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後編

毒婦は本当に毒婦だったのか?

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「はぁぁぁ……、ひま……」

 王妃の間での軟禁生活も数十日にのぼり、退屈を持て余した私の大きなため息が、朝の清々しい空気に包まれた部屋に響き、消えていく。話し相手のエルサもいない今、朝一番に侍女が入れてくれた香り高い紅茶も飲む気がしない。

 比較的身動きが取れるエルサに、頼み事をしたのは他でもない私だ。ノーリントン教会に置いてきた『ターナーさん』こと、社交界の毒婦と名高いバレンシア公爵家の後妻ミーシャ様の想い人をあの火事のどさくさに紛れ、ルザンヌ侯爵領へと連れて行けるのは、あの地方に精通しているエルサ以外にはいない。
 危険を伴う願いに、二つ返事で引き受けてくれたエルサには感謝しかない。父へと宛てた手紙が無事ルザンヌ侯爵邸へと届けば、すぐにでもターナーさんの治療は開始される。そうなれば、彼の病状は数年もかからず、快方へと向かうだろう。
 ターナーさんの病気が治れば、ミーシャ様は、もう毒婦を演じる必要はなくなる。きっと、ターナーさんと二人、もしかしたら親子三人、新しい人生を幸せに過ごすことが出来るかもしれない。
 しかし、その一方で、母親を殺されたルドラ様とアリシア様の心の禍根は消えない。今回の件が、解決してミーシャ様とアンドレ様がバレンシア公爵家を去ったとしても、彼らの心の中には、母を殺され、長年に渡りミーシャ様親子に虐げられた恨みは消えない。
 その恨みが強ければ、強いほど、彼らはミーシャ様への復讐を考えるのではないだろうか。

 ブラックジャスミンの花畑で、真っ青な顔をして唇を噛み締めていたルドラ様の顔が脳裏に浮かぶ。

 血が滲むほど唇を噛み締め怒りを耐えていたルドラ様。母、オリビア様を殺したミーシャ様に対する恨みは、想像する以上に深いのだと思う。
 バレンシア公爵家を去り、平民へと下ったミーシャ様親子への復讐は簡単だ。貴族が平民一家を皆殺しにしたところで、罪に問われることはまずない。それだけの身分差が平民と貴族の間には存在している。
 アリシア様も、ルドラ様も、ミーシャ様親子も、皆、救える未来なんて、あり得ない。そんなことはわかっている。でも、私の心が納得しない。

 いったい、私はどうすればいいの……

 私の脳裏にターナーさんの言葉が蘇る。

『ミーシャとオリビア様は、とても仲がいい姉妹だった』

 その言葉を聞いてから、ずっと抱き続けている疑問。

『ミーシャ様は、本当にオリビア様を殺したのか?』

 そんな疑問がクルクルと頭の中をめぐり消えない。

 身分違いの恋に落ちたミーシャ様とターナーさん。その二人のよき理解者であり、相引きの協力者でもあったオリビア様。二人を献身的に支えていた彼女が、ミーシャ様がアンドレ様を身籠ったことを知らなかったとは考えにくい。

 とても仲の良い姉妹だ。ミーシャ様は一番に、ターナーさんとの間に赤ちゃんが出来たことをオリビア様に報告したのではないだろうか。そして、当時すでにバレンシア公爵家へと嫁いでいたオリビア様は、ミーシャ様が身籠ったことを知り、二人に金銭的な援助を申し出たのではないだろうか?

 親子三人幸せに暮らせるように、駆け落ちさせることを計画していたのかもしれない。そして、病気がちなターナーさんを支えられるだけの金銭的な援助も、永続的にするつもりだったのかもしれない。
 当時のバレンシア公爵家は、オリビア様の献身的な働きにより、公爵家の家計はオリビア様が取り仕切っていたときく。莫大な財産を持つ公爵家だ。一家族養うだけの金銭を秘密裏に融通させることは出来ただろう。しかし、その計画は、何らかの理由で実行されることはなかった。
 そして、オリビア様が死に、バレンシア公爵家に後妻としてミーシャ様が嫁ぐという最悪な形を迎えることになった。

 仲の良かったはずの姉妹にいったい何があったのか?
 ミーシャ様を狂気に駆り立てたモノは、いったい何だったのか?

 一つの答えが私の頭の中を巡る。
 その答えを裏付ける証拠が、もうすぐ手に入る。 

 エルサが、私の元を去って二週間が経った。もうすぐ、次の王妃付き侍女の入れ替え時期になる。彼女には、私の元を離れている間、ターナーさんの件ともう一つ、重要なお願いをしてある。彼女がただの情報屋だとは思っていない。彼女の身のこなし、変幻自在に操る言動を見ていれば、エルサが裏の世界を歩いてきた者だということはわかる。そして、もう一つの公爵家、メイシン公爵家が彼女を私の元へと遣わしたのであれば、確実に望む答えを持ってきてくれるだろう。

 私は、エルサが持ち込む『答え』に思いを馳せ、テーブルの上に置かれたカップを手に取ると、冷えた紅茶を一気に飲み干した。
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