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前編
乳母への手紙
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隠し部屋から脱出した私は、ルアンナの指示で全身くまなく洗われ、今夜の晩餐に向けナイトドレスへと着替えを済ませていた。
本宅で行われる晩餐に、お飾り王妃が呼ばれる事はなく、この別邸での夕食となる旨は、すでにルアンナから聞いている。ただ、アルバートの言っていたように、この晩餐の席にルドラが現れるかは、伝えられていない。
まぁ、あの側近が言う事であれば、間違いはないのだろう。こちらとしても、そろそろ決着をつけたいところではある。
アリシア様が、全てを知り、その上で誰を選ぶかは、天のみぞ知るか。
全てに決着をつけるためにもアリシア様の出児は、はっきりさせておく必要がある。
それを知っているであろう人物へと手紙をしたためる。
王妃の名が、どこまで通用するかは分からないが、無碍にはしないだろう。
「ティアナ様、お呼びとの事ですが」
「ルアンナ、ごめんなさいね。貴方も人手が足りず忙しいでしょうに呼び出してしまって」
「ティアナ様はそんな些末な事、気になさりませんように。全ての元凶は、あのレオン陛下ですから!あのへタレめ」
「ヘタレ⁈」
「あぁぁ、何でもございません」
先ほどからルアンナの陛下に対する言動が不穏なのだが、気のせいだろうか。隠し部屋でも、言い合いをしていたような。
いつから、二人はあんな言い合いをする仲へとなったのだろうか?しかも、若干お互いを嫌っている節がある。
あまり深入りすると、こちらも被害を被りそうだ。
ルアンナが陛下への不敬で処罰を受けない事を心の中で祈り、これ以上の詮索はしない事にした。
「実はね、ルアンナにお願いしたい事があるの」
「お願いでございますか⁈」
「えぇ」
明らかに動揺しているルアンナを見つめ、前科があるだけに受け入れられるか心配になってくる。ただ、このお願いは一番信頼のおける彼女にしか出来ない。敵地から、信頼出来る者を離脱させるのは、大きな痛手だが背に腹は変えられない。
「ルアンナにしか頼めない事なの」
「……しかし、えっと……」
「話だけでも聞いてくれないかしら?ルアンナにお願いしたいのは、この手紙をある人物に渡し、返事をもらって来てもらいたいの」
手に持っていた手紙をルアンナに手渡す。
「こ、これは、正式な王妃様からの手紙に見えますが、いったい誰にお渡しになるのですか?」
「アリシア様の乳母にあたる人物よ。その人に、手紙を直接お渡しして、返事を貰ってきて欲しいの」
「王妃様の名を使ってまで、お出しになる手紙だなんて。しかも、高位貴族ではなく乳母への手紙ですか?」
ルアンナの疑問も尤もだ。
「まだ、封はしていないわ。中を見てちょうだい」
許可を得て、ルアンナが手紙を読み始める。
「アリシア様の出児ですか……
こちらに書かれている事が真実であるとするなら、大スキャンダルになりますよ」
「そうね。ただ、私の考えが正しければ、全ての謎が解ける気がするのよ。バレンシア公爵家の闇をね。オリビア様の死の真相も、オリビア様と公爵の妹君サーシャ様との関係、そして公爵とサーシャ様の本当の関係もね」
「ティアナ様は、その真実を知ってどうなさるおつもりですか?」
「どうする?……私は何もしないわ。依頼主であるアリシア様に真実を告げるだけよ。それを聞いて決断するのは、アリシア様よ」
陛下を取るか、それともルドラ様への愛をつらぬくのか、決めるのは彼女だ。
「ティアナ様、こう言っては何ですが、これが真実であるとするなら、この事を公にしようとは思われないのですか?真実が明かされれば、必然的にアリシア様の側妃内定は取り下げられるでしょう。ティアナ様が、この先肩身の狭い思いをなさる事もなくなります」
「確かに、真実が公になればアリシア様の嫁入りはなくなるでしょうね。ただね、私は今回の側妃問題でアリシア様や陛下と接していて、二人が結ばれ幸せになるのが一番ではないかと思うのよ」
「ティアナ様、陛下とアリシア様が結ばれれば良いとお考えなのですか?ご自身の立場がさらに悪くなろうとも」
「えぇ。アリシア様が陛下を愛していないとしても、陛下は彼女の事を心の底から愛しているわ。アリシア様との結婚を邪魔した私の事を憎むほどにね」
「いやぁ……それは、大きな誤解と申しますか」
「誤解?」
「いいえ。何でもありません」
目の前に立つルアンナの視線が、明後日の方向へと逸れるが気にしない。彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。
「まぁ、いいわ。つまりね、愛の力は偉大なのよ。人を憎み続けるのは大変な事よ。その力を、側妃となるアリシア様に向けられた時、どんな事が起きるのかしらね。アリシア様のために力を注ぐ、陛下を彼女が見たとき、ルドラ様への想いを断ち切る決断をするかもしれないじゃない。兄を愛する事ほど不毛な事はないわ」
「しかし、これが真実であるならアリシア様はルドラ様との愛を取るのではございませんか?」
「そうね。アリシア様の愛が深ければ深いほど、ルドラ様との愛を取るでしょうね。そうなった時、失恋した陛下の暴走を止められるのは、王妃である私にしか出来ない。お飾りといえども、王妃の権限が無くなった訳ではないから。どんな事をしても、陛下から、二人を守り抜かねばならない」
「……はは……そんな事には絶対なりませんね。ティアナ様が出奔でもしない限りは」
「えっ?私が出奔?アリシア様ではなくって?」
さっきからルアンナは、何を言っているんだ?私が逃げたところで、陛下が暴走する訳ないのに。
妙に話が噛み合わない。
「あぁ、何でもございません。兎に角、アリシア様の出児が分かろうが、彼女がルドラ様を選ぼうが、陛下が暴走する事は万が一にもございませんので、ご心配はご無用です」
「……そんなものかしら?」
「はい。それよりも、ティアナ様は今後の陛下の同行にお気をつけください。暴走した獣を止めるのは至難の技です」
やっぱりルアンナの陛下に対する物言いに棘があるように感じるのは、気のせいではないらしい。
何とも不思議な感覚なのだが、何となく陛下を擁護したくなってしまうのはどうしてだろうか?
自身にも説明出来ない感情に戸惑い、早々にこの話を打ち切ることにした。
「陛下の事は、ひとまず置いておくとして、ルアンナは、アリシア様の乳母に手紙を渡してくれるのかしら?」
「そうですね。内容が内容なだけに、わたくし以外の者に託すのは、逆に危険かもしれませんね。しかし、ティアナ様をこんな敵地に残すのも、心配でしかありませんが」
「大丈夫よ。バレンシア公爵家も、こんな所で仕掛けて来ないでしょ」
「そうですか、分かりました。では、わたくしが、必ず手紙をお渡しし、返事を貰って来ます」
「お願いね、ルアンナ」
「ただし、くれぐれも無茶はしませんように。ティアナ様には前科がございますから。まぁ、陛下とアルバート様がいらっしゃれば、万が一も起こらないと思いますが、気をつけるに越した事はありません」
陛下とアルバート様が居ようと、危険性に変わりはないように思うが、拳を握り力説しているルアンナには、何を言っても聞く耳持たないだろう。
画して、ルアンナに託された手紙はアリシア様の乳母へと渡り、今後に大きな影響を与える真実をティアナへもたらす事となる。
本宅で行われる晩餐に、お飾り王妃が呼ばれる事はなく、この別邸での夕食となる旨は、すでにルアンナから聞いている。ただ、アルバートの言っていたように、この晩餐の席にルドラが現れるかは、伝えられていない。
まぁ、あの側近が言う事であれば、間違いはないのだろう。こちらとしても、そろそろ決着をつけたいところではある。
アリシア様が、全てを知り、その上で誰を選ぶかは、天のみぞ知るか。
全てに決着をつけるためにもアリシア様の出児は、はっきりさせておく必要がある。
それを知っているであろう人物へと手紙をしたためる。
王妃の名が、どこまで通用するかは分からないが、無碍にはしないだろう。
「ティアナ様、お呼びとの事ですが」
「ルアンナ、ごめんなさいね。貴方も人手が足りず忙しいでしょうに呼び出してしまって」
「ティアナ様はそんな些末な事、気になさりませんように。全ての元凶は、あのレオン陛下ですから!あのへタレめ」
「ヘタレ⁈」
「あぁぁ、何でもございません」
先ほどからルアンナの陛下に対する言動が不穏なのだが、気のせいだろうか。隠し部屋でも、言い合いをしていたような。
いつから、二人はあんな言い合いをする仲へとなったのだろうか?しかも、若干お互いを嫌っている節がある。
あまり深入りすると、こちらも被害を被りそうだ。
ルアンナが陛下への不敬で処罰を受けない事を心の中で祈り、これ以上の詮索はしない事にした。
「実はね、ルアンナにお願いしたい事があるの」
「お願いでございますか⁈」
「えぇ」
明らかに動揺しているルアンナを見つめ、前科があるだけに受け入れられるか心配になってくる。ただ、このお願いは一番信頼のおける彼女にしか出来ない。敵地から、信頼出来る者を離脱させるのは、大きな痛手だが背に腹は変えられない。
「ルアンナにしか頼めない事なの」
「……しかし、えっと……」
「話だけでも聞いてくれないかしら?ルアンナにお願いしたいのは、この手紙をある人物に渡し、返事をもらって来てもらいたいの」
手に持っていた手紙をルアンナに手渡す。
「こ、これは、正式な王妃様からの手紙に見えますが、いったい誰にお渡しになるのですか?」
「アリシア様の乳母にあたる人物よ。その人に、手紙を直接お渡しして、返事を貰ってきて欲しいの」
「王妃様の名を使ってまで、お出しになる手紙だなんて。しかも、高位貴族ではなく乳母への手紙ですか?」
ルアンナの疑問も尤もだ。
「まだ、封はしていないわ。中を見てちょうだい」
許可を得て、ルアンナが手紙を読み始める。
「アリシア様の出児ですか……
こちらに書かれている事が真実であるとするなら、大スキャンダルになりますよ」
「そうね。ただ、私の考えが正しければ、全ての謎が解ける気がするのよ。バレンシア公爵家の闇をね。オリビア様の死の真相も、オリビア様と公爵の妹君サーシャ様との関係、そして公爵とサーシャ様の本当の関係もね」
「ティアナ様は、その真実を知ってどうなさるおつもりですか?」
「どうする?……私は何もしないわ。依頼主であるアリシア様に真実を告げるだけよ。それを聞いて決断するのは、アリシア様よ」
陛下を取るか、それともルドラ様への愛をつらぬくのか、決めるのは彼女だ。
「ティアナ様、こう言っては何ですが、これが真実であるとするなら、この事を公にしようとは思われないのですか?真実が明かされれば、必然的にアリシア様の側妃内定は取り下げられるでしょう。ティアナ様が、この先肩身の狭い思いをなさる事もなくなります」
「確かに、真実が公になればアリシア様の嫁入りはなくなるでしょうね。ただね、私は今回の側妃問題でアリシア様や陛下と接していて、二人が結ばれ幸せになるのが一番ではないかと思うのよ」
「ティアナ様、陛下とアリシア様が結ばれれば良いとお考えなのですか?ご自身の立場がさらに悪くなろうとも」
「えぇ。アリシア様が陛下を愛していないとしても、陛下は彼女の事を心の底から愛しているわ。アリシア様との結婚を邪魔した私の事を憎むほどにね」
「いやぁ……それは、大きな誤解と申しますか」
「誤解?」
「いいえ。何でもありません」
目の前に立つルアンナの視線が、明後日の方向へと逸れるが気にしない。彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。
「まぁ、いいわ。つまりね、愛の力は偉大なのよ。人を憎み続けるのは大変な事よ。その力を、側妃となるアリシア様に向けられた時、どんな事が起きるのかしらね。アリシア様のために力を注ぐ、陛下を彼女が見たとき、ルドラ様への想いを断ち切る決断をするかもしれないじゃない。兄を愛する事ほど不毛な事はないわ」
「しかし、これが真実であるならアリシア様はルドラ様との愛を取るのではございませんか?」
「そうね。アリシア様の愛が深ければ深いほど、ルドラ様との愛を取るでしょうね。そうなった時、失恋した陛下の暴走を止められるのは、王妃である私にしか出来ない。お飾りといえども、王妃の権限が無くなった訳ではないから。どんな事をしても、陛下から、二人を守り抜かねばならない」
「……はは……そんな事には絶対なりませんね。ティアナ様が出奔でもしない限りは」
「えっ?私が出奔?アリシア様ではなくって?」
さっきからルアンナは、何を言っているんだ?私が逃げたところで、陛下が暴走する訳ないのに。
妙に話が噛み合わない。
「あぁ、何でもございません。兎に角、アリシア様の出児が分かろうが、彼女がルドラ様を選ぼうが、陛下が暴走する事は万が一にもございませんので、ご心配はご無用です」
「……そんなものかしら?」
「はい。それよりも、ティアナ様は今後の陛下の同行にお気をつけください。暴走した獣を止めるのは至難の技です」
やっぱりルアンナの陛下に対する物言いに棘があるように感じるのは、気のせいではないらしい。
何とも不思議な感覚なのだが、何となく陛下を擁護したくなってしまうのはどうしてだろうか?
自身にも説明出来ない感情に戸惑い、早々にこの話を打ち切ることにした。
「陛下の事は、ひとまず置いておくとして、ルアンナは、アリシア様の乳母に手紙を渡してくれるのかしら?」
「そうですね。内容が内容なだけに、わたくし以外の者に託すのは、逆に危険かもしれませんね。しかし、ティアナ様をこんな敵地に残すのも、心配でしかありませんが」
「大丈夫よ。バレンシア公爵家も、こんな所で仕掛けて来ないでしょ」
「そうですか、分かりました。では、わたくしが、必ず手紙をお渡しし、返事を貰って来ます」
「お願いね、ルアンナ」
「ただし、くれぐれも無茶はしませんように。ティアナ様には前科がございますから。まぁ、陛下とアルバート様がいらっしゃれば、万が一も起こらないと思いますが、気をつけるに越した事はありません」
陛下とアルバート様が居ようと、危険性に変わりはないように思うが、拳を握り力説しているルアンナには、何を言っても聞く耳持たないだろう。
画して、ルアンナに託された手紙はアリシア様の乳母へと渡り、今後に大きな影響を与える真実をティアナへもたらす事となる。
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