お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来

文字の大きさ
上 下
21 / 99
前編

残酷な運命

しおりを挟む
「アリシア様、ルドラ様とはオリビア様の死についてお話しされた事はありませんの?」

「はい。一度、聞いた事はあったのですが……
兄は、母の事を恨んでいるのだと思います」

「恨んでいる?えっと、ルドラ様はオリビア様の実子でいらっしゃいますよね。恨んでいるとは、またどうして」

「わたくしにも理由は分かりません。ただ、兄の言動は母を恨んでいるとしか思えない。わたくしが母の死に疑問を持った時、死に際の母の様子を聞いた事がありました。『母の事は忘れろ』とだけ、言い捨て立ち去る兄の背は震えているように見えました。あの時の兄は、怒りの感情を必至で抑えていたのだと思うのです」

 オリビア様がご健全の頃は、親子仲は悪くなかったとアリシア様は言っていた。ルドラ様が母親を憎むようになったのは、オリビア様が亡くなられて以降。

 運命とは、時に残酷なさだめを人に背負わせる。

 オリビア様が死ななければ、バレンシア公爵家には今でも幸せな時が流れていたのかもしれない。

 ミーシャ様が後妻に入る事もなく、ルドラ様もアリシア様も辛い日々を送る未来もなかっただろう。そして、ルドラ様がアリシア様を愛する事もなかった。

 アリシア様を愛したところで報われない運命。

 愛が深ければ深いほど、アリシア様との血の繋がりを憎んだことだろう。そして、過酷な運命へと兄妹を落とした母を恨んだ事だろう。

 亡者にしか憎しみをぶつけられなかったルドラ様の想いが胸を締めつける。

「運命とは、時に残酷です。まだ幼かったルドラ様にとって、母君の死は受け入れ難いほどの苦難を与えたのでしょう」

「そうですね。兄はわたくしをかばうのに必死でしたから。母が亡くなって以降、私の味方は兄しかいませんでした。わたくしにとっては、兄が全てでした。それは今でも変わりません。だからこそ、兄をあの家へ一人残して行く事は出来ないのです」

 愛し愛され、相手を想い、すれ違っていく。

 この兄妹をどうにか助けたいと思うが、血の繋がりばかりはどうにも出来ない。私に出来るのは、バレンシア公爵家の闇を暴き、アリシア様の憂いを少しでも取り除く事だ。さすれば、彼女の気持ちも少しずつ変わって行くかもしれない。兄への不毛な愛を捨て、明るい未来へと。

「アリシア様。では、ルドラ様にオリビア様の事を聞くのは無理として、当時を知る使用人の方とは連絡が取れませんか?」

「今でも手紙のやり取りをしているのは、乳母だけです」

「乳母というのは、一時預けられていた家の夫人ですか?」

「ティナ様はご存知なのですね。わたくしの乳母は、バレンシア公爵家の執事をしていた男の妻です。生まれてすぐ、乳母の家に預けられましたので、わたくしにとっては、第二の母のような存在です。公爵家に戻されてからも侍女として、母が亡くなるまで、わたくしの側に居てくれました」

「その方とお話しさせて頂く事は出来ますか?」

「しばらく会っておりませんが連絡を取ってみます」





ーーすっかり暗くなってしまった。

 アリシア様を見送り、外へと出ると辺りは夕闇に包まれていた。急ぎ、乗って来た馬車へと向かい扉を開けると、案の定レオン陛下が腕を組み座っているではないか。

「レオ様、遅くなりまして申し訳ありません。暗くなりましたし、先にお帰り頂いてもよろしかったのに」

「何を言う。俺は、ティナの護衛を陛下から仰せつかっているのだぞ。先に帰る訳ないだろう!」

 はいはい。その猿芝居をこのままお続けになられるのですね、陛下。なら私も付き合う他ない。

「そうでしたね。レオン陛下の勅命でした。では、直ぐに帰りましょう」

 陛下の帰りが遅いと気に病んでいるであろう側近の方達のためにも、さっさと帰るべきだ。

 向かいの席へと腰掛けるとゆっくりと馬車が動き出した。




 ガラガラと響く車輪の音が耳につくほどの静けさが車内を包む。

 アリシア様との密会を済ませ、館を馬車が出発してから、どれくらいの時間が過ぎただろう?

 窓のない車内では、外の様子も分からず時間の間隔が麻痺してくる。しかも、先程から目をつむり沈黙を保つ彼の存在が気になり過ぎて落ち着かない。

 アリシア様との会話を何処ぞで盗み聞いていたであろう陛下は、今何を考えているのか?

 少なからずショックを受けているに違いない。

 やっと愛する女性との婚約が決まり有頂天になっていた陛下にとって、アリシア様の告白は衝撃的過ぎる。

 陛下とは結婚したくないだもんなぁ……

「レオ様。アリシア様との会話は、陛下へお伝えするおつもりですか?」

「アリシアが話していた内容か?俺は、お前の護衛についていただけで何も聴いていないが」

 嘘ばっかり。聴こえていない訳がない。

「では、聴こえていなかったとして。ここには侍女と近衛騎士様しかおりません。ここでの会話は二人だけの秘密です」

「ほぉう。二人だけの秘密と」

「はい。ですので、レオ様の率直な意見を聞きとうございます。アリシア様のお話、どう思われましたか?」

「どうと言われてもなぁぁ。難しい問題だとしか言えんだろう。ルドラが次期公爵になるには、法律を変える以外はないしな。俺も世襲制の意味の無さは十分に理解しているが、頭の固いジジイ共が上層に居座っている段階では法律を変えるのは難しい。だとすると、アリシアの希望を叶えるのは至難の技と言えよう。あとは、バレンシア公爵家の闇を暴く事くらいしか出来る事はないな」

 やはり法律を変えてまで、アリシア様の憂いを払う事はしないか。まぁ、アリシア様が側妃候補になった時点で、陛下にとっては彼女を手に入れたも当然だ。たとえ、彼女の心が陛下にないと知っても、強引に手に入れる事は可能だ。危惧する最悪な方向へと話が進んでいるようで嫌になる。

「では、仮にの話を致しますが、レオ様にも愛する女性がいらっしゃいますよね。その方には、他に愛する男性がいるとします」

「はっ⁈ お前には、愛する男がいるのか⁈」

 慌てた様子で身を乗り出したレオ様に掴まれた肩が痛い。

「はぁ⁇ レオ様、落ち着いてください。仮にのお話です。貴方様の愛する女性に、他に想い人がいるかなんて知りません。もう!最後まで話を聞いてください」

「あぁぁ、すまん」

 やっと放してくれた肩をさすり、深いため息をつく。

 貴方の愛するアリシア様は、ルドラ様を愛していますがね。

 そんな分かりきった事、毛頭教えるつもりはない。あとで知って、思い悩めばよろしい。

「続きを話してもよろしいですか?もし仮に、その愛する女性が、自身の気持ちを隠して、仕方なくレオ様と婚約する事になったとします。もし、レオ様がその事実に気づいたら、貴方様はどうされますか?それを知ってなお、強引に手に入れようとなさりますか?」

「わからん。ただ、諦める選択だけはしない。歩み寄る努力はするだろう。彼女の気持ちを聞き、歩み寄る努力をして来なかったからこそ、今の不毛な関係に陥ってしまったんだ。同じ過ちは繰り返さない」

「強引に手に入れる事で、愛する女性が不幸になるとは思いませんの?」

 無表情だった陛下の顔が僅かに歪む。

「確かに不幸にするかもしれない。ただ、諦める選択だけは出来ない」

「そうですか……」

 近い将来、身をていして陛下の暴挙を止めねばならない時が来る。

 お飾り王妃と言えども、この国の王妃なのだ。

 王妃として、そして陛下の妻として、不幸な女性をこれ以上増やす訳にはいかない。

 そんなの、ただの偽善だ……

 胸に巣食うモヤモヤは果たして誰に対する嫉妬なのだろうか?

 

 



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...