上 下
81 / 99
後編

悪妻の真実

しおりを挟む

「何なの、これは?」

 目の前のテーブルの上に一通の手紙を置く。その置かれたブルーの封筒を見て、ミーシャ様が怪訝な顔をこちらに向けたのを確認し、口を開いた。

「ミーシャ様、こちらの青い封筒の存在はご存知? あぁ、『王妃の間の恋のキューピッド』と言えばわかるかしら?」

「そ、その手紙がなんだと言うのよ。ははっ、まさか、あなたが、その王妃の間の恋のキューピッドだとでも言うつもり?」

「ふふ、お飾りと言われていても、王妃である私がそんな大それたこと致しませんわ。それこそ大問題になりますでしょう。ただ、王妃の間の主人は、王妃である私なのです。もちろん王妃の間に届けられる青い封筒の中身は全て確認してましてよ」

 スッと伸ばした指先をテーブルに置かれた青い封筒の上へと置きトントンと打ち鳴らす。その音に呼応してミーシャ様の肩がビクッと揺れる。

 ちょっとした脅しにはなる。
 案の定、ミーシャ様の視線が逸らされ宙を彷徨う。

 事は慎重に、こちらに有利に進めねばならない。
 選択を間違えれば、全てが終わってしまう。

「な、何が言いたいのよ」

「こちらの手紙の差出人は、あなたの義理の娘アリシア様です。どうぞ中身を確認してください」

 指先をスッと動かし、青い封筒をミーシャ様の目の前へと置く。それをジッと見つめる彼女の喉が嚥下し、震える手で青い封筒を持ち中から便箋を取り開く。

「はは、確かにアリシアの字ですわね。ただ、ここには相談にのって欲しいとだけしか書かれていない。恋のキューピッドといいましたわね。アリシアは陛下との仲を相談したのかしら。頭の良い娘だこと。王妃様、貴方への牽制ね。陛下に愛されているのは、貴方様ではなく側妃となるアリシアだと」

「そんな牽制、アリシア様がして何の得があると言うのです? 陛下から妻にと望まれたアリシア様にとって、お飾り王妃は敵にもならない。わざわざ回りくどい手段を使って牽制する意味などないはずです。では、なぜ彼女は王妃の間に手紙など送ったのでしょうか?」

「そ、そんなの知らないわよ!」

「そうですね。ミーシャ様にとっては寝耳に水の話。まさか、アリシア様が王妃に接触するなんて考えてもいなかったでしょう。そして、アリシア様が『陛下の側妃になりたくない』と王妃に訴えるだなんて」

「な、なんですって!?」

「アリシア様は王妃の間の噂を利用して、私に接触してきました。そして、バレンシア公爵家の窮状を訴えました。ルドラ様を残し側妃になることは出来ないと。アリシア様がバレンシア公爵家を出れば、かの家はミーシャ様に乗っ取られ、アンドレ様が後を継ぐことになる。さすれば残されたルドラ様がどんな目に合うかわからないと」

 スッと動かした視線の先、先ほどまで動揺していたミーシャ様の口元が一瞬だけ笑みを作り消えた。

 やはり、私の考えは正しかった。
 ミーシャ様は、悪女を演じている。
 ある目的のために。

「あら? おかしいですわ。バレンシア公爵家の長子はルドラよ。順当に行けば次期バレンシア公爵はルドラではなくって。なぜアリシアは、そんなことを言ったのかしら?」

「そうですね。私も不思議に思いましたわ。たがら調べさせてもらいました。バレンシア公爵家の系譜を。ルドラ様は前妻、オリビア様の連れ子ですね。バレンシア公爵と血の繋がりのないルドラ様は、後継にはなれませんわ」

「ふふ、お調べになったの。そうよ、ルドラと公爵に血の繋がりはない。だから、後継はわたくしの可愛い息子、アンドレとなる。ただ、アンドレが後継になるには、もう一人の公爵の実子、アリシアの許可が必要になる。本当、高位貴族って面倒くさいわ。だから、アリシアをさっさと追い出したかったのよ」

 そう言って醜悪な笑みを浮かべ、クツクツ笑うミーシャ様は、物語りに出てくる意地悪な継母そのものだ。

「だからアリシア様に辛く当たったのですか? いいえ、あなた様は、幼き頃からルドラ様とアリシア様に辛く当たってきたと聞きました。公爵と結婚したオリビア様をずっと妬んでいた。だから、オリビア様の遺した子供達を虐げた。そうアリシア様は王妃である私に訴えました」

「あら、アリシアはそんなことを言ったの。嫌だわ。どこにそんな証拠、あるのかしら? わたくしがあの二人を虐めたっていう証拠が」

「確かに、ありませんね。アリシア様には、厳しいと有名な教師を当てがい淑女教育を施し、公爵家から追い出すように王城への出仕を命じた。そして、ルドラ様には雑用という名の公爵家の莫大な書類仕事を押し付けた。本来であれば公爵自ら可否を判断するような重要な仕事まで。公爵家の内政を回していたのはルドラ様。しかし、財政の実権を握っていたのはミーシャ様。忙殺される日々を送る二人を見た者達は、皆一様に二人を不憫に思う。しかし、そんな二人を助けようと考えた者達は、次々と解雇されていった。そして、解雇された者達は、腹いせにバレンシア公爵家の悪妻とミーシャ様の悪口を流した。それだけではなく、前妻オリビア様の死についても噂をしだした。『オリビア様は、本当に病死だったのか』と」

「な、何が言いたいのよ!? わたくしが、オリビアを殺したとでも言いたいの!!」

 目の前のテーブルをバンっと叩き立ち上がったミーシャ様が怒りの表情も顕に怒鳴る。

「ミーシャ様、お掛けになって。なにもあなたが、オリビア様を殺しただなんて言っていないじゃない。そんな噂が一時流れたってだけよ。そんな態度を見せたら、ミーシャ様がオリビア様を殺したと肯定しているも同じよ」

「それこそ、言いがかりよ! 姉は病死だったの! 公的文書にも、そう書いてあったわ」

……、ミーシャ様も調べていたのね。

 その可能性を考えていなかった訳ではない。ただ、確信は持てなかった。今までは。

 オリビア様の死に目にミーシャ様は立ち会っていない。彼女の今の発言で確定した。

 オリビア様を殺したのは、ミーシャ様ではない。

 では、誰がオリビア様を殺したのか。

「そうね、確かに公的文書には、病死と書いてあったわ。ただね、オリビア様が死んだ夜、あの部屋にはオリビア様ともう一人、居たの。まだ幼かったルドラ様が。彼が証言してくれた。母は『ミーシャ様に殺された』と」

 果たして、彼女はどんな反応を示すのか?

 ミーシャ様のシナリオ通りに動く道化を演じる私に、彼女はどんな言葉を返す。

 悪妻ミーシャを演じ続ける彼女の答えを待つ私の目に、狂ったように笑い出した悪妻ミーシャの姿が写る。

「くくく、はははは。まさか、あの時ルドラが居たなんてね。そうよ、姉さんを殺したのは、この私よ! 姉さんの寝室に忍び込んで、短剣を突き刺してやったわ。公爵の妻になって、私を見下した姉さんから全てを奪ってやったのよ。金も、地位も、名声も何もかもね」

 ターナーさんを失った今、彼女は悪妻として死を選ぼうとしている。

 オリビア様が遺した物語りに登場する悪役、悪妻ミーシャを演じる彼女。役を演じることを強いられ続けたミーシャ様の人生は、どんなに辛く、過酷なものだったのだろうか。

 今、解放する。ミーシャ様の人生を――――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

醜いと言われて婚約破棄されましたが、その瞬間呪いが解けて元の姿に戻りました ~復縁したいと言われても、もう遅い~

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢リリーは、顔に呪いを受けている。  顔半分が恐ろしい異形のものとなっていた彼女は仮面をつけて生活していた。  そんな彼女を婚約者である第二王子は忌み嫌い、蔑んだ。 「お前のような醜い女と付き合う気はない。俺はほかの女と結婚するから、婚約破棄しろ」  パーティ会場で、みんなの前で馬鹿にされる彼女。  ――しかし。  実はその呪い、婚約破棄が解除条件だったようで――。  みるみるうちに呪いが解け、元の美しい姿に戻ったリリー。  彼女はその足で、醜い姿でも好きだと言ってくれる第一王子に会いに行く。  第二王子は、彼女の元の姿を見て復縁を申し込むのだったが――。  当然彼女は、長年自分を散々馬鹿にしてきた彼と復縁する気はさらさらなかった。

リリーの幸せ

トモ
恋愛
リリーは小さい頃から、両親に可愛がられず、姉の影のように暮らしていた。近所に住んでいた、ダンだけが自分を大切にしてくれる存在だった。 リリーが7歳の時、ダンは引越してしまう。 大泣きしたリリーに、ダンは大人になったら迎えに来るよ。そう言って別れた。 それから10年が経ち、リリーは相変わらず姉の引き立て役のような存在のまま。 戻ってきたダンは… リリーは幸せになれるのか

ワガママ令嬢に転生かと思ったら王妃選定が始まり私は咬ませ犬だった

天冨七緒
恋愛
交通事故にあって目覚めると見知らぬ人間ばかり。 私が誰でここがどこなのか、部屋に山積みされていた新聞で情報を得れば、私は数日後に始まる王子妃選定に立候補している一人だと知る。 辞退を考えるも次期王妃となるこの選定は、必ず行われなければならず人数が揃わない限り辞退は許されない。 そして候補の一人は王子の恋人。 新聞の見出しも『誰もが認める王子の恋人とワガママで有名な女が王妃の座を巡る』とある。 私は結局辞退出来ないまま、王宮へ移り王妃選定に参加する…そう、参加するだけ… 心変わりなんてしない。 王子とその恋人の幸せを祈りながら私は王宮を去ると決めている… 読んでくださりありがとうございます。 感想を頂き続編…らしき話を執筆してみました。本編とは違い、ミステリー…重たい話になっております。 完結まで書き上げており、見直ししてから公開予定です。一日4・5話投稿します。夕方の時間は未定です。 よろしくお願いいたします。 それと、もしよろしければ感想や意見を頂ければと思っております。 書きたいものを全部書いてしまった為に同じ話を繰り返しているや、ダラダラと長いと感じる部分、後半は謎解きのようにしたのですが、ヒントをどれだけ書くべきか書きすぎ等も意見を頂ければと思います。 宜しくお願いします。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...