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落とし前
しおりを挟む「なんで、ここに銀次がいんだよ?」
吉原遊廓の裏通り、ひっそりと佇む茶屋にて宗介と待ち合わせた雛菊は、不機嫌そうな顔した彼の問いに、曖昧な笑みを浮かべた。
刃傷事件から数週間、宗介からの手紙を受け取った雛菊は、裏茶屋にて宗介と落ち合う約束をした。
裏茶屋とは、遊女と間夫(遊女の恋人)との逢瀬に使われる茶屋のことで、密会をするには好都合な場所だ。
刃傷事件の顛末を語り合うにはもってこいの場所。しかし、雛菊は銀次も同席するとは伝えなかった。
目の前の椅子にドカッと座り不機嫌そうな顔して茶をすする宗介の隣で、銀次はすまし顔だ。
(宗介さまと銀さんは顔馴染みじゃなかったのかしらね?)
目の前の不機嫌そうな顔を見つめ、雛菊は理由がわからず小首を傾げる。
そんな雛菊の目の前に座る二人の様子は、対照的だ。宗介は益々不機嫌になり、逆に銀次は可笑しそうにクスクスと笑う。
「宗介、そうむくれなさんな。雛菊が困っていますよ」
「うるせぇ……」
そう言ってそっぽを向く宗介の態度に雛菊は、益々困惑する。
「なんや、あっち間違いんしたか?」
「いんや、雛菊は何も間違っていないですよ。宗介の心が狭いだけですから」
「はぁぁ……」
不貞腐れて茶をすする宗介とは、茶屋で落ち合ってから一度も目が合っていない。それを少し寂しく感じながらも、内心安堵している自分もいる。
ざんばら髪に着流し姿の宗介しか知らない雛菊にとって今の宗介の姿は目に毒だ。
深緑色の小袖に萌黄色の羽織りを重ね、衿をきっちりとしめた姿は、どこぞの若様のように洗練された雰囲気を醸し出していた。今も後ろへと撫でつけた髪のおかげで美しい相貌が顕になり、茶屋の女達の視線を独占している。
凛とした雰囲気の宗介と、優しく和やかな笑みを浮かべる銀次。種類の違う美丈夫二人が並び騒がない女などいない。
雛菊もまたしかりで、初めて見る宗介の姿に目を奪われそうになっていた。
「まぁ、宗介を揶揄うのはこれくらいにして。雛菊は、どうして私を呼んだんだい?」
そうだった、宗介に見惚れている場合ではない。銀次への手紙には、詳しい内容を書かなかったのだ。不確定要素が多すぎる中で、銀次まで巻き込むのは気が引けた。だから、すべてを知った上で、協力を仰ぎたかった。
あとは、口の上手い宗介に丸め込まれないため。
「もし、あっちの考えが正しければ、銀さんの協力が不可欠になるからでやす」
「はて? それは刃傷事件のことかい? あれは、犯人が捕まって解決したと聞きましたが」
「あい、犯人は捕まりんした。でも、真の黒幕は捕まっておりんせん」
「それは、また……、きな臭い話ですね」
「あっち、この刃傷事件は花魁が黒幕だと思ってやす」
「おい待て、雛菊。花魁がって……、あの座敷の主は、札差(金貸し)伊勢屋の倅だぞ」
「宗介さまの手紙にも、そう書いてありんしたね」
刃傷事件の舞台、あの宴席を開いた黒幕の正体を宗介は早々に突き止めていた。本来であれば、簡単にわかるものではない。黒幕からは、名を明かさぬよう茶屋に圧力をかけているだろうし、茶屋も黒幕以上の大物が相手でなければ、歯牙にもかけない。つまりは、宗介という男は、黒幕よりも遥かに上の人脈と権力を持ち合わせているということでもある。
送られてきた手紙には、事の顛末が記されていた。
『伊勢屋の倅、磯兵は、最近巷を賑わす雛菊という花魁が気に食わなかった。いっちょ、恥をかかせてやろうと、金策に困っていた下級武士の弱味を握り、借金をちゃらにする代わりに、雛菊花魁に恥をかかせるよう依頼したという』
これが手紙に書かれていた、刃傷事件の顛末だ。
「なら、黒幕は奴で間違いねぇじゃねぇか。それとも何か? 黒幕が花魁ってぇと、奴の馴染みの花魁ってか」
「そうさねぇ、磯兵は刃物の存在を知らなかったんでありんしょう? そんなら、誰がお侍さまに刃物を渡したでありんすか?」
磯兵は、雛菊花魁を切りつけるよう下級武士に依頼などしていないと言い張っている。
「そんなの初めから侍が持ってたんじゃねぇの」
「吉原通いがお盛んな宗介さまならご存知でありんしょう。茶屋への刃物の持ち込みは、ほぼ不可能だと」
そうなのだ。
刃傷沙汰を起こさないために引き手茶屋は刀などの武器を入り口で必ず預かるのだ。しかも数ヶ月前、茶屋の宴席で、間夫に花魁が殺される刃傷事件が起きてからは、刀を隠し持っていないか身体を触り確認までする引き手茶屋が増えた。
客が引き手茶屋に、外部から刀を持ち込むのはほぼ不可能と言っていい。もし、それが可能になる方法があるとしたら、それは内部に協力者がいた場合だけ。そんなこと、吉原に精通している宗介が知らない訳がない。知っていて、雛菊に悟らせないようにしているとしか考えられないのだ。
「くくく、宗介。君の負けだよ。雛菊が心配なのはわかるが、花魁が関わっている以上、この事件の落とし前は、雛菊がつけるしかない」
「あぁぁ、わかったよ! 俺の負けだ」
天を見上げ不貞腐れる宗介の姿に、雛菊は胸を撫で下ろす。これで第一関門は突破だ。
ほっ、と息を吐き出した雛菊に宗介の強すぎる視線が突き刺さる。
「雛菊、なぜわかった? 花魁が黒幕かもしれんと。俺は巧みに隠したつもりだが」
「そうさね、菊花のことがなければ、気づけんした。あの娘があっちに相談もせず宴席に出るなんざ、よっぽどの理由がなきゃありんせんから」
宗介との『馴染み』騒動以降、雛菊の周囲は本人の意思とは関係なく変わっていった。良くも悪くも話題の絶えない宗介の贔屓となれば、やっかみも増える。
蹴落とすため直接攻撃をかける輩であれば、雛菊とて負けはしない。しかし、陰険な者は雛菊の目の届かぬところから、じわりじわりと攻撃を仕掛けてくるものだ。その標的になったのが菊花だった。
見習い遊女の溜まり場、お稽古事の度に口さがない誹謗中傷にさらされた菊花は、ある遊女の戯言にのってしまった。
『手練手管もねぇ雛菊花魁は、閨もまともに務まらねぇ。今夜も腰が立たず、宴席にもでられねぇ。悔しかったら、おめぇが出てみろや』
菊花は、雛菊の名誉を守るため独断で宴席へと立った。その戯言が雛菊を呼び出す罠とも気づかずに。
「そうかよ。雛菊にとって妹花魁は、家族みてぇなもんかよ」
「あい、そうでやす。大切な家族を傷つけられんした落とし前、きっちり返してさしあげんす」
姉想いの菊花には酷な選択をさせてしまった。すべては、不甲斐ない己が招いたこと。
だからこそ、雛菊自身で落とし前をつけなければならないのだ。
「それで、黒幕の目星はついてるのか?」
「あい。冲ノ屋の高尾花魁でありんす」
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