95 / 99
後編
王妃の償い
しおりを挟む一瞬の沈黙の後、どよめきが議場内に走る。騒つく者たちの中から声をあげる愚か者はいない。皆、固唾を飲み、事の成り行きを見守っている。
今この場を支配しているのは、王妃である私と、相対する陛下。この先の展開は、陛下も知らぬこと。わずかに見せた驚きの表情が、それを物語っていた。
「ティアナよ。そなたは、被害者であろう? 今の発言が真実であるなら、今回の王妃殺害未遂は、自作自演と言うことになるが?」
「その通りでございます、陛下」
「いえ、違う。違います!! 陛下もご存知ではありませんか! ティアナ様は死にかけ――――」
「黙れ! アリシア。発言を許可した覚えはないと言ったはずだ」
場内を震わすほどの威圧を放った陛下の怒声に、アリシア様の言葉がそれ以上続くことはなかった。
「……なぜ、そんな事をした? ティアナよ」
「それを貴方様が問いますか? 長年に渡り、王妃であるわたくしを蔑ろにして来た貴方様が……」
涙は女の武器。使わない手はない。
嘘泣きは得意だ。ルアンナ以外の侍女には効果テキメンなんだから!
うっ、うっ……、と声を詰まらせながら紡がれる私の言葉に、場内の雰囲気も変わる。
事情を察知し同情の目を向ける者たちもいれば、今まで『お飾り』と馬鹿にし、側妃候補をけし掛けてきた者たちは、目を逸らし、火の粉が降り掛からぬよう小さくなる。
「……お飾りと言われ、王妃としての立場は地に落ち……、仕舞いには、側妃をと……、惨めでございました」
「つまりは、側妃問題が動機であると」
「はい……」
「では、なぜアリシアとティアナが共謀することとなったのだ? アリシアは側妃候補筆頭。ティアナにとっては、排除したい相手であろう」
「アリシア嬢から手紙をもらったことがきっかけでした。陛下は、社交界で囁かれている、ある噂をご存知ですか? 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』というものです」
「あぁ、噂程度には知っている」
嘘つけ。
噂どころか、ガッツリ手紙まで寄越したくせに。
目の前のレオン陛下は、素知らぬ顔で動揺すら見せない。それが癪ではあるが、これ以上突っ込んだ話をすると自分の首を絞めかねないので、自粛する。
「その恋のキューピッドを通じて、アリシア様は、わたくしに手紙を寄越しました。そこで知ったのです、バレンシア公爵家の内情を」
「バレンシア公爵家の内情。それは、アリシアの出生に関することか?」
「はい。それもありますが、それ以外にも……。バレンシア公爵家の子息、ルドラ様とアンドレ様についてもです。お二方は、バレンシア公爵の血を継いでおりません」
議場内に何度目かのどよめきが湧く。
「アリシア様は、わたくしに言いました。このままではバレンシア公爵家は今代で終わってしまう。アリシア様が側妃となれば、未来に血を繋ぐことも叶わない。側妃になる訳にはいかないのだと」
「アリシアが婿を取り、男子を産む他、バレンシア公爵家の存続の道はないか……」
現状の法律では、現当主と血の繋がりがない者は後継者になることは出来ない。バレンシア公爵家を次代に繋ぐには、アリシア様が婿を取り、男子を産む他、手がない。
「アリシア嬢の話を聞き、私はチャンスだと思いました。『お飾り王妃』と呼ばれる立場を変えるチャンスだと。――――、だからアリシア嬢を騙したのです」
「……騙した?」
「はい。わたくしは、アリシア嬢を騙したのです。陛下であればご存知ですよね。ルザンヌ侯爵家の娘である私の価値を。だからこそ、今まで離縁をしなかった」
陛下の眉が一瞬ピクリっと動く。しかし、次の瞬間には元の鉄仮面へと戻っていた。
少しは動揺するのね。『離縁』って言葉に。
そんなわずかな陛下の変化を嬉しく思っている自分が確かにいる。
「あぁ、肝に銘じている。離縁など絶対にありえん! ルザンヌ侯爵家は国の要。国境を守る最後の砦である。隣国と国交を結んだところで、立場は変わらぬ。二大公爵家と並ぶ地位に今でも座している」
『良く出来ました』と言わんばかりに鳴らした私の拍手がシーンっと静まり返った議場内に響く。
今、わたくし、とぉっても悪い顔してますわね。
ザ・悪役王妃って感じかしら。
「そう、わたくしの価値は計り知れないのです。それなのに、陛下ときたら、今までわたくしを蔑ろにし、一部の貴族家の皆さまには『お飾り』と揶揄され、針のむしろのような日々でしたわ。だから謀りましたの。わたくしが死ねば、どうなるでしょうか? 頭の良い皆さまならお分かりになりますでしょ」
いちように目を逸らす皆々さまを見回し、発言がないことをいい事に、先を続ける。
「アリシア嬢には、こう言いましたの。『協力してくださればルドラ様を次期公爵に、そしてアリシア様を正妃に』と」
「ティアナは死ぬつもりだったのか?」
「まさか、死ぬなんて。世の中には珍しい毒があるのですよ。人を仮死させる毒があるのだとか……」
口から出まかせだが、まぁ良いだろう。
そんな毒、この世にないが、私の独白に支配されている議場内で疑う者などいない。
「……逃げたかったのですよ、この窮屈な世界から。王妃という立場から、ただのティアナに戻りたかった」
本心だ。
ただ、それが間違いだと分かった。
だからこそ、今、この場に立っている。
「まぁ、量を間違えまして死にかけましたが」
「では、始めからアリシアを騙すつもりで利用していたと、認めるのだな?」
「えぇ、そうです。もちろん、アリシア様の願いなど叶えるつもりなんてなかったわ。ただ、死にかけて、自分の中で何かが変わったの。いつか私の企みは露見し罰せられることになる。だったら、自らの手でお飾りの立場くらい払拭させてやろうじゃないかと」
スッと手をあげると、議場内の入り口からルアンナが山と積まれた書類を手に入ってくる。
「ここに、アルザス王国全貴族女性が署名した嘆願書がございます。わたくしは、王妃として、我が国の女性貴族のトップとして、アルザス王国の世襲に関する法律の改変を陛下に嘆願致します」
ルアンナが前へと進み出て、陛下の眼前へと書類の束を置く。
「アルザス王国での女性の扱いはとても低い。王国中枢への女性の登用はほぼなく、女性が貴族家の後継となることも出来ません。しかも、後継者となるには現当主との血の繋がりを必要とするため、他所で子を成したり、それが元でトラブルになるケースが後をたたない。ここにいらっしゃる方々の中には、後継問題で苦労されている方も多いのではありませんか?」
右を向けば男子が生まれず平民の愛人との間に子を成し、離婚問題にまで発展している貴族家の当主の顔が見え、左を向けば、夫人と愛人が結託して、当主が家から追い出されそうになっている貴族家の息子の顔まで見える。
皆一様に、苦い顔をして下を向くあたり、心あたりがあるのだろう。
「バレンシア公爵家の問題も、まさに血による世襲が原因です。この悪制度がなければアリシア嬢も騙されることはなかった。しかも、血による世襲で継ぐ次世代の当主が必ずしも優秀であるとは限りません。我が国に害なす馬鹿が当主になる恐れすらあるのです。わたくしは王妃として、唯一陛下に物申せる者として進言致します。血の世襲の撤廃と、養子、そして女性の後継をお認めください!」
凛とした声が議場内に響く中、どこからともなく拍手が湧き起こり、私を包む。
やり遂げた満足感に、心地よい気だるさが身体を包み、足元がフワフワとして落ち着かない。
私は再度腹に力を入れ姿勢を正すと、未だ言葉を発しない陛下へと、頭を下げる。
「どうか、アリシア嬢に寛大な御心を。そして、わたくしには正しき罰を」
いつの間にか鳴り止んだ拍手に、静まり返る議場内。皆が陛下の言葉を待っている。
レオン陛下の愛。
ずっと追い求めても追い求めても得られなかった愛。
だから、期待するのをやめた。そして、逃げた。
でも、今はそれが間違いだったとわかる。
ずっと、そばで見守ってくれていた。
ずっと、陰で支えてくれていた。
ずっと、愛されていた。
レオン様は、きっとくれる。私の欲っする応えを。
「では、処分を言い渡す。ティアナ、アリシア両名を三ヶ月の謹慎処分とする。――――今まで、すまなかったな、ティアナ。これからもアルザス国王妃として、我を支えてくれ」
「ありがたき幸せ。謹んでお受け致します」
我が国の最敬礼、洗練されたカーテシーを披露し、姿勢を正すと真っ直ぐに前を見すえる。
そこには、お飾りと揶揄された王妃の姿は、もうなかった。
167
お気に入りに追加
2,894
あなたにおすすめの小説
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜
なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
リリーの幸せ
トモ
恋愛
リリーは小さい頃から、両親に可愛がられず、姉の影のように暮らしていた。近所に住んでいた、ダンだけが自分を大切にしてくれる存在だった。
リリーが7歳の時、ダンは引越してしまう。
大泣きしたリリーに、ダンは大人になったら迎えに来るよ。そう言って別れた。
それから10年が経ち、リリーは相変わらず姉の引き立て役のような存在のまま。
戻ってきたダンは…
リリーは幸せになれるのか
ワガママ令嬢に転生かと思ったら王妃選定が始まり私は咬ませ犬だった
天冨七緒
恋愛
交通事故にあって目覚めると見知らぬ人間ばかり。
私が誰でここがどこなのか、部屋に山積みされていた新聞で情報を得れば、私は数日後に始まる王子妃選定に立候補している一人だと知る。
辞退を考えるも次期王妃となるこの選定は、必ず行われなければならず人数が揃わない限り辞退は許されない。
そして候補の一人は王子の恋人。
新聞の見出しも『誰もが認める王子の恋人とワガママで有名な女が王妃の座を巡る』とある。
私は結局辞退出来ないまま、王宮へ移り王妃選定に参加する…そう、参加するだけ…
心変わりなんてしない。
王子とその恋人の幸せを祈りながら私は王宮を去ると決めている…
読んでくださりありがとうございます。
感想を頂き続編…らしき話を執筆してみました。本編とは違い、ミステリー…重たい話になっております。
完結まで書き上げており、見直ししてから公開予定です。一日4・5話投稿します。夕方の時間は未定です。
よろしくお願いいたします。
それと、もしよろしければ感想や意見を頂ければと思っております。
書きたいものを全部書いてしまった為に同じ話を繰り返しているや、ダラダラと長いと感じる部分、後半は謎解きのようにしたのですが、ヒントをどれだけ書くべきか書きすぎ等も意見を頂ければと思います。
宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる