1 / 26
プロローグ
しおりを挟む
――運命とは時に残酷で気まぐれな試練を人に与える。
時の神の気まぐれなお遊びに巻き込まれた者が一匹……いいや、一人、高い塔がそびえる城の一角に据えられた部屋の窓から地上を見下ろしていた。
手には簡素なカップを持ち、薄茶色の液体を飲んでいる。この飲み物は、この世界にこの男が生を受けるまでは存在しなかった物だ。そんな代物を懐かしそうに目を細め、大事そうに嗜む男の頭からは長いフサフサの耳が生えている。俗に言うウサ耳というやつだ。そして、その者のお尻からは、お決まりのように丸くてフワフワの尻尾も生えている。
長いフサフサの耳が微かな物音を聴き取りピクっと動く。
(また、来たか……)
嫌そうに顔を顰めた男は、窓に視線を戻し、その音に気づかないフリをするらしい。そんな些細な抵抗など無視するかのように、扉が開かれ入ってきたのは、2メートルは超えるかという大男。鮮やかな赤髪を後ろに流し、この国の軍服を華麗に着崩した美丈夫は、大層な色気を振りまき、ウサ耳男に向かい一直線に進む。そして、この大男の頭にもまた、獣の耳が生えていた。
「ユリアス入るぞ」
「――殿下……また、勝手に入って」
「勝手に入ってなどいないぞ。ノックはした」
「そういう問題ではございません。わたしは今、貴重な休憩時間なのです。殿下の毛繕いのために時間を取られたくはない」
「何を言う。俺の毛繕いも立派な仕事ではないか。医者として、主人の健康管理も大事な仕事だ」
「失礼ですが、殿下の毛繕いは、侍女の仕事です。わたしの仕事は、あくまで医者であって――」
「あぁ、うるさい。うるさい。お小言はいい」
一瞬の間をおき、男の姿が大型の獣の姿へと変わる。燃えるような赤毛をもつ大型の狼へと変貌した男の尻尾に巻き取られるようにして地面に腰をおろしたウサ耳男は、小さくため息をこぼし、優しい手つきで赤毛をなでる。それを見届け、狼へと変貌を遂げた男は瞳を閉じる。
静寂に包まれた室内では、ゆっくりと優しい時間だけが流れて行く。
ただ、赤毛を撫でる男の心中は誰にもわからない。青灰色の瞳から一筋流れた涙の意味を――
時の神の気まぐれなお遊びに巻き込まれた者が一匹……いいや、一人、高い塔がそびえる城の一角に据えられた部屋の窓から地上を見下ろしていた。
手には簡素なカップを持ち、薄茶色の液体を飲んでいる。この飲み物は、この世界にこの男が生を受けるまでは存在しなかった物だ。そんな代物を懐かしそうに目を細め、大事そうに嗜む男の頭からは長いフサフサの耳が生えている。俗に言うウサ耳というやつだ。そして、その者のお尻からは、お決まりのように丸くてフワフワの尻尾も生えている。
長いフサフサの耳が微かな物音を聴き取りピクっと動く。
(また、来たか……)
嫌そうに顔を顰めた男は、窓に視線を戻し、その音に気づかないフリをするらしい。そんな些細な抵抗など無視するかのように、扉が開かれ入ってきたのは、2メートルは超えるかという大男。鮮やかな赤髪を後ろに流し、この国の軍服を華麗に着崩した美丈夫は、大層な色気を振りまき、ウサ耳男に向かい一直線に進む。そして、この大男の頭にもまた、獣の耳が生えていた。
「ユリアス入るぞ」
「――殿下……また、勝手に入って」
「勝手に入ってなどいないぞ。ノックはした」
「そういう問題ではございません。わたしは今、貴重な休憩時間なのです。殿下の毛繕いのために時間を取られたくはない」
「何を言う。俺の毛繕いも立派な仕事ではないか。医者として、主人の健康管理も大事な仕事だ」
「失礼ですが、殿下の毛繕いは、侍女の仕事です。わたしの仕事は、あくまで医者であって――」
「あぁ、うるさい。うるさい。お小言はいい」
一瞬の間をおき、男の姿が大型の獣の姿へと変わる。燃えるような赤毛をもつ大型の狼へと変貌した男の尻尾に巻き取られるようにして地面に腰をおろしたウサ耳男は、小さくため息をこぼし、優しい手つきで赤毛をなでる。それを見届け、狼へと変貌を遂げた男は瞳を閉じる。
静寂に包まれた室内では、ゆっくりと優しい時間だけが流れて行く。
ただ、赤毛を撫でる男の心中は誰にもわからない。青灰色の瞳から一筋流れた涙の意味を――
1
お気に入りに追加
349
あなたにおすすめの小説


完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる