【R18】初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる

湊未来

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ウィリアム視点①

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 マリアとの婚礼の儀を明日に控え、今夜は披露目の夜会が王城で開かれる。王族主催の正式な夜会となれば、主だった貴族は出席が義務付けられる。

 今夜の夜会を考えるとウィリアムは笑いが止まらなかった。

 元婚約者エリザベスをおとしめる噂が市井にまで広がった今、ウィリアムの人気はうなぎ登りだ。

 心優しい男爵令嬢を底意地の悪い悪役令嬢から救い出し、運命の恋を実らせたヒーローたる第二王子。そんな観劇が街で流行ったのも、マリアとの婚約を後押しする結果につながった。

(今や、俺の人気は王太子に引けを取らない。このまま民意が盛り上がれば、兄上を失脚させ俺が次期王となるのも夢ではないな)

 唯一の気掛かりは、シュバイン公爵家のハインツの動向だ。エリザベスと婚約したと言う話だが、何を企んでいる。

 エリザベスに旨味があると言うより、ベイカー公爵家とのつながりを得るためと考えるのが妥当だろう。

(まぁ、取るに足りない心配だな。どうせ奴らが結婚出来るわけがない。公爵家同士の婚姻を陛下が許すはずがないな)

 王城の一角にある下級貴族用の控え室に急遽造られた部屋で、夜会の支度を整えていたマリアの元へとウィリアムは向かう。

 控え室の前には護衛の一人も立っていない。

 未来の王妃に何かあったらどうするつもりなのだ! しかも、今夜の主役だと言うのに与えられた部屋は王族が住う一角から最も離れた下級貴族用の部屋とは。

 婚礼の儀が終わり次第、今夜の警備責任者をクビにしてやる!

 沸々と湧き上がる怒りを抑えウィリアムは控え室の扉をノックした。

「あぁ、マリアなんて可愛らしいんだ。まるで花の妖精のようだ」

「まぁ、ウィリアム様! 来てくださったのですね」

 淡い黄色の生地のふんわりとしたドレスを着たマリアは、まるで花の妖精のように可憐だった。

 しかも胸元が大胆に開いている。

 明日を迎えれば、あの豊満な身体を思う存分堪能出来ると考えるだけで、先ほどの嫌な気分は何処かへ消え去る。

 早足でマリアに近づいたウィリアムは彼女をギュっと抱きしめ、しばしその柔らかい身体を堪能した。

「あぁ、なんて愛らしいんだ。今日は一段と輝いて見える」

「ウィリアム様、ありがとうございます。マリアとても嬉しいの。だって明日は、ウィリアム様との結婚式よ。まだ、夢見てるみたいなんですもの」

 マリアの愛くるしい発言にウィリアムの頬が緩む。

 どこぞの悪女とは大違いだ。謙虚で、奥ゆかしくて。あの高慢ちきなエリザベスに爪の垢でも煎じて飲ませたいものだ。

「私も愛するマリアと結婚出来て幸せだよ」

「ウィリアム様、お時間でございます。舞踏会場へお越しください」

 侍従の不粋な声に邪魔され、マリアとの逢瀬はあっけなく幕を閉じる。

 抱きしめていたマリアを渋々離し、ウィリアムはマリアを伴い舞踏会場へと向かった。



♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢



「ウィリアム様、おめでとうございます――」

 次から次へと挨拶に来る貴族にマリアと二人対応しつつ、ウィリアムはある違和感に困惑していた。

(なぜ、中立派の貴族ですら挨拶に来ない……)

 先ほどから挨拶に来るのは第二王子派、つまり身内の貴族ばかりなのだ。

 王太子派の貴族共が挨拶に来ないのはまだわかる。しかし、なぜ中立派の貴族まで挨拶に来ない。

 今日の主役は俺だぞ!

 違和感が怒りへと変換される。そして心に積もる不安がウィリアムを落ち着かなくさせる。目の端に捉えた中立貴族の歓談の輪にすらしゃくにさわる。

 腹に据えかねウィリアムが一歩を踏み出そうとした時だった。にわかに、会場の入り口付近がザワつき出す。

 何事だ。

 徐々にザワつきがこちらへと近づいてくる。人波が割れ、エリザベスの腰を抱き現れた人物、ハインツ・シュバインの姿を認めた瞬間、ウィリアムは言いようのない怒りに襲われていた。

 真っ赤なドレスを着たエリザベス。

 あの観劇の中にいた悪役令嬢のような出立にさげすみの感情が湧き上がってもおかしくない状況なのに、ウィリアムはエリザベスから目が離せない。

 妖艶な笑みを浮かべ周りを魅了するエリザベスに誰もが見惚れていた。

 完全に舞踏会場の空気を支配していたのは、主役であるウィリアムでも、唖然と隣で立ち尽くすマリアでもなく、悪女と蔑まれ表舞台から消えたはずのエリザベスだった。

(あんなエリザベス、知らない……)

 真っ赤なドレスに咲く黒薔薇。そして、胸元を飾るブラックダイヤモンドをあしらった首飾り。

 ハインツの色をまとうエリザベスから目が離せない。そして湧き上がる得体の知れない怒り。

 なぜ、俺の色を纏っていない。お前が着る事を許される色は黄色か水色だろうが! 

 怒りのまま奴らに近づいたウィリアムだったが、エリザベスをかばうように一歩前へ出たハインツに邪魔をされ、それ以上エリザベスに近づくことが出来ない。

 その様子を見ていた周りの貴族共のどよめきが、さらにウィリアムの神経を逆撫でする。

「なぜ、貴様がいる!! 呼んだ覚えなどないわ!」

「おかしな話ですね。今夜の夜会は陛下主催のものです。ウィリアム殿下に、参加者を選ぶ権限はありません」

「――いや、ハインツは兎も角、エリザベスお前には、そもそも参加資格はないはずだ。ベイカー公爵の参加のみで事足りるはず。しかもお前は、下位貴族の令嬢に対する侮辱罪で、俺に婚約破棄を言いわたされた身だ。このめでたい日に、よくも参加出来たものだな」

 ウィリアムの発した言葉に再び、どよめきが起こる。

 そこかしこから聴こえる『やはり、あの噂は本当だったのか』という声に、ウィリアムの口角が上がっていく。

「エリザベス、お前がこんなにも恥知らずな女だったとは……、俺も甘かった。今日まで、お前の罪を口外することは控えてきたが、もう我慢ならん。マリアとの婚礼の儀を妬み、何を企んでいる!?」

 マリアを守るように一歩前へと出たウィリアムを見ても、エリザベスの表情は変わらない。

 怒りも、悲しみも……、人形のように綺麗な顔には何の感情も写っていない。

(なぜ、悲しまない。なぜ、怒らない)

 言い寄ってくる令嬢の手を取るたびに、少し困ったような、それでいて寂しそうなエリザベスの顔を見るたびに湧き上がる愉悦。社交界の花と呼ばれ、数多の紳士淑女から羨望の眼差しを向けられるエリザベスの心にいるのはウィリアム、ただ一人。

 数多の女性と浮気を重ねようと、公務や夜会で放ったらかしにしようと、理不尽な要求を突きつけようと、文句の一つも言わないエリザベスに、ウィリアムの行為はエスカレートしていった。

 絶対的な優位性。

 それが今崩れようとしているのか?

 突如襲ってきた不安をかき消すようにウィリアムは叫ぶ。

「嫉妬に狂い、気に入らない者達を排除していたようだが。俺がその事実を知らないとでも思ったか。ベイカー公爵家の権力を使いやりたい放題。証拠は上がっているのだ」

「――証拠と申しますのは、婚約破棄の時に提示された『でっち上げ文書』の事でございますか?」

「なんだと!? ハインツ、お前……言いがかりも大概にしろ!」

「言いがかり? おかしな話ですね。エリザベスとの婚約破棄の際に提示された文書ですが、少々調べさせてもらいました」

 スッと手を上げたハインツの合図に、どこからともなく現れた初老の男が分厚い書類を奴に手渡す。

「なぜ、それをお前が持っている!?」

「なぜって、わかりませんか。私が王城取締官の官長だからですよ。貴族が犯した罪に関しては調べる義務がありますので」

 そんな事は分かりきっている。そうではない。

 ウィリアムが言いたいのは、なぜあの書類がハインツの手にあるのかと言うことだ。

 あれはエリザベスとの婚約破棄を確実にするためだけに作らせた書類。

 まさしく『でっち上げ文書』なのだ。

 あの書類は二部ある。陛下に提出した書類と、あと一部はウィリアムが所持している。つまりは、陛下自ら、あの書類の真偽をハインツに調べさせた事になる。

 ガバッと振り向いた先に見えた父の姿にウィリアムの背を怖気が走る。

 眼光鋭くこちらを見据える父は、今何を考えているのか? 

 俺は、父に見離されたのか?

「まぁ、いいでしょう。この書類の真偽に関しては、後回しに致しましょう。ウィリアム殿下には、殿下なりの言い分もありますでしょうし。さて――」

 笑みを浮かべ紳士的な態度を崩さなかったハインツの様子が冷たいものへと変わる。

 シーンと静まり返った会場内はハインツの放つ存在感に、完全に支配されていた。

「――大捕物おおとりものを始めましょうか、マリアさん」






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