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前編

秘密通路

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「バレンシア侯爵、すまなかったな。時間を取らせて」

「いいえ。私的なお話との事ですが王の間でとは、お珍しい」

 礼拝堂へ現れたアルバートに連れられ向かった先は、王の間に隠された秘密の小部屋だった。そこから地下へと続く抜け道に設けられた一角へと案内され、空気取りの穴から王の間の会話が聴こえると伝えられた。

 王の間に外界と繋がる隠し通路への扉が存在していてもおかしくはないが、こんな機密情報一介の侍女に教えていいものではない。しかも、私の監視役につけたと思われるアルバートも、案内が済むとさっさと何処かへ消えてしまった。さしずめ、陛下の護衛に向かったのだろうが、バレンシア公爵より、よっぽど侍女姿の私の方が危険人物だと思う。

 陛下の危機管理能力は大丈夫なのか?

 私の正体に気づいた訳でもないだろうが、まさかこの謁見が終わったら秘密裏に殺されるとかではないよね?秘密を知り過ぎたとかで……

 そんな怖い想像を脳内で展開している間も、陛下と公爵の話は進む。

 いけない、いけない。集中しなければ。

「アリシアの輿入れに際して、公爵に一度真意を確認しておきたいと思ってな」

「左様でございますか。確かに、謁見の間では話しずらい内容では有りますな。人の目も有りますし」

「あぁ、アルバートの事は気にするな。この場では、いない者と同じだ」

「陛下。老害の戯言ざれごととして聞き流して頂きたいのですが、特定の人物のみを重用ちょうようするのは周りの反感を買いますぞ。しいては、反乱分子を生み出す種にもなりましょう」

 遠回しに同席しているアルバートを攻撃しているのか?

 確かに、アルバートは側近の中でも陛下の信頼は厚いだろう。ただ、近衛騎士の立場上、陛下の護衛についているのだから、常に行動を共にするのは当然の事だ。それぞれの能力や職務内容から側近と言っても、ほぼ陛下と顔を合わせない者もいる。適材適所、必ずしもアルバートだけが重用されている訳ではない事くらい、私でも分かる。

 陛下の右腕たる宰相が、その事を理解していないとは思えない。

 これは、遠回しにルドラを重用しろと圧力を掛けているのか?

 バレンシア公爵は、子供に関して無関心だと思っていたが……

「それは、俺に対する脅しか?」

「滅相もございません。ただ、贔屓ひいきが過ぎれば国が荒れる元となると忠告したまでです。アルバートは近衛騎士団長ですが、生家は侯爵家ゆえ。格上の公爵家を蔑ろにすれば、下に示しがつきません」

「つまり、公爵の息子を重用しろと?」

「ははは。そうは言っておりませんよ。陛下、勘繰り過ぎではございませんか」

 狐と狸の化かし合いが繰り広げられている王の間は、きっとブリザードが吹き荒れている事だろう。そんな所で傍観者でいる事を強いられているアルバートが気の毒で仕方ない。

 私なら、何か理由をつけて逃げ出している。

「まぁ、よい。そろそろ本題に入ろうではないか」

「左様ですな。本題とはアリシアの輿入れの事でございますね?」

「あぁ、そうだ。正確には、アリシア輿入れ後の公爵家の跡継ぎ問題についてだ。ルドラの出生の秘密を隠した上で、次期バレンシア公爵に指名する気があるのか、公爵の意志を聞いておきたい」

「正妃候補選定のおりに交わした密約でしたな。ティアナ様を正妃とする代わりに、ルドラの出生の秘密を黙認すると言うものでしたね」

 今、バレンシア公爵は何と言った?

 私を正妃にするために、陛下はバレンシア公爵と密約を結んだ。

 陛下は、アリシア様との結婚を望んでいたのでは無かったのか?

 まさか、陛下は私との結婚を望んでいた。

 そんな、まさか――

「あぁ。ティアナの輿入れを確実にするためにな」

「あの時は、陛下とアリシアにしてやられました。まさか、ルドラの出生をネタに強請ゆすられるとは思いもしなかった。上手く、系譜図を改ざん出来たと思っていたが、私もまだまだですな。それで、今回もアリシアと結託されましたか?」

「結託とは、また酷い言われようだな。公爵は、アリシアがかたくなに嫁入りを拒む理由を考えた事はないのか?」

「理由ですか?話しに成りませんな。高位貴族の娘が、家のために政略結婚をするのは当然の事かと。個人の感情で逃げ回るなど笑止千万ですな」

「そうか、公爵の認識はその程度と言う事か。なら聞くが、アリシアが輿入れをして、誰を次期バレンシア公爵とするのだ。まさか、アンドレなどと言うのではないだろうな」

「ははは、まさか。陛下もご存知ではありませんか。我が国の法律では、当主との血の繋がりの無い者は、後継ぎとは認められない。アンドレが、次期当主になど慣れる筈はない。ルドラもしかりですな」

「では、誰を次期当主とするのだ?アリシアが輿入れすれば、後継ぎとなれる子は誰もいなくなる。バレンシア公爵家は、爵位返上となるぞ」

「それこそおかしな話です。そもそもアリシアは爵位を継ぐ事が出来ませんよ。侯爵家より高位にいる貴族家は、男児しか後継ぎに出来ませんからな。バレンシア公爵家は、私の代で終わりです」

「公爵は、本当にそれで良いのか?バレンシア家は、我が国に二つしか存在しない公爵家であるのだぞ。貴族の均衡を保つ責務がある筈だ」

「だから何だと言うのです。あんな呪われた貴族家潰れた方が良いのですよ。次々と愛する者を失う苦しみ……もう、十分だ。陛下、どうかアリシアをよろしくお願い致します」

「ま、待て公爵!」

 扉が閉まる音と共に、王の間に沈黙が落ちる。

 足元から全てが崩れ落ちる感覚に襲われ、ひざまづくと次から次へと涙が溢れては頬を伝っていく。

 初めから全てが間違っていた。陛下は、ずっとティアナを望んでいてくれた。

 胸の鼓動が頭に響き、平常心ではいられなくなる。

 ずっと愛されていたのだろうか……

 震える手を顔へと持っていけば、流れ続ける涙が伝い、腕へと落ちていく。

ーー温かい。

 心を震わすほどの歓喜が、全身へと広がり震えが止まらない。

 ずっと憎まれていると思っていた。だから、ずっと避けられているのだと――

 いや、違う。

 頭の中で警鐘が鳴り響く。だまされては駄目だと。

 もし本当に愛されているのであれば、あんな態度取る筈ないのだ。あの冷たい目は、愛する者に向けられるものではない。

 急激に心が冷えていく。

 もう期待して、どん底に突き落とされたくはない。結婚式を思い出せ。過度な期待をして、どん底に突き落とされた日の事を。

 陛下は、政治的思惑から、私を娶る必要があったと言っているだけだ。当時は、隣国との小競り合いが続き、ルザンヌ侯爵家の立ち位置は、王家にとって無視出来ないほど大きなものだったのだから。

 腹に力を入れ立ち上がると涙を拭う。

 いつものティアナに戻るのよ。

「ティナ様、礼拝堂までお送り致します」

「アルバート様、ありがとうございます。よろしくお願い致しますね」

 狭い通路を先導して歩くアルバートに連れられ歩く。

 上手く笑えたかしら……



 
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