48 / 99
後編
レオン陛下視点
しおりを挟む
いったい何が起ころうとしている?
腹の底から湧き上がる怒りを抑える事が出来ず、手当たり次第に、当たり散らしたくなる。
ティアナが消えてから十日。未だに、彼女の足取りが分からない。
上手く他の書類に紛れさせた『王妃の帰省願い』に判を押したのは自分だ。それは間違いない。ただ、明らかに人為的な工作がなされていた。
王妃に関する書類は、全て火急を要する案件として、重要書類の棚へと分類されるよう徹底されている。それを承知していない文官など居るはずがないのに、『王妃の帰省願い』が、大して重要ではない書類に紛れていた。
毎日積み上がる書類の山に、重要案件以外の書類に対して、可否の判断が甘くなっている自覚はある。そこを突かれたとしか思えない。
そんな大それた事が出来る文官など、かなり身近な者に限られる。ティアナがいなくなった緊急事態に、側近の見直しまで行わなければならない事実を突きつけられ苛立ちが募る。
最終手段は、ルアンナを締め上げ吐かせるしかないが、ただ、それはやりたくない。
あの侍女頭は、ティアナへ絶対の忠誠を誓っている。王である俺に対しても、容赦なく食って掛かる当たり、ティアナを大切に思っているであろう事は明白だ。今後、起こり得る事を考えれば、信頼がおける侍女を味方にしておく事は不可欠だろう。
「陛下、ティアナ様の件に関して分かった事があります」
執務室へと入って来たアルバートの第一声に、思考を中断し、視線を投げる。
「何だ」
「ティアナ様の足取りを追ったところ、王妃様の馬車はルザンヌ侯爵領ではなく、どうやらメイシン公爵邸へ向かったようですね」
「はっ⁈ メイシン公爵邸だと?」
「はい。御者は、ティアナ様にメイシン公爵邸へ向かうように言われたと申しています。お世話になったメイシン公爵夫人に挨拶をしたいからと」
確か、ティアナの妃教育は、メイシン公爵夫人が教鞭を取っていたと報告書にあった。しかし、王妃となってからは、夜会や茶会での接点はあまり無かったように思うが。
――あぁぁ、思い出した。
メイシン公爵夫人とティアナの母は、姉妹であったな。ルザンヌ侯爵が、王家主催の夜会であろうと滅多に出席しないものだから、関係性を失念していた。
俺が知らないだけで、ティアナとメイシン公爵夫人は、密かに会っていたのかもしれない。
俺はティアナの何を知っている……
彼女の事を知っていたようで、何も知らないという事実が重く伸し掛かる。
「ティアナはメイシン公爵夫人に、ただ挨拶をしに行っただけだと思うか?」
「それは無いでしょうね。御者が言うには、王妃様の格好がまるで侍女が着るような簡素な服だったらしいので。ただ、不思議だと思いつつ里帰りなさるには、華美な服だと邪魔になるのかと、深く考えなかったようです」
違和感を覚えたなら、すぐに報告をしろと思ったところで、御者自体も王妃付きの者では無かったのだろう。
「どうせ、その御者も臨時の者だろう?」
「はい。当日、担当の御者が体調を崩したとかで、急遽代わったと言っていました」
「やはりな。手の込んだ事をする……」
「今回の件、首謀者はメイシン公爵家だとお考えで?」
「だろうな。王妃の帰省願いをどうでもいい書類に紛れさせるなど、メイシン公爵なら造作もない」
「公爵様をお呼びになられますか?」
「いいや、いい。呼んだところで、しらばっくれて終いだ。あの狸ジジイに煙に撒かれるだけだな」
「確かに、そうですね。温厚な振りして、笑顔で政敵を刺すタイプですから。しかも、愛妻家でもいらっしゃいますし、厄介ですね」
嫌な事を思い出したのか、いつも飄々としているアルバートの顔が歪む。
メイシン公爵は、アルバートの直属の上司であったな。近衛騎士団も含め、軍部のトップを担う公爵とは、近しい関係ゆえに思う所もあるのだろう。
「さて、どうしたものか?」
「ここで追い討ちをかけるようで申し訳有りませんが、メイシン公爵家のタッカーも姿を消しています」
「は?タッカーが姿を消した?まさか……」
「たぶん、そのまさかだと思います。休暇願いを提出して、もう十日以上休んでいます。状況を考えるとティアナ様と行動を共にしているとしか」
「……」
言葉が出ない。
ティアナが他の男と寝食を共にしているだと!
湧き上がり、噴き出した怒りのまま目の前の机をバンっと、叩く。
許せるはずがない。
『あの自然豊かなルザンヌ侯爵領へ帰りたい』
唐突に思い出したティアナの言葉が胸を締めつける。
――ティアナの心に俺はいない。
今まで俺は何をして来た……
侍女ティナに扮した彼女の優しさに甘え、王妃ティアナでもある彼女自身と向き合う努力をして来なかった。
その結果、彼女自身を失うのか。
手の届くところに、ティアナがいないと言うだけで、こんなにも心が落ち着かない。このまま、失うのかもしれないと言う恐怖で、身体が震え出す。
ティアナは何処にいる?何処にいるんだ!
脳裏に浮かんだ言葉が正解だと本能が告げる。
「アルバート、ルザンヌ侯爵領へ向かうぞ!」
「お待ちください!陛下が動くのは――」
俺の本気を感じ取ったのか、否を唱えようとしていたアルバートが黙る。
「――はぁぁ、仕方ないですね。ただし、猶予は七日です。それ以上は無理です」
「わかった。十分だ」
大きなため息をつきアルバートが愚痴る。
「本当、私の主人は人使いが荒い」
背を向け、執務室を去るアルバートに心からの感謝を送った。
腹の底から湧き上がる怒りを抑える事が出来ず、手当たり次第に、当たり散らしたくなる。
ティアナが消えてから十日。未だに、彼女の足取りが分からない。
上手く他の書類に紛れさせた『王妃の帰省願い』に判を押したのは自分だ。それは間違いない。ただ、明らかに人為的な工作がなされていた。
王妃に関する書類は、全て火急を要する案件として、重要書類の棚へと分類されるよう徹底されている。それを承知していない文官など居るはずがないのに、『王妃の帰省願い』が、大して重要ではない書類に紛れていた。
毎日積み上がる書類の山に、重要案件以外の書類に対して、可否の判断が甘くなっている自覚はある。そこを突かれたとしか思えない。
そんな大それた事が出来る文官など、かなり身近な者に限られる。ティアナがいなくなった緊急事態に、側近の見直しまで行わなければならない事実を突きつけられ苛立ちが募る。
最終手段は、ルアンナを締め上げ吐かせるしかないが、ただ、それはやりたくない。
あの侍女頭は、ティアナへ絶対の忠誠を誓っている。王である俺に対しても、容赦なく食って掛かる当たり、ティアナを大切に思っているであろう事は明白だ。今後、起こり得る事を考えれば、信頼がおける侍女を味方にしておく事は不可欠だろう。
「陛下、ティアナ様の件に関して分かった事があります」
執務室へと入って来たアルバートの第一声に、思考を中断し、視線を投げる。
「何だ」
「ティアナ様の足取りを追ったところ、王妃様の馬車はルザンヌ侯爵領ではなく、どうやらメイシン公爵邸へ向かったようですね」
「はっ⁈ メイシン公爵邸だと?」
「はい。御者は、ティアナ様にメイシン公爵邸へ向かうように言われたと申しています。お世話になったメイシン公爵夫人に挨拶をしたいからと」
確か、ティアナの妃教育は、メイシン公爵夫人が教鞭を取っていたと報告書にあった。しかし、王妃となってからは、夜会や茶会での接点はあまり無かったように思うが。
――あぁぁ、思い出した。
メイシン公爵夫人とティアナの母は、姉妹であったな。ルザンヌ侯爵が、王家主催の夜会であろうと滅多に出席しないものだから、関係性を失念していた。
俺が知らないだけで、ティアナとメイシン公爵夫人は、密かに会っていたのかもしれない。
俺はティアナの何を知っている……
彼女の事を知っていたようで、何も知らないという事実が重く伸し掛かる。
「ティアナはメイシン公爵夫人に、ただ挨拶をしに行っただけだと思うか?」
「それは無いでしょうね。御者が言うには、王妃様の格好がまるで侍女が着るような簡素な服だったらしいので。ただ、不思議だと思いつつ里帰りなさるには、華美な服だと邪魔になるのかと、深く考えなかったようです」
違和感を覚えたなら、すぐに報告をしろと思ったところで、御者自体も王妃付きの者では無かったのだろう。
「どうせ、その御者も臨時の者だろう?」
「はい。当日、担当の御者が体調を崩したとかで、急遽代わったと言っていました」
「やはりな。手の込んだ事をする……」
「今回の件、首謀者はメイシン公爵家だとお考えで?」
「だろうな。王妃の帰省願いをどうでもいい書類に紛れさせるなど、メイシン公爵なら造作もない」
「公爵様をお呼びになられますか?」
「いいや、いい。呼んだところで、しらばっくれて終いだ。あの狸ジジイに煙に撒かれるだけだな」
「確かに、そうですね。温厚な振りして、笑顔で政敵を刺すタイプですから。しかも、愛妻家でもいらっしゃいますし、厄介ですね」
嫌な事を思い出したのか、いつも飄々としているアルバートの顔が歪む。
メイシン公爵は、アルバートの直属の上司であったな。近衛騎士団も含め、軍部のトップを担う公爵とは、近しい関係ゆえに思う所もあるのだろう。
「さて、どうしたものか?」
「ここで追い討ちをかけるようで申し訳有りませんが、メイシン公爵家のタッカーも姿を消しています」
「は?タッカーが姿を消した?まさか……」
「たぶん、そのまさかだと思います。休暇願いを提出して、もう十日以上休んでいます。状況を考えるとティアナ様と行動を共にしているとしか」
「……」
言葉が出ない。
ティアナが他の男と寝食を共にしているだと!
湧き上がり、噴き出した怒りのまま目の前の机をバンっと、叩く。
許せるはずがない。
『あの自然豊かなルザンヌ侯爵領へ帰りたい』
唐突に思い出したティアナの言葉が胸を締めつける。
――ティアナの心に俺はいない。
今まで俺は何をして来た……
侍女ティナに扮した彼女の優しさに甘え、王妃ティアナでもある彼女自身と向き合う努力をして来なかった。
その結果、彼女自身を失うのか。
手の届くところに、ティアナがいないと言うだけで、こんなにも心が落ち着かない。このまま、失うのかもしれないと言う恐怖で、身体が震え出す。
ティアナは何処にいる?何処にいるんだ!
脳裏に浮かんだ言葉が正解だと本能が告げる。
「アルバート、ルザンヌ侯爵領へ向かうぞ!」
「お待ちください!陛下が動くのは――」
俺の本気を感じ取ったのか、否を唱えようとしていたアルバートが黙る。
「――はぁぁ、仕方ないですね。ただし、猶予は七日です。それ以上は無理です」
「わかった。十分だ」
大きなため息をつきアルバートが愚痴る。
「本当、私の主人は人使いが荒い」
背を向け、執務室を去るアルバートに心からの感謝を送った。
10
お気に入りに追加
2,892
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる