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前編

レオン陛下視点

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「失礼しますよ。例の店主についてご報告があります」

 金細工のペンダントトップに収まり手元に戻ってきた星のカケラを見つめ物思いに耽っていた俺は、扉を開け入って来たアルバートの声に我に返えった。

「例の店主か。何か分かったのか?」

「死にましたよ」

「死んだ⁈ どういう事だ?」

「どうやら、ゴロツキに襲われたようです。店内が荒らされていたようですし、物取りか何かの仕業かと」

「そうか。やはり、あの伝承は真実であるのだな」

「まぁ、偶然と言ってしまえばそれまでですが、こうも偶然が重なれば、迷信と言い切るにはちょっと。星のカケラには何らかの力があるのでしょうね」

 手元で青く輝く石を見つめ深いため息をこぼす。

ーー魔除けの石……

 星のカケラは昔から魔除けの石と呼ばれて来た。持ち主の魔をはらい、幸運をもたらす石と。ただ、それは一般的な伝承に過ぎない。

 王家所蔵の星のカケラの持つ意味合いは、全く違う。

『その時代の為政者の栄華を保証する石』

 そして、その星のカケラを持つ事を許されるのは七色の光を見出す事の出来た者のみ。

 だからこそ、王家は七色の光を見出した乙女を花嫁として娶った。その影で多くの女性が犠牲になったのは言うまでもない。

 過去を遡れば、この石の恐ろしさは十分に理解出来る。

 あの店主が死んだのなら、この石を盗み出したのもあの店主だったのだろう。

 所有者の人生を破滅へといざなう石など、魔除けの石ではなく、呪いの石ではないか。

 真の所有者以外には、不幸をもたらす石など、消えて無くなれば良いと思うが、この石を失う事で起きる損失は計り知れない。

 この石の持つ伝承に踊らされ盗みに入った憐れな者達の末路と同じように、星のカケラを失った王家に訪れる悲劇の数々。王家の歴史を調べれば調べるほど、あの石を失った時代の王の末路は悲惨を極める。

『栄華を保証する石』を失えば、待つのは零落のみ。時の為政者が、絶対に死守せねばならない秘宝であったのは間違いない。

「本当に厄介な石が戻って来たものだ」

「そんな厄介な石を愛する王妃様にプレゼントなさった陛下もどうかと思いますが」

「俺もどうかしていると思う。ただ、星祭りの夜に、たまたま入った店で数十年前に失われた王家の秘宝をティアナが見つけるなど、ただの偶然だと言い切るには無理があるだろう。しかも、ティアナは、七色の光を見出している」

「王妃様は、七色の光が見えたのですか?それは、また……」

「本人が、見えると言っていたから間違いない」

「では、王妃様が星のカケラの継承者という事になりますね。では、あの扉の存在もお伝えになるのですか?」

「いいや、話すつもりはない。ティアナを危険に晒してまで、欲しい力などない」

「そうですか。陛下は、過去の欲にまみれた王達とは違う道を選ぶのですね」

「あぁ。世界を統べる力など、ティアナの命に比べればゴミカスのようなモノだよ」

「ははは、陛下らしいですね。世界を手に入れたいなら迷信めいた力に頼らず、自力でとは」

「おいおい、誰も世界を手に入れたいなど考えておらんわ」

「いやいや、貴方様が本気になれば可能かもしれませんよ。あの好戦的な隣国との国交成立など不可能だと思ってましたから。王妃様の憂いを少しでも取り除くため裏でだいぶ画策してましたよね?ルザンヌ侯爵家の武の力が、いくら優秀でも、隣国から何度も仕掛けられていた当時、被害は想像以上に大きかったですから。陛下が動かなければ、今国境がどうなっていたか分かりません」

「アルバートは、当時のルザンヌ侯爵領を知る一人でもあったな」

「えぇ。王命でルザンヌ侯爵領へ派遣された国軍にいましたからね」

 確かに、ティアナを娶った当時、ルザンヌ侯爵領での小競り合いは激しさを増していた。しかも、急激に軍事力を増した隣国をルザンヌ侯爵家だけで抑え込むには限界を迎えていたのも事実だった。

 最後までティアナを娶る事に難色を示していたルザンヌ侯爵が了承したのも、彼女を戦火から逃すためだったのだろうと今では考えている。それ程までに、あの時のルザンヌ侯爵領は緊迫していたのだ。

 もし、あの時、隣国との交渉に心血を注がねば我が国の今は、なかったかもしれない。ただ、その陰で内政を疎かにしたツケが今巡って来ている。

 全ては不甲斐ない自分が招いた事。

「あぁ、それにしても……
本当、王妃様への愛がこんなに深いのに、本人には全く伝わらない悲しさ。陛下が不憫ふびんでなりませんねぇ。しかも未だに正体を明かさないだなんて悪手にも程がある」

「うるさいぞ!アルバート」

 ちっ!星祭りの夜、勝手に馬車を飛び出した事、まだ根に持ってやがる。

 アルバートの静止を振り切り、ティアナと共に星祭りに参加したのは自分の意思だ。結果、警備にあたっていた者達に、多大な負担をかけてしまった。何事も無かったから良かったものの、一歩間違えれば大変な事態に陥入る可能性もあった。王宮に戻るなり、アルバートの怒りが炸裂しても仕方がない事を仕出かした自覚もある。

 ただ、後悔はしていない。

 あの時、馬車を出る選択をしていなければティアナとの距離が縮まる事は無かっただろう。

 恥ずかしそうに俯くティアナや顔を赤らめ瞳を見開くティアナ。そして、あんなに嬉しそうに笑うティアナを見る事は出来なかった。

 だからこそ怖い……

 あの笑顔は、俺に向けられたモノではない。近衛騎士レオに向けられた笑顔。

 愛されてはいない。それだけの過ちを犯して来たのだから……

 ひとつ大きなため息をつき、手元にある星のカケラを見つめる。

 帰りの馬車の中で、古びたペンダントトップを直す名目で星のカケラを取り上げた時の彼女の残念そうに歪められた顔を思い出す。よほど、この石を気に入ったのだろう。

 金細工のペンダントトップに収められた星のカケラを見た時、ティアナはどんな顔をするだろうか?

 気に入ってくれるだろうか?

 彼女の笑顔を思い出すだけで、胸が温かくなる。

 星のカケラの正当な継承者がティアナであるなら、この石は必ず彼女を守ってくれる。

 今後、起きるであろう事を考えれば、彼女を守ってくれるモノであれば、何であれ利用する。たとえそれが、呪いの石と呼ばれるほどの力を秘める曰くつきの石だろうとだ。

ーーはぁぁ。本当、ティアナの行動力にも困ったものだ。

 あの調子では、自ら進んで危険に飛び込んで行くに違いない。

 変装のための大きな眼鏡をかけ、頬にそばかすを描いた侍女の姿を思い出し苦笑いが込み上げる。

 王宮の奥で大人しく居てくれたらと願う反面、突拍子もない行動を起こす侍女姿の彼女を好ましく感じている自分もいる。

 そういえば、ティアナとの出会いは、彼女が木から降って来たのが最初であったな。

 美しく着飾ったティアナも侍女姿で走り回るティアナも、どちらのティアナも愛しく想う。

 ティアナは運命なのだ。

 だからこそ、彼女を失う事だけは出来ない。

「アルバート、バレンシア公爵家の動向で何か変わった事はないか?」

「今のところ動きは有りません」

「そうか……」

 王妃選びの時はアリシアの協力で、バレンシア公爵を黙らせる事に成功した。ルドラとの血の繋がりが無いなど、優秀な人材を跡継ぎへと考えていた公爵にとっては、知られる訳にはいかない秘密であろう。それを隠蔽いんぺいする代わりに、ティアナを王妃とする事に同意させた。

 ただ、今は状況が違う。前回と同じ理由でバレンシア公爵を抑えるのは難しい。しかも、ルドラが裏で暗躍していると考えると厄介だ。

 バレンシア公爵家の闇かぁ……

 大昔に聞いた、ある噂が脳裏を掠める。

 あの家の呪いなのだろうか?

 またも、兄妹愛とはーー

 
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