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後編
思いがけない再会
しおりを挟む王妃の間に軟禁されてどれくらいの時が過ぎただろうか?
窓際に置かれた重厚感漂うソファに座り、ぼんやりと外を眺める。もちろん、本当に軟禁されている訳ではない。王城内の庭園を散歩することも、礼拝堂で祈りを捧げることも、希望すれば王妃の間から出ることは可能だ。しかし、一歩でも王妃の間を出れば、必ず二名の護衛騎士がつく。そして、レオン陛下の息のかかった王妃専属侍女が、ぴたりと寄り添う。まるで、私の一挙手一投足を監視するかのように。
これが王妃に付き従う者の本来の形なのだろうが、侍女ティナに扮し、王城内を自由に歩き回っていた私にとっては、監視されているのと同じだ。
王妃の間に軟禁されているのと変わらない。
これじゃ、誰からも捨て置かれていた、お飾り王妃の時の方がマシね。
お飾り王妃の時は、見向きもされなかった代わりに、自分の味方はいた。ルアンナに、王妃付きの侍女のみんな。大きなテーブルに積まれた手紙の山を前に、和気あいあいと『お悩み相談』を受けていた時が、遠い昔のように思われる。
「ルアンナは元気にしているのかしら?」
ポツリとつぶやいた言葉が、静寂に包まれた部屋にこだまし、消えていく。
ルアンナの行方がわからなくなってから、出来うる限り彼女の動向を探ろうとした。しかし、いくら探ってもルアンナの動向を掴むことは出来なかった。まるで、緘口令が敷かれているかのように。『己の行いのせいで、ルアンナが酷い扱いを受けていたら』と、それだけが気がかりでならない。
そんな事を考えていた私の耳に、扉をノックする音が聴こえる。
「王妃さま、ご紹介したい者がおりますので、入室してもよろしいでしょうか?」
紹介したい人? 珍しいこともあるのね……
扉越しに聴こえた侍女頭サリーの声に、疑問が浮かぶ。
王妃の間に軟禁状態になってからというもの、王妃付きの侍女も、護衛の騎士も名前すら分からない状態なのだ。何度か、私から名前を聞いたこともある。しかし、皆一様に『名など存在しない者ゆえ……』と言い、答えてはくれなかった。しかも、ある程度の期間が過ぎると、侍女も護衛騎士も総入れ替えとなる。
そんな事が続けば、嫌でも悟ってしまう。
陛下は、私に味方を作らせないようにしている。
味方を作ることで、勝手な行動をされても困ると、レオン陛下が考えているのは明白だ。だから、名前を知っているのは侍女頭のサリーだけ。
そんな状態が続いていたのに、紹介したい者がいるとは、いったいどういうこと?
まぁ、陛下に何かしらの思惑があるのは確かね。どちらにしろ、私の味方ではない。
「……どうぞ、お入りになって」
半ばあきらめの境地で、扉の外で待機するサリーに声をかける。そして、サリーに続き、入室してきた人物を見て、驚きに、声をあげそうになった。
嘘でしょ!? なんで……、エルサ……
「初めまして、王妃さま。この度、王妃さま付き専属侍女の任に付きましたエルサと申します」
目の前で、完璧なカーテシーをとり挨拶を述べる赤髪の女を見つめ、驚きから手に持った紅茶のカップを落としそうになる。
なんで、なんで!? エルサが王城にいるのよ?
しかも、専属侍女って、どういうことなの?
頭の中を疑問符が回るが、今はそんな瑣末なことを気にしている場合ではない。王妃の間に軟禁されてから初めて訪れた千載一遇のチャンス。逃す手はない。
どのような経緯で、エルサが王妃付きの侍女として現れることになったかは、追々、本人から聞き出せばいい。今は、エルサと私の関係が、侍女頭サリーに勘づかれないように振る舞うことが優先だ。
レオン陛下に忠実な臣下サリーは、エルサと私が知り合いだとわかれば、すぐにでも陛下に報告するだろう。そうなれば、せっかく見えた一筋の光すら絶たれてしまう。それだけは、絶対に阻止しなければならない。
震え出しそうな手を必死に抑え、紅茶のカップをソーサーに戻すと、エルサへと向かい笑みを浮かべる。
「――――、サリー、私の専属侍女と言ったわね?」
「はい、王妃さま。今後は、こちらの者が、王妃さまの身の回りのお世話をさせていただきます」
「そう……、名はエルサと言ったかしら? よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願い致します、王妃さま」
そう言って、再度、頭を下げるエルサを見つめ考える。エルサは、私に向かって『初めまして』と言った。つまりは、私が教会で出会ったティナだと、気づいていない可能性がある。それともう一つ、王妃ティアナとシスターに化けたティナが同一人物だとわかった上で、潜入してきている可能性の二つが考えられる。
……あの笑みは、気づいているわね
侍女服の裾を持ち綺麗な礼をとるエルサが、ほんの一瞬見せた悪戯な笑みを見て、私は確信する。
エルサは、タッカー様の配下だったわね。
メイシン公爵家の力を使えば、秘密裏に配下の一人を王妃の間にねじ込むことも可能か。つまりは、エルサは何らかの目的を持って、王妃の間に現れたと見て間違いない。
彼女を動かしているのは、タッカー様なのか、それともメイシン公爵夫人なのか……
どちらにしろ、今の状況を打破する鍵となる。
私は、適当な理由をつけ侍女頭サリーを王妃の間から追い出しエルサと二人きりになると、おもむろに切り出した。
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