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猫獣人再び

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 ここで話すのもと言われ、連れてこられたバルコニーの椅子に腰掛け、先ほどのやり取りを思い返す。

 あの狼獣人至上主義の王太子の婚約者が猫獣人だったなんて驚きを通り越して、呆れてしまう。奴は、婚約者の前で、狼獣人以外の肉食獣人などカスだと言っているのも同然の発言をしていたことになる。

 本当、どういう神経しているのだ。

「王太子殿下は、よく猫獣人と婚約することを了承しましたね?」

「あぁ、俺も奴の婚約話を聞いた時は、何の冗談かと思ったよ。てっきり伴侶は同族から選ぶと思っていたからな」

 つまり、この婚約は王太子の意思では無い。他種族との関わりを重要視する陛下の意思の元、決められた婚約と見て間違いない。大方、多種族と結婚しなければ王位継承権を認めんとでも言われたのだろう。

「では、王太子殿下の婚約話が上がったのは最近のことなのですね?」

「あぁ。それまでは、そんな話一度も出なかった」

 だとすると、あの猫獣人の女性の王太子の扱いは、見事すぎるとも思うが。私の気のせいか?

「今回の婚約、王太子殿下は受け入れていると思いますか?」

「さぁな、アイツに興味が無いからわからん。ただ、あの頭でっかちの考えでは、受け入れているとは到底思えないが」

「そうですね。でも、その割には、最後の王太子殿下の態度が腑に落ちないと申しますか。あの性格なら、婚約者といえども自分より前に出るなど、許せないでしょう。しかも、あの猫獣人の女性は、自分の意思でアルフレッド殿下に頭を下げていましたが、それに対して何か苦言を呈することもなかった。あの王太子殿下がですよ」

「そうだな、確かにアイツにしては珍しい。ただ、あの猫獣人の女性は、奴の側仕えを幼少期からしている。だからこその、あの態度だったのかもしれんな。そうでなければ、陛下の命令であろうとも、猫獣人と婚約など了承しないだろう」

 なるほど、そう言う関係性が、あの二人にはあったのか。だから、あの女性は引き際もわきまえていたし、王太子の暴挙を一言発しただけで制御することが出来たのだ。

 王太子に仕える猫獣人の女性……王族に仕える猫獣人……

「アルフレッド殿下、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「昔から、猫獣人は王族に仕えていたのですか?」

「あぁ、猫獣人の一族は、王家に王位継承者が生まれると、同じ年頃の子供を側仕えとして召し出す。それが、王家との契約だ。幼少期より、城で暮らし、王位継承者と同じ教育を受け、将来は側近としての地位を与えられる。詳しくは知らないが、レオンハルトの時のみ、年の近い男児がおらず、側近候補として彼女が召し出されたと聞いている」

 やはり、私の考えは当たっていた。

 アルフレッド殿下とダミアンの関係性について、側近にしては近しい距離感だと思っていたのだ。側近というより、家族や恋人のような距離感。幼少期から共に時を過ごしてきたなら納得だ。

 誰よりもアルフレッド殿下の側にいて、彼の苦しみや痛みを直に感じてきたダミアン。特殊な環境に身を置く殿下を陰でずっと支えてきたのだ。お互いに特別な感情を抱いてもおかしくはない。

 勝てないな……

 私はダミアンには勝てない。

 どこの馬の骨ともわからん兎が、天塩にかけて育てたアルフレッド殿下の隣を我が物顔で占領していれば、ヒステリックも起こすだろう。

 何を勘違いしていたのだろうか。殿下とポチを重ねて、親にでもなったつもりになって……

 二人の仲を見届けるなど、おこがましいにも程がある。

「アルフレッド殿下……。申し訳ありませんでした」

「はっ? 何がだ??」

「私は自惚うぬぼれていたのです。草食獣人でありながら、軍医として召し抱えられおごってしまった。殿下は、命を助けた私に恩を感じ、召し抱えただけだというのに……」

「いや! それは違うぞ!!」

「何を勘違いしていたのだろう。私の知識など、民間療法にちょっと毛が生えたくらいなもので、本当は陛下に期待されるような人材でも何でも無いんです!」

「いやいや、それも違う!!」

「私は、殿下の側に立てるだけの魅力も、権力も、知識も持ち合わせていない……」

「ユリアス! ちょっと待て!!」

 そうだ。私は、殿下の隣に立つべき存在ではない。彼の隣に立つべきなのは――

「殿下……。私は、ここに居るべき存在ではありません。自分の居るべき場所に戻るのが筋というものです」

「――本気で言っているのか? 本気で、俺の側から離れるつもりなのか?」

 殿下の側から離れる……

 そう考えるだけで、キシキシと胸が痛み出す。

 もう子離れしようと決めたじゃないか。『ポチ』への想いに決着をつけ、元居た場所で穏やかに暮らす。これが、身のたけに合った余生というものだ。

「アルフレッド殿下、貴方様と私とでは、そもそも住む世界が違うのです。王位継承権を持つ第三王子の側に、最下層の兎獣人が居るべきではないのです。それでは、殿下をしたう肉食獣人の皆様に示しが付きません」

「そんなやから、俺の側には必要ない!」

「いいえ、違います。殿下、長年貴方様を支えてきた側近の皆様とポッと出の草食獣人、どちらを大切にするべきかは子供だってわかります。そして、草食獣人が殿下の側に居ることで、貴方様がこうむるリスクについて、側近の皆様が憂慮しない訳がないのです」

「草食獣人だからと、ユリアスお前を排除しようとする者など、側近と言えども――」

「殿下! もう、やめましょう。現実を見てください。草食獣人と肉食獣人が分かり合える事などないのです」

「――それでも、俺は……」

「アルフレッド殿下、お時間でございます」

「……ダミアンか」

 凛とした涼やかな声が、緊迫した空気を破り、その場に響く。そして、その声に呼応するかのように、背後を振り返った殿下の背中を見つめ、涙が溢れ出す。

 ここで気づかれる訳にはいかない……。

 俯き必死で涙を堪える私の頭上から、硬い声が降り注ぐ。

「俺の部屋で待っていろ。話がある」

 カツカツと離れていく靴音を聞きながら、殿下と会うことは、もうないだろうと思っていた。

 

 



 

 
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