お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来

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後編

オリビア様の謀略

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 オリビア様とミーシャ様は、とても仲の良い姉妹だった。そんな仲の良い姉妹の人生は、この先も仲睦まじいままに続いていくはずだった。

 オリビア様の身体に異変が生じるまでは――――

「ミーシャ様は、全ての責任を一人でかぶるおつもりなのですね。オリビア様の名誉のために」

「えっ……、いいえ、違うわ。姉さんは関係ない。あの日、あの部屋から逃げ出した私が全て悪いの。そして、浅ましくも、姉さんに取って変わろうとした。だから、バレンシア公爵を脅したのよ。アリシアの出生の秘密と、オリビアの死の責任を盾に取って」

 やはり、ミーシャ様は話そうとはしないのね。
 それだけ彼女にとってオリビア様は唯一無二の存在で、戒めだったのか。

「ミーシャ様、あなたは、オリビア様の死に顔を見たとき、死因がブラックジャスミンによる中毒死だとすぐわかったと仰いました。それと同時に、こうも悟ったのではありませんか。オリビア様は、自分の意思で命を絶ったのではないかと。なにしろ、ブラックジャスミンの毒なんて、簡単には手に入らない。関係者でなければ……。そして、オリビア様の死に疑問を持ったあなたは、オリビア様の死の真相を探り始めた。違いますか?」

 私は、もう一つ隠し持っていた封筒を手に取ると、中から書類を取り出しミーシャ様の目の前に置く。

「この書類は、ノートン伯爵領にある、とある病院に保管されていたオリビア様の病歴を写したものです。ミーシャ様……、オリビア様が亡くなるちょうど一年前、彼女はノートン伯爵領に帰省した際、遠乗り中に落馬していますね。そして、ここに書いてある病名『石化症』が発覚した。そして、その一年後にミーシャ様、あなたはアンドレ様を身籠った」

 石化症――、手足のこわばりから始まり、身体が徐々に動かなくなり、最期には石像のように身体が硬直し、呼吸を失い、死を迎える。未だに治療薬はなく、発症すれば間違いなく死ぬと言われる難病中の難病。死の病だ。

「石化症。病状は極めてゆっくり進むが、死を免れる手段はない、怖しい病です。それを知ったオリビア様は、絶望した。自死を考えるくらいには絶望したのだと思います。しかし、自分には、まだ幼いルドラ様とアリシア様がいる。己が死んだ後、幼子二人の運命はどうなってしまうのか。悪魔のような男、バレンシア公爵に後を任せるなど論外です。そんな時、オリビア様はミーシャ様の懐妊を知った。違いますか?」

 目の前で俯くミーシャ様が、『やめて、やめて……』と呟きながら、耳を塞ぐ。

 石化症となり徐々に身体の自由を奪われていく。病状がゆっくり進むとしても、ミーシャ様が妊娠した頃には、少しずつ病気は進行していたはずだ。

 いつ死を迎えるかもわからず、しかしゆっくりと身体の自由を奪われていく日々の中、ミーシャ様の懐妊は、オリビア様にとって一筋の光だったのかもしれない。オリビア様が死んだ後、遺されるルドラ様とアリシア様を守るための。

 だから、オリビア様はミーシャ様に辛辣な言葉を浴びせた。

 姉妹の仲に亀裂が入り、妹は姉を恨み行動に移す。仲が良かったからこそオリビア様はミーシャ様の行動を予測出来たのかもしれない。
 そして、オリビア様は己の死をミーシャ様に見せることで、恨みを抱いたばかりに姉を死なせたという大きな罪をミーシャ様に背負わせることに成功した。
 大きな罪を背負わされたミーシャ様は、オリビア様の遺した謀略を成功させる『道化』になるしかなかったのだろう。

 ミーシャ様にとっては思い出したくもない過去だ。誰でも愚かだった自分の過去など忘れてしまいたい。しかし、愚かな過去の自分と向き合わねば前には進めない。

 今の私のように。

「ミーシャ様、私はずっと疑問だったのです。オリビア様を崇拝するほど慕っていたあなたが、なぜ大切な姉の子を虐げ続けたのか。そう望んだのは、他ならぬオリビア様自身だったのではありませんか。バレンシア公爵家でのミーシャ様の振る舞い全てが、オリビア様が描いたシナリオだった。バレンシア公爵家を葬り去るための、違いますか?」

「いや、いやぁぁぁ、違う。すべて私が悪いの。すべて私が、姉さんから奪った。何もかも」

 錯乱したように叫び駆け出したミーシャ様が衣装台の中から短剣を取り出す。それを見た私は即座に反応した。短剣を握ったミーシャ様の手を掴み、捻り上げる。そして、痛みで取り落とした短剣を間髪入れず、遠くへと蹴った。

 錯乱したミーシャ様の頬を打つ。
 パンっと、小気味いい音が響き、ミーシャ様が泣きながらクズ折れた。

「私の目の前で自死なんて許さない! あなたに罪がなかったとは言わない。オリビア様が亡くなった後、アリシア様とルドラ様が、あなたに虐げられ、バレンシア公爵家での居場所を奪われたのは事実だわ。それが、オリビア様の謀略だったとしても、アリシア様をバレンシア公爵の毒牙から守るためだったとしても、何も知らない子供達からすれば、それは親のエゴでしかない。ただ、オリビア様の遺言を守り悪女を演じ続けることは、並大抵の覚悟では成し得ない。そして、オリビア様の望み通り、バレンシア公爵家の凋落は目の前。そして、オリビア様とミーシャ様の愛した子供達は、それぞれの道を歩もうとしている。ルドラ様は、ノートン伯爵家の正式な後継ぎとして。アリシア様は、陛下の側妃として。そして、アンドレ様は商人の道を。それは間違いなく、ミーシャ様の助力があったからだわ」

 そうなのだ。
 ミーシャ様は、ただ無闇にルドラ様とアリシア様を虐げていた訳ではなかった。
 ルドラ様には、雑用という名のバレンシア公爵家の領地経営を学ばせ、アリシア様には、公爵家の力を使いアルザス王国屈指の教師陣による妃教育を施した。バレンシア公爵本邸では、見すぼらしい格好を強いられていた二人が、教師陣の前や領地の公爵別邸では、身綺麗な格好をしていたとの調査報告もあった。そしてアンドレ様は数年前から商人について隣国を渡り歩き、商売のノウハウを学んでいる。
 つまり、始めからミーシャ様はアンドレ様をバレンシア公爵家の後継ぎにするつもりなど、なかったのだ。
 ミーシャ様の目的はただ一つ。バレンシア公爵家を潰し、オリビア様の願い、バレンシア公爵を葬り去ることのみ。

「ミーシャ様、もう良いのです。あなたは、よくがんばりました。だから解放されてもよいのです。オリビア様という枷から」

 床に膝をつき、丸く小さくなり泣きじゃくるミーシャ様を抱きしめ言葉を紡ぐ。

「ミーシャ様、お願いです。どうか、オリビア様と交わした最期の約束を、あの二人にも伝えてあげてください。それを知る権利が、ルドラ様とアリシア様にはあります。そして、あの二人に赦しを乞うてください。それがあなたに出来る最大限の償いです」

 これでアリシア様の憂いは晴れる。
 彼女の望んだバレンシア公爵家の存続はなくなるかもしれない。
 ただ、ミーシャ様とアンドレ様が平民へと降れば、ノートン伯爵家の正統な後継はルドラ様となる。幼き頃より領地経営を叩き込まれたルドラ様であれば、今以上に伯爵家を盛り立てていくことだろう。
 そして、ルドラ様とアリシア様に血の繋がりがないことがわかれば、二人の結婚に障害はなくなる。
 
 ルドラ様とアリシア様は結ばれ――――

 そこまで巡らせ、嫌な予感に背が震えた。

 バレンシア公爵家の闇。
 バレンシア公爵は、果たして二人の結婚を認めるのだろうかと。

 実の妹を愛し、その妹の命を奪ったバレンシア公爵。
 そして、ルドラ様とアリシア様もまた、兄妹という禁断の愛に堕ちてしまった。

 復讐の連鎖は続く――――

「――――、ミーシャを赦す? ははは、あり得ないわ」

 突然響いた声に思考を遮られ振り向いた先に見た人物に悪い予感が的中したことを悟った。

「……、アリシア様」
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