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前編

機密文書保管庫ふたたび

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 やはり、そうだったのね……

 ルアンナに手渡された乳母からの手紙を読みつつ、予想が的中していた事を知り、深いため息をこぼす。

 アリシア様は、バレンシア公爵と妹君サーシャ様との間に産まれた子。アリシア様の本当の母親は、サーシャ様だったのだ。

 乳母からの手紙には、胸の内に秘めていた真実をつずるに至った切ない胸の内が記されていた。この真実は、アリシア様にも告げずに墓まで持って行く決意をしていたが、バレンシア公爵家の現状とアリシア様の立場を知り、事態が好転する事を願い打ち明ける決心をしたと前置きが記されていた。

 王妃の名の元に手紙を書いた事が少なからず、乳母の心に何らかの影響を与えたのだろう。

 アリシア様が以前話していた内容が思い出される。

『父は、夢の中の住人なんです。夢の中の住人しか愛せない……』

 きっと、公爵は亡くなったサーシャ様の事を今でも愛しているのだろう。現実に生きる自身の娘をないがしろにしてまで、貫く愛の何と不毛な事か。はっきり言って、当主としても、父親としても失格だ。

 ただ、不思議でもある。アリシア様は、赤の他人が見間違えるほどに母であるサーシャ様に似ているのだ。愛する妹に瓜二つの娘を蔑ろにする理由がわからない。普通であれば、溺愛しそうなものだ。

 男心はさっぱり分からない。

 まぁ、公爵の気持ちなど考えていても仕方がない。そんな事よりもルドラ様との密約をどうするかだ。彼と約束した以上、アリシア様に陛下との結婚を納得してもらわねばならない。そして、彼女に『はい』と言わせるには、ルドラ様を次期公爵へと内定させる事が絶対条件だ。

 家族をかえりみない公爵を説得させる事など可能なのだろうか。

 あまりに困難な問題にため息しか出てこない。

 それに、最大の難関はミーシャ様とアンドレ様の暴挙を押さえ込むだけの弱味を握れるかどうかだ。

 公的文書には、ルドラ様とバレンシア公爵との間に血の繋がりがない事は記されていないが、その事実をミーシャ様が知らない訳がない。たとえ、公爵を説得してルドラ様を次期当主に出来たとしても、血の繋がりがない事を暴露されてしまえば、ルドラ様の次期当主内定は取り消される。そして、アンドレ様に当主の座が転がり込む事になるだろう。

 まぁ、あれだけ派手に散財しているのだ。叩けばホコリも出て来るに違いないが……

 果て、そもそもアンドレ様は、本当にバレンシア公爵の息子なのか?

 不意に浮かんだ疑問が、とても重要な気がしてくる。

 今でも死んだ妹を愛する公爵が、ミーシャ様と関係を持つのだろうか?実の娘であり、死んだ妹に瓜二つに成長したアリシア様ですら、蔑ろにするような男が、派手さだけが際立つミーシャ様とねやを共にするとは思えない。

 では、アンドレ様はいったい誰の子なのだ?

 もし、それが分かるとすれば、あの場所しかない。私は、ある目的の資料を探すために、私室を後にした。






「今度は何をそんなに必死に探しているのだ?」

 ズラッと並んだ書棚に背を預け、こちらに視線を投げる美丈夫を無視し、手元の資料に目を落とす。

 やっぱり無い……

 数ヶ月前までは、確かにココにあった資料が見当たらないのだ。

「レオ様が知っているかは分からないけど、機密文書保管庫に正妃候補に関する調査書があった筈なの。以前見つけた場所を何度も探しているし、他の所に無いかも見ているんだけど無いのよ。何か心当たりがないかしら?」

「あぁ、その資料か。もう此処にはないぞ。あるべき場所に戻っている」

「えっ⁈ そうなの?」

「あぁ。そもそも正妃に関する調査書など極秘中の極秘事項だ。こんなコソ泥が入れるような警備の甘い機密文書保管庫などに、本来ある筈ない」

「確かにそうよね」

 正妃候補の趣味嗜好から性格、果ては性癖まで調べられた調査書など極秘中の極秘事項だ。しかも、生家の財政や交友関係、派閥に至るまでありとあらゆる事柄が調べられ記載されている。そんな貴族家の内情が事細かに記された資料が万が一にも盗まれれば大事になる。場合によっては、国を揺るがす事態になる恐れだってあるのだ。

 そんな極秘資料が、どういう訳か泥棒ホイホイと化している機密文書保管庫にあった。ある意味、由々しき事態ではある。その極秘資料が、此処に有った事を知っている陛下が、それを放置する筈なかった。

「なんだ、その資料を見たいのか?」

「えっ?見せて頂けるのですか⁈」

「あっ……そうだな。陛下に掛け合ってみるから、ちょっと待て」

 そういえば、此処にいるのは近衛騎士レオ様だった。あの地下保管庫は、一介の騎士が勝手に出入り出来る場所ではない。陛下であれば二つ返事でOKだろうが、本人がバレていないと思い込んでいる以上、近衛騎士に変装している手前、そうすんなりOKは出せないと言ったところか。バレる危険性もある。

 あぁぁ、面倒臭い。

 ただ、あの資料は是が非にも見たい。ここは我慢だ。

「分かりました。いくらでも待ちます。ですので、どうか陛下に資料を見せてもらえるよう掛け合ってくださいませ。お願いします、レオ様」

 手を取り、至近距離から見上げれば僅かに頬を染めたレオ様が慌てて視線を逸らす。こんなやり取りも出来てしまう程の距離感が何だかくすぐったい。

 ノートン伯爵領から戻って来てから、さらに近づく距離感は、王と王妃の時の二人にも大きな影響を与えている。

 夜会でのファーストダンスもさる事ながら、日常的にもポツポツと会話が出来るまでになっていた。

 徐々に近づく距離感に期待している自身の気持ちにも気づいている。愛する妻とは成れなくとも、友の様な関係には成れるのではないかと。

 そんな途方もない夢を抱いてしまう。

 アリシア様が側妃として王宮入りするまでの間だけでも、夢を見たい……

 私の願いを叶えるため、部屋を出て行く陛下の背を見つめながら、心に宿る小さな夢を抱くように手を胸へと当てた。

 

 
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