お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来

文字の大きさ
上 下
3 / 99
前編

手紙

しおりを挟む
 あらっ?この手紙……

 毎朝の日課である、手紙の開封作業をお気に入りのソファに腰掛けしている時だった。

 濃いブルーの封筒の表書きに書かれた文字を見つめ、眉間にシワが寄る。

 流麗りゅうれいなタッチで記された『王妃の間の侍女様へ』という表書き。特に決めた訳ではないが、依頼の手紙にはいくつかの共通点があった。

 ブルーの封筒で、表書きに『王妃の間の侍女様へ』と記す事。

 恋の相談を王妃の間の誰が請け負っているのかわからない状況下で、編み出された依頼者側の苦肉の策が、いつの間にか広まり、今ではこの方法を使わないと取り継ぎ不可と思われているらしい。

 自分的には、可愛い花柄の封筒だろうが、真っ白無地の封筒だろうが、何でもいいと思っているが、ルアンナいわく、依頼の手紙と別の手紙を区別するのにちょうど良いのだとか。

 手に持った手紙には、何も不審なところはない。

 依頼の手紙の作法にのっとり、ブルーの封筒に表書きも他の手紙と全く同じである。ただ、頭のどこかで何かが引っかかる。

 それに、何故かこの手紙だけ開封されていない。

 本来であれば、私の手に渡る前にルアンナなり、侍女の皆さん達なりが、手紙を開封し内容を吟味した上で、私の手元に手紙を届けてくれる。

 もちろん手に持った手紙以外は、全て開封済みで、テーブルの上に置かれていた。

 王妃という立場上、お飾りといえども、危険とは常に隣り合わせの生活をしている。身の安全を確保するためにも、匿名での手紙には慎重にならざる負えない。

 王妃の間での恋愛相談を受けると決めた時、ルアンナに手紙を精査する役目だけは譲れないと諭された。

 彼女曰く、お飾りと言われようと王妃様に何かあれば国が荒れるのだとか。内心、大袈裟なぁ~と思っていたが、侍女頭の立場であるが故に見える事もあるのだろう。

 だから、この手紙が彼女達の目をすり抜けて、未開封のまま手元にあるのは、どう考えてもおかしい。

 見落とした?

 彼女達に限ってそれはない。

 じゃあ、どうして未開封のままなのだ?

 表書きの流麗な文字を見つめていると、唐突に思い出す。

 この文字って……ま、まさか……

 ガバッとソファから立ち上がると慌ててチェストへと駆け寄る。

 震える手を抑え、鍵つきの引き出しを開け中をガサゴソと漁る。こんな姿、ルアンナに見られたら、またお小言を言われかねないが、そんな事に構っていられる余裕などない。

 まさか、まさか、まさか……

 引き出しの一番奥に仕舞い込んだ古びた手紙を引っ張り出し、手に持ったブルーの封筒と見比べる。

 やっぱり……

 二つの手紙を見比べれば、見比べるほど筆跡が似ているように感じる。スペルのハネが丸くなる感じとか、文字の角が右上がりになるところだとか。少しクセのある文字を見つめ、鼓動が早くなる。

 少し色褪せた手紙を見つめ、切なさで胸が締めつけられた。

 とうの昔に封印したはずなのに……


「ティアナ様、どうされましたか?」

「ルアンナを呼んでもらえるかしら?」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 礼をして、侍女の間を退室して行く彼女を見送り、私室へと戻る。

 窓際に置かれたソファへかけると、深い深いため息を吐き出し目を閉じた。



「ルアンナ、この手紙の事だけど……」

「そちらの手紙が何か?」

 私室へ入って来たルアンナに開口一番、手に持った手紙について聞いた訳だが、僅かに片眉を動かしただけで、無表情を取り繕った彼女を見てため息をこぼす。

 すっとボケるつもりらしい。

「ルアンナ、貴方も気づいているのではなくって?この手紙の送り主が陛下かもしれないと」

「へ、陛下でございますか?」

「えぇ。侍女頭の貴方なら陛下の筆跡は見慣れているはずよね?毎日目を通す膨大な書類の中には、陛下からの書簡もあるでしょうしね」

「いや…しかし、その手紙が陛下からのモノだなんて、あまりにも突拍子過ぎると申しますか。あの陛下が恋愛相談など……」

 まぁ、確かにあの無表情人間が恋愛相談などしてくるとは到底思えない。鉄仮面のように笑いもしない陛下が恋愛相談?始めは、私だって有り得ないと思った。

 しかし、あのちょっと笑える癖字は忘れようもなかった。王妃になってからは、とんと見る機会が減ったが、結婚する前はあの癖字を毎日のように眺めていたのだ。間違えるはずもない。

「では、なぜルアンナはこの手紙を未開封のまま私に届けたのかしら?優秀な貴方からは考えられないミスよね?」

「はぁぁ、そうですね。仕事の鬼の私でも、陛下からの手紙を勝手に開ける勇気はありませんわ。その筆跡、陛下のモノで間違いございません。全く、何故そんなモノをお出しになられたのか……
ところで、中身は拝見なされましたか?」

「いやぁぁ、それがね。怖すぎて一人じゃ中見れそうにないのよ」

「だから、私をお呼びになったのですか?」

「……まぁ、それもある。だって、だって怖いじゃない!あの無表情鉄仮面からの手紙よ。開けた瞬間、『殺す‼︎』とか書かれていたら恐怖で失神するかもしれないじゃない!」

「ティアナ様、それはないと思いますが……
貴方様が、見習い侍女ティナとして恋愛相談を請け負っていると気づいた可能性はありますね」

「えっ…えぇぇぇぇ―――」

「えぇぇぇでは、ありません。聡く、賢い方ですから陛下は。最近のティアナ様の様子に何か違和感を覚えられたのかもしれません」

「うそぉぉ。どうしよう、どうしよう!好き勝手した罪で殺されるの⁈ あの鉄仮面なら遣りかねないわ」

「落ち着いてくださいませ。とにかく、中を確かめましょう。対策はそれからです」

 動転して、ルアンナに抱きついた私を冷静になだめた彼女は、シャキンッとペーパーナイフを取り出すと、ブルーの封筒にザクッと突き刺した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...