【R18】初恋の終焉〜悪女に仕立てられた残念令嬢は犬猿の仲の腹黒貴公子の執愛に堕ちる

湊未来

文字の大きさ
上 下
37 / 58

悪魔のささやき

しおりを挟む

「奇遇でございますね。レオナルド様も、観劇を観にいらしたの?」

 なぜ、彼がここにいるのだ?

 燃えるような赤髪をなびかせ目の前に立つ人物を見て、エリザベスの頭の中で警鐘が鳴り響く。

 今すぐにこの場を立ち去れと。

 王太子妃主催のお茶会でレオナルドと接触してから、エリザベスはマレイユ伯爵家について出来うる限りの手を尽くし調べた。しかし、調べても調べても、不思議なくらい悪い噂が出てこないのだ。

 品行方正という名が相応しい貴族家。領地経営、街の商会との繋がり、税金の納め方、果ては交友関係まで、全てにおいて見本となるべき貴族家の様相を呈していた。

 だからこそ、気持ち悪いのだ。

 ベイカー公爵家の情報網を使えば、貴族家の内情や交友関係、商会との繋がりは簡単に知ることができる。

 大抵の貴族家は大なり小なり、やましい事を抱えている。たとえ上手く隠していたとしても、噂となり秘密の片鱗は見えてくるものだ。

 マレイユ伯爵家は、悪い噂が一切ない。それはエリザベスにとって違和感でしかなかった。

「えぇ、友人に誘われましてね。市井で大流行りの観劇があるから、観に行かないかと。しかし、驚きました。エリザベス様をエントランスでお見かけするとは。今夜は、ハインツ様とですか?」

「なぜ、ハインツ様と一緒だと思われるのですか?」

「えっ? あぁ、申し訳ありません。女性に対してする質問ではありませんでしたね。いやね、サロンで見かけたもので、もしかしてと思いまして」

 レオナルドが言っていることが事実だとしても、プライベートを詮索するのは紳士としてのマナーがなっていないと言われても仕方がない。

 しかも、街の劇場で知り合いを見かけたとしても知らないふりをするのが貴族社会の暗黙のルールだ。

 それなのに、こんな人気ひとけのないバルコニーでわざわざ声をかけるなど、常識がないと罵られても文句は言えない。

(さっさとこの場を去るべきね。万が一、他の人に見られでもしたら、いらない憶測を生みかねないわ)

 今はまだ、ハインツとエリザベスは婚約者同士。他の男と密会していたと噂にでもなれば、エリザベスの立場はますます悪くなる。今後の事を考えれば、それだけは避けなければならない。

 ハインツに一矢報いるためにも。

「そうですか。では、これで失礼いたします」

「――よろしいのですか? このまま帰っても」

「なんですって?」

 レオナルドの挑発的な言葉に、エリザベスの足が止まる。

「ですから、このまま帰ってよろしいのですかと言っています。貴方の様子がおかしかったから、何かあったかと思い追いかけて来ましたが……、ハインツ様もこくな事をなさる。ウィリアム殿下に捨てられ、市井では悪女と揶揄されている公爵令嬢に、あの婚約破棄騒動を題材にした観劇を観せるなど、正気を疑う。エリザベス様に、自分の立場をわからせるために連れて来たとしか思えない。自分の立場をわきまえ、口を出すなとね」

 言葉が出てこなかった。

(いつから私の様子を伺っていたの? まさか、泣き崩れたところまで見られていたなんてことは……)

「あ、貴方には関係ないでしょ!」

「関係ない……、ですか。そう言われても、エリザベス様にはハインツ様の手綱をしっかり握っていてもらわねばならないのですよ。今後、王太子派にマレイユ伯爵家が切り込んでいくにはね」

「そんなの貴方の勝手でしょ。私を巻き込まないで」

「確かにそうですね。ただ、エリザベス様はそれで良いのですか? このままハインツ様の思い通りに動かされ、利用価値が無くなれば捨てられるだけの存在に成り果てる。それで良いのですか?」

 利用価値が無くなれば捨てられるだけの存在。

 その言葉が、エリザベスの胸をきしませる。

「エリザベス様、私と手を組む事に躊躇ためらいがあるのは理解しています。ただ、そんな些末な事に悩んでいる時間が貴方様にはあるのですか? 悩んでいるうちに、足元をすくわれますよ」

 不敵に笑うハインツと修道女服に身を包んだ女が抱き合う映像が脳裏をかすめ、エリザベスの心が揺れる。

(レオナルドと手を組めば、ハインツ様に一矢報いることが出来るかもしれない……)

 エリザベスの頭の中で、悪魔がささやく。それにあらがうだけの冷静さは、ハインツに裏切られたエリザベスには残っていなかった。

「レオナルド様……、貴方の望みは何ですの?」

「エリザベス様の望みが叶ったあかつきには、マレイユ伯爵家が王太子派へ鞍替え出来るよう口添えをお願い致します」

「わかったわ……」

 悪魔がささやくままに、エリザベスはレオナルドの手をとってしまった。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...