつけねばなるまいな」

「そうだな。お前を殺して、ユリアスと逃げるのも一興か」

 一瞬で獣型をとったダミアンが、緋色の狼と対峙する。

「一つ忠告しておいてやろう。狼が最強だとは思わないことだ」

「ふん。青銀の狼だったら、最強ではないな」

 一触即発の緊迫した空気と、正気を保っていられないほどの威圧に、卒倒しそうになる。ただ、ここで倒れている場合では無いのだ。このままでは、自分のせいで、大変な事態を招いてしまう。

 お互いを睨みつつ、部屋をゆっくりと回り出した二人を見て、焦りだけが募って行く。

 どうにかしなければ、死人が出る。もう、大切な人を失うのは嫌だ――

 気づいた時には、駆け出していた。そして、自分の名を叫ぶ声を最後に、意識は深淵と沈んだ。

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