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前編
レオン陛下視点
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いったいアレは何なんだ。可愛い過ぎる……
機密文書保管庫で、ティアナに迫られてしまった。
あれは反則だ。あんなお願いの仕方をされたら何でも叶えてあげたくなってしまうではないか。
至近距離で見つめられて、可愛く『レオ様、お願い』なんて言われたら、『はい』以外の言葉など出るのか?絶対に無理だ。
両手を顔に当て深いため息を溢す。
ティアナは分かってやっているのか?無意識でやっているのであれば、それこそタチが悪い。
理性を総動員して、欲望を抑え込めたが普通の男なら間違いなく襲っている。それ程までに、あの上目遣いは強烈だった。
執務机に突っ伏し、何回目かのため息をつく俺に無情な一言が落ちる。
「陛下、気持ち悪いので平常運転にお戻りください」
「うっ……」
冷たい声に前を向けば、無表情のアルバートが立っていた。
「お前……居たのか」
「居たのかではありません。何回もノックしましたのに気づかない程、王妃様に夢中ですか。くれぐれも白昼堂々、襲わないように」
「うるさいぞ。それで何の用だ?」
「はぁぁ、何の用だじゃ有りませんよ。ご自分で指示しておいて、お忘れですか?正妃候補に関する資料を持ち出し、機密文書保管庫に置いた者を探し出せと仰ったのを」
「あぁ、そうであったな。それで、分かったのか?」
「誰が持ち出したかまでは分かりませんが、無くなった時期は判明致しました。ちょうど、側妃候補選定の夜会前後です。たまたま、その次期に地下保管庫の目録整理をしていたようで、その時には有った旨が記載されていました」
「やはり、そうか」
「えぇ。あまりにもタイミングが良過ぎると申しますか、上手く誘導されているとしか思えません」
「その地下保管庫整理の後にルドラが、訪れたという報告はないのだな?」
「はい。あの場に訪れる者は誰であれ記録が残るようになっていますので、あの警備を潜り抜け侵入するのは不可能かと」
だとすると、かなりの手練れがバレンシア公爵家についている事になる。いいや、正確にはルドラとアリシアについていると言っていい。機密文書保管庫でティアナを襲った刺客の身のこなし、アルバートが取り逃した事からも、王宮内を熟知した者だった可能性が高い。
「隣国がバレンシア侯爵家に接触した可能性はないのだな?」
「今のところは。ただ、あのような密書を送りつけて来るあたり、無関係ではないでしょう」
「あぁ、あの書簡か。亡命を計画している者がいるというアレか」
「はい」
数日前に、秘密裏に隣国から送り付けられた書簡には、アルザス王国のある貴族が、隣国への亡命を計画しているとの密告だった。隣国オルレアン王国の反乱分子と結託し、亡命を手助けする代わりにアルザス王国に揺さぶりをかける事件を起こし、二国間の国交を断絶させる布石とする計画を立てているというものだ。
「あの書簡の真偽は?」
「確かな筋からの書簡である事は確認しております」
「そうか」
だとすると、厄介な事態になるな。どの貴族家が亡命を企てているかは不明だが、だいたいの検討はついている。あのタイミングでアリシアが夜会に現れた時点で気づくべきであった。
ティアナの命が危険に晒されるのか?いや、何度も狙われているな。
アルザス王国に揺さぶりをかけるのに手っ取り早い方法は王族に危害を加える事だ。しかも、側妃問題が立ち上がった事で、ティアナの正妃としての立場はさらに危ういものへと落ちている。この状況で、ティアナに何か起これば、正妃としての資質を問われ、正妃の座から引きずり落とす動きに繋がる事は必至だ。さすれば、貴族家の勢力図が変わり、内乱を来たす恐れすらある。
その事を熟知している者ならば良いが、隣国との諍いがない今、我が国の中枢でティアナが居なくなる危険性に気づいている者が、どれ程いるのだろうか?
ここ一年で急激に平和ボケした奴等に、そんな危機感伝えた所で理解すら出来ないだろう。
早くに手を打たなかった自身の責任でもあるか……
「ルザンヌ侯爵家に動きはないのだな?」
「はい。オルレアン王国と接触した事実もありません」
しかめっ面を隠しもしなかった義父の顔を思い出し、深いため息を溢す。
ルザンヌ侯爵は、武人らしく忠義に厚い男だが、娘には甘い父親だ。隣国との緊迫状況が無ければ、ティアナとの結婚は許されてはいなかった。義父が、お飾り王妃と呼ばれる今のティアナの現状を知らない訳がないのだ。しかし、沈黙を保っている。それを信用されていると捉えるほど、馬鹿ではない。
隣国の小競り合いがない今、ルザンヌ侯爵家の立ち位置は低いとされているが、それは大きな間違いだ。今もなお、二大公爵家の次に影響力がある貴族家である事に変わりはない。
『ルザンヌ侯爵家が動く時、我が国は危機に立たされる』
それは、王族であれば誰しもが忘れてはならぬ言葉だった。いいや、昔は貴族家共通の認識でもあったのだが。
「ティアナのために、隣国との小競り合いを無くそうと苦心した事が裏目に出る日が来るとはな」
「自業自得です。だから、何度も忠告申し上げたのです。早く、ティアナ様に自身の気持ちを打ち明けた方がよいと。確かに、結婚当初は隣国との問題もありましたし、ティアナ様との関係修復を後回しにせざる負えなかったのは認めます。ただ、陛下の尽力のお陰で、ここ一年で我が国も大きく状況は好転しました。その機会に足踏みをしていたのは陛下自身です。いくらでもアプローチの仕方はあったと思いますがね」
「わかっている。全ては不甲斐ない俺が招いた事だ。何が起ころうとティアナだけは守る」
「はぁぁ。そうならない事を願いますが、陛下にもしもの事があればティアナ様の比ではない事もお忘れなく。それにしても、ティアナ様の行動力にも困ったものです」
「そうだな。今さら、アリシアとの接触はするなと言っても無理だろう」
「そうですね。相手の腹の中が真っ黒だとしても、表面上は真っ白な貴婦人ですから。こちら側が忠告した所で信用しないでしょう。警備の数を増やします」
「あぁ、頼む」
礼をし、部屋を退室して行くアルバートを見送り考える。
果たして、今回の騒動の本当の黒幕は誰なのかと?
機密文書保管庫で、ティアナに迫られてしまった。
あれは反則だ。あんなお願いの仕方をされたら何でも叶えてあげたくなってしまうではないか。
至近距離で見つめられて、可愛く『レオ様、お願い』なんて言われたら、『はい』以外の言葉など出るのか?絶対に無理だ。
両手を顔に当て深いため息を溢す。
ティアナは分かってやっているのか?無意識でやっているのであれば、それこそタチが悪い。
理性を総動員して、欲望を抑え込めたが普通の男なら間違いなく襲っている。それ程までに、あの上目遣いは強烈だった。
執務机に突っ伏し、何回目かのため息をつく俺に無情な一言が落ちる。
「陛下、気持ち悪いので平常運転にお戻りください」
「うっ……」
冷たい声に前を向けば、無表情のアルバートが立っていた。
「お前……居たのか」
「居たのかではありません。何回もノックしましたのに気づかない程、王妃様に夢中ですか。くれぐれも白昼堂々、襲わないように」
「うるさいぞ。それで何の用だ?」
「はぁぁ、何の用だじゃ有りませんよ。ご自分で指示しておいて、お忘れですか?正妃候補に関する資料を持ち出し、機密文書保管庫に置いた者を探し出せと仰ったのを」
「あぁ、そうであったな。それで、分かったのか?」
「誰が持ち出したかまでは分かりませんが、無くなった時期は判明致しました。ちょうど、側妃候補選定の夜会前後です。たまたま、その次期に地下保管庫の目録整理をしていたようで、その時には有った旨が記載されていました」
「やはり、そうか」
「えぇ。あまりにもタイミングが良過ぎると申しますか、上手く誘導されているとしか思えません」
「その地下保管庫整理の後にルドラが、訪れたという報告はないのだな?」
「はい。あの場に訪れる者は誰であれ記録が残るようになっていますので、あの警備を潜り抜け侵入するのは不可能かと」
だとすると、かなりの手練れがバレンシア公爵家についている事になる。いいや、正確にはルドラとアリシアについていると言っていい。機密文書保管庫でティアナを襲った刺客の身のこなし、アルバートが取り逃した事からも、王宮内を熟知した者だった可能性が高い。
「隣国がバレンシア侯爵家に接触した可能性はないのだな?」
「今のところは。ただ、あのような密書を送りつけて来るあたり、無関係ではないでしょう」
「あぁ、あの書簡か。亡命を計画している者がいるというアレか」
「はい」
数日前に、秘密裏に隣国から送り付けられた書簡には、アルザス王国のある貴族が、隣国への亡命を計画しているとの密告だった。隣国オルレアン王国の反乱分子と結託し、亡命を手助けする代わりにアルザス王国に揺さぶりをかける事件を起こし、二国間の国交を断絶させる布石とする計画を立てているというものだ。
「あの書簡の真偽は?」
「確かな筋からの書簡である事は確認しております」
「そうか」
だとすると、厄介な事態になるな。どの貴族家が亡命を企てているかは不明だが、だいたいの検討はついている。あのタイミングでアリシアが夜会に現れた時点で気づくべきであった。
ティアナの命が危険に晒されるのか?いや、何度も狙われているな。
アルザス王国に揺さぶりをかけるのに手っ取り早い方法は王族に危害を加える事だ。しかも、側妃問題が立ち上がった事で、ティアナの正妃としての立場はさらに危ういものへと落ちている。この状況で、ティアナに何か起これば、正妃としての資質を問われ、正妃の座から引きずり落とす動きに繋がる事は必至だ。さすれば、貴族家の勢力図が変わり、内乱を来たす恐れすらある。
その事を熟知している者ならば良いが、隣国との諍いがない今、我が国の中枢でティアナが居なくなる危険性に気づいている者が、どれ程いるのだろうか?
ここ一年で急激に平和ボケした奴等に、そんな危機感伝えた所で理解すら出来ないだろう。
早くに手を打たなかった自身の責任でもあるか……
「ルザンヌ侯爵家に動きはないのだな?」
「はい。オルレアン王国と接触した事実もありません」
しかめっ面を隠しもしなかった義父の顔を思い出し、深いため息を溢す。
ルザンヌ侯爵は、武人らしく忠義に厚い男だが、娘には甘い父親だ。隣国との緊迫状況が無ければ、ティアナとの結婚は許されてはいなかった。義父が、お飾り王妃と呼ばれる今のティアナの現状を知らない訳がないのだ。しかし、沈黙を保っている。それを信用されていると捉えるほど、馬鹿ではない。
隣国の小競り合いがない今、ルザンヌ侯爵家の立ち位置は低いとされているが、それは大きな間違いだ。今もなお、二大公爵家の次に影響力がある貴族家である事に変わりはない。
『ルザンヌ侯爵家が動く時、我が国は危機に立たされる』
それは、王族であれば誰しもが忘れてはならぬ言葉だった。いいや、昔は貴族家共通の認識でもあったのだが。
「ティアナのために、隣国との小競り合いを無くそうと苦心した事が裏目に出る日が来るとはな」
「自業自得です。だから、何度も忠告申し上げたのです。早く、ティアナ様に自身の気持ちを打ち明けた方がよいと。確かに、結婚当初は隣国との問題もありましたし、ティアナ様との関係修復を後回しにせざる負えなかったのは認めます。ただ、陛下の尽力のお陰で、ここ一年で我が国も大きく状況は好転しました。その機会に足踏みをしていたのは陛下自身です。いくらでもアプローチの仕方はあったと思いますがね」
「わかっている。全ては不甲斐ない俺が招いた事だ。何が起ころうとティアナだけは守る」
「はぁぁ。そうならない事を願いますが、陛下にもしもの事があればティアナ様の比ではない事もお忘れなく。それにしても、ティアナ様の行動力にも困ったものです」
「そうだな。今さら、アリシアとの接触はするなと言っても無理だろう」
「そうですね。相手の腹の中が真っ黒だとしても、表面上は真っ白な貴婦人ですから。こちら側が忠告した所で信用しないでしょう。警備の数を増やします」
「あぁ、頼む」
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