86 / 99
後編
レオン陛下視点①
しおりを挟む「特に変わった動きはないのだな?」
アリシアとのダンスを終えた俺は、適当な理由をつけて控えの間へとやってきた。襲ってくるであろう刺客を油断させるために、護衛の者は最小限にしている。
辺境の地、ルザンヌ侯爵家出の王族騎士団の先鋭と共に、幼き頃から鍛錬を続けている俺の剣の腕は、側に控えるアルバート互角。手練れの刺客だろうと死んでやる気はない。
緊張感からか、これから起こる戦いに血が騒ぐのか、武者震いが起こった。豪奢な長椅子に座り、気合を入れ直す。
「陛下の周辺で不審な動きをする者はいませんでしたね。しかし、側妃となる令嬢の婚約披露の夜会にしては、いささか、貧相というか、なんというか……」
「確かに、公爵家の開く夜会のレベルではないな」
舞踏場に飾られる花一つ取っても数も少なく、質も低い。そして、料理や酒に至っては、安物ばかりだった。王族を迎えて開く夜会の規模ではない。
しかも、この夜会が内輪だけのものと釘を刺したにもかかわらず、招待されている面子がアルザス王国の中枢を担う高位貴族ばかりとは、目も当てられない。これでは、バレンシア公爵家の凋落は周知の事実となろう。
バレンシア公爵は、何を考えている?
わからない……
奴は、本気でバレンシア公爵家を己の代で潰すつもりなのか?
夜会が始まってからも姿を見せない男を脳裏に浮かべ、嫌な予感に胸が騒ぐ。
「それにしても、陛下。珍しいこともあるものですね。あの女嫌いで有名な、メイシン公爵家のタッカー殿が、見知らぬ女性と同伴とは」
軽口を叩きこちらをチラッと見やるアルバートの視線に、眉間に皺がよる。
なにが、女嫌いなものか!!
あいつは、ティアナ以外に興味がないだけだ!
ノーリントン教会の火事の後、メイシン公爵の怒りを買い謹慎処分にあったと聞いていたのに、その数日後に王城へと乗り込んできたあの男は、俺に宣戦布告をした。
『お飾りの立場にティアナを落とした陛下に、ティアナを幸せにする資格はない。どんな手を使っても奪ってやる!』と。そう言い放ち、去ったあの男を不敬罪で処断してもよかったが、公爵家の息子を簡単に断罪することも出来ず、あの男の言うこともごもっともで、何も言い返せない自分に、ただただ腹が立った。
そのやり取りを知っていて、メイシン公爵子息の話を持ち出してくるとは、アルバートが腹を立てている証拠でもあった。最小限の護衛しか連れて行かないと言い放った俺に対する、ちょっとした嫌がらせだ。ただ、タッカーが女性を連れているのは、確かに珍しい。しかも、黒服の未亡人とは――――
そこまで考えて、嫌な予感に、鼓動が速くなる。
「アルバート! ティアナは……、ティアナは、王妃の間にいるのだな?」
「えっ……、はい。王城を出る時に念のため確認しました。『体調が悪い』とふせっておられて声だけでしたが、あの声は王妃様で間違いございません」
「……そうか」
アルバートが俺に嘘をつくとは思えない。それなのに、胸がざわついて仕方がない。
俺は、何かを見落としてはいないか?
何かが引っかかる。ただ、その違和感が何なのかがわからない。
あの黒衣の未亡人が頭から離れない。なぜ、こんなにも、あの女のことが気になる?
「陛下、お休みのところ失礼致しますよ」
入り口から入ってきた男をみつめ、ますます眉間のシワが深くなる。
「入室の許可を出した覚えはないが、タッカー」
「いや、変ですね。今夜は内輪の夜会。無礼講と言ったのは陛下ではありませんか」
確かに敵を油断させるために、今夜の夜会は王族参加であっても格式ばったものにしないよう通達したのは俺自身だ。しかし、いつ刺客が来るかわからない緊張状態で、タッカーの攻撃を甘受し続けたくはない。
しかし、睨んでも怯むことなく、こちらへと近づいて来る男を問答無用で追い出す訳にもいかず、黙って迎えるしかなかった。
「レオン陛下、呑気なものですね。ティアナがこんなに苦しんでいるのに、あなた様は側妃候補と優雅にダンスですか」
「何が言いたい!?」
「私は、『ティアナの事を諦めるつもりはない』と陛下に言いにきたのですよ。彼女からの愛を向けられていながら、彼女の手を拒絶したあなたに、ティアナを幸せにする資格はない」
「お前に言われなくとも、そんな事はわかっている!」
そう……、ティアナをお飾りの立場に貶めてしまったのは、他ならぬ俺自身の弱さが招いたこと。
結婚の儀で、ベールをあげた俺に、ティアナは、怯えた目を向けた。
あの日から全てが怖くなった。
また、あの目を向けられ拒絶されたら、自分は冷静ではいられなくなる。
きっと、ティアナの意思を無視し、彼女を壊してしまう。そんな予感が俺を縛りつける。
そして、目も合わせられなくなった。
「では、今回のバレンシア公爵家の問題に方をつけたら、ティアナと離縁してください」
「――――、それは出来ない」
俯き淡々と発した言葉に、一気に距離をつめ胸倉を掴んできたタッカーに、頬を殴られ、身体が地面に叩きつけられる。
『陛下!!』と叫び剣の柄に手をかけたアルバートを片手をあげ制した俺に、タッカーの怒声が浴びせられる。
「ティアナを『お飾り』の立場に貶めておいて、離縁は出来ない!? ふざけるな! 何もかも手に出来る立場でありながら、彼女の手を払い続けたのは貴様だろうが!」
ティアナを妻に出来たことで驕ってしまった。
拒絶されることを恐れ、隣国との関係が不安定な事をいいことに、外へと逃げた。
ティアナの憂いを少しでも減らすなんて、ただの口実だ。俺は近づいて拒絶されるのが、怖かっただけだ。
俺は弱い。
ルアンナに『ヘタレ』と罵られても仕方がない。
「……それでも、ティアナを手放せない」
そっぽを向き力なく呟いた言葉に、拳がもう一度振り下ろされる。
口内に広がる鉄錆の味で、口の中が切れたとわかるが、なぜか痛みは感じなかった。
「なぜだ、なぜなんだ……。こんな男より、よっぽど俺を選んだ方がティアナは幸せになれるのに……、なんでだよ!」
胸倉を掴んでいたタッカーの手が力なく落ちる。
「……俺じゃダメなんだよ。あんたじゃなきゃ、ティアナは幸せになれない」
そう言い残したタッカーは立ち上がると、俺に背を向け歩き出す。
「――――、黒衣の女。あれはティアナだ。ミーシャの私室にいる」
タッカーの言葉に、一瞬呼吸を忘れる。
しかし、次の瞬間には立ち上がり走り出した。
――――感謝する。
横を走り抜ける際言った言葉に、一瞬奴が笑ったような気がした。
11
お気に入りに追加
2,891
あなたにおすすめの小説
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる