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顛末
しおりを挟むウィリアムとマリア男爵令嬢の披露目の夜会から、社交界には激震が走っている。
あれから数ヶ月、未だに混乱は落ち着いていない。
もちろん王家主催の夜会で大暴れしたエリザベスにもお咎めはあった。しかし、あれほどの暴挙に出たにも関わらず、下された罰は自宅での謹慎処分のみ。それも、たったの一ヶ月。あまりにも軽い処罰に、裏で何かしらの裏取引が行われたのは否めない。
(ハインツ様かお父様辺りが、裏で手を回したのよね、きっと)
改めて、己の周りにいる者達の影響力の強さをエリザベスは思い知る事となった。
そして、あの婚約破棄騒動の当事者である者達の処罰も次々と発表されている。
元婚約者と言うべきか、ウィリアムに関しては、婚約者がいながら大多数の貴族女性を誑かし、権力を笠に肉体関係を強要した罪にて、王家の信用を失墜させた事を重くみて、王位継承権剥奪の上、王家から廃嫡された。
そして、側妃は、息子の監督不行届きにて謹慎処分を受けていたが、その後マレイユ伯爵との不倫関係及び娼館の男娼との愛人関係、違法麻薬の使用が明るみに出たため、陛下から離縁を言い渡された。
その結果、側妃の生家の公爵家は辺境伯に降格となり王都から遠い辺境の地へ、側妃とウィリアムと共に送られる事となった。
送られる辺境の地は、四方を山に囲まれた陸の孤島となっており、側妃とウィリアムは、実質そこの地に一生幽閉される事となる。
一方、マレイユ伯爵は、奴隷売買、違法麻薬取引、違法賭博、高位貴族に対する脅迫及び誘拐、王城での横領及び公共事業における賄賂の授受………、数えきれない罪にて、死罪。マレイユ伯爵家は取り潰しとなった。
レオナルド・マレイユに関しても、同様の嫌疑及び、公爵令嬢誘拐未遂の罪がかけられていたが、主犯の指示の元、実行していたことを考慮し、海を渡った先の国への国外追放となった。
拘束されたマリア・カシュトル男爵令嬢に関しては、ハインツの読み上げた罪状通り、高位貴族に対する暴言、暴力及び、公爵令嬢誘拐未遂の罪が確定し、カシュトル男爵家は財産没収にて、お家取り潰しの憂き目にあった。
そして当事者であるマリア男爵令嬢は、公爵令嬢に対する名誉棄損及び誘拐未遂を重くみて、隣国の貴族向け娼館に売られ娼婦として一生を過ごす事が決まっていたが、獄中で突然死を迎えたと風の噂で聞いた。
真相は不明だが、最後までエリザベスに対する呪詛を吐き続け、死に様は常軌を逸していたと。
衛兵に連行され立ち去るマリア男爵令嬢の姿は、まるで悪魔に取り憑かれたように醜悪な表情を浮かべていた。
彼女にとってのエリザベスの存在とは一体何だったのか。
なぜ、あそこまで恨まれねばならなかったのか、今はもうその理由を知る術はない。
ただ、彼女にとってのエリザベスは悪であり、幸せな結末を勝ち取るには邪魔な存在だったのは確かだ。
『エリザベスさえいなければ、私は幸せになれたのに……』
呪詛のように吐き捨てられた彼女の最後の言葉がエリザベスの心に突き刺さる。
エリザベスが幸せを掴んだ陰で、マリア男爵令嬢は非業の死を遂げた。
彼女が犯した罪は決して許されるものではない。
ただ、エリザベスがもっと早くに、ウィリアムとの関係に決着をつけていたら、彼女の人生は違うものになっていたのかもしれない。そう考えると、苦い想いだけが心に残る。
今さら考えても仕方のないことね……
こんな後ろ向きな考えをしてしまうのも、ハインツ様と何ヶ月も会えていないからだわ。
今回の騒動を受け第二王子派の高位貴族もまた、マレイユ伯爵との闇の関係が次々と明るみに出ている。
ウィリアムの名の元に行われた公共事業の操作や書類の偽造、賄賂や横領と多数の罪にて当主の捕縛及び、貴族籍剥奪の処罰がなされている。
その結果、その穴を埋める為、爵位の再編成が行われ、貴族位が大きく変動し、社交界は大混乱に陥ったのだ。
王城もその処理に追われ、てんやわんやの大騒ぎとなっていると聞く。
もちろん執務官の陣頭指揮をとっているハインツは、公爵家へ帰ることすら出来ていない。王城で寝泊りする忙しい日々を過ごしていると手紙に書いてあった。
エリザベスに会いになど来れないことは十分に理解している。ただ、寂しいものは寂しいのだ。
そんな後ろ向きな事を考えそうになり慌てて頭を振る。
(こんな弱気じゃ、ハインツ様に笑われてしまうわね)
自分に気合を入れるためエリザベスがソファから立ち上がった時だった。
「――お嬢様! 先程、王城より使者様がいらっしゃいました。今夜ハインツ様がベイカー公爵家へお越しくださるそうです!!」
部屋に飛び込んできたミリアの言葉にエリザベスは泣きそうになる。久々にハインツに会える喜びに感情が爆発しそうだった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「ハインツ様!!」
エントランスから公爵家へと入ってきたハインツを見て駆け出したエリザベスは、そのまま彼の胸へと飛び込んだ。挨拶もせずに抱きつくなんて淑女に有るまじき行動だったが、ハインツは笑って抱きしめ返してくれる。
久々に嗅ぐハインツの香りに包まれ陶然としてしまう。
そんなエリザベスをハインツは楽々と抱き上げ、そのまま執事の案内で客間へと移動し二人きりになるとキスを仕掛けてきた。
クチュっという淫雛なリップ音が静かな部屋に響き、エリザベスの頬が熱くなる。
「エリザベス、貴方に会えなくてとても辛かった。全ての仕事を放り出し、何度貴方に逢いに行こうと思ったことか。貴方も私に会えず寂しく思ってくれていましたか?」
「ハインツ様、私もとても寂しかった。貴方に会えず寂しくておかしくなりそうだった。貴方に抱きしめられ、貴方の香りに包まれていると、とても安心するの。今夜はこのまま一緒に居てくださるのでしょう?」
ハインツを離しまいと、エリザベスは抱きつく腕に力を込める。
「エリザベス、申し訳ありません。この後、直ぐに王城へ戻らねばなりません」
エリザベスはイヤイヤと首を振り、必死にハインツに抱きつく。
そんな駄々っ子のようなエリザベスの行動に対しても、ハインツは嫌な顔ひとつせず優しく抱きしめ返してくれる。
啄むようなキスの雨の後、優しいキスがひとつエリザベスの額に落とされる。
「エリザベス、今日は貴方に大切なお話があって王城を抜け出して来たのです」
一枚の書簡をハインツから手渡され、それを開いた瞬間、エリザベスの瞳から涙が溢れ出した。
『ハインツ・シュバインとエリザベス・ベイカーの婚礼の儀を執り行うことを正式に許可する』
「ハインツ様、これって……」
「エリザベス、やっと結婚出来ます。貴方に恋焦がれた日々がやっと報われた。もう一生離しません……、私の花嫁……」
エリザベスはハインツの胸の中で泣きながら、愛する人からの愛の言葉に打ち震えていた。
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