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招待状
しおりを挟む「ねぇ、ミリア。近衛騎士団主催の剣技会なんて聞いたことある?」
スバルフ侯爵家の夜会から数日、ハインツから届けられた手紙を見つつ、エリザベスは首を傾げる。
「あぁ、お嬢さま! 動かないでください」
「あっ、ごめんなさい」
今は、午後のお茶の時間に合わせやって来るミランダとアイリスを迎えるため、エリザベスはミリアに髪を結ってもらっているところだった。
「近衛騎士団主催の剣技会ですか? 私も知りませんね」
「そうよね。そんな剣技会があるなら知っていてもおかしくないのだけど、最近始まったのかしら?」
手元にある手紙をミリアに見せつつ、再度確認してみる。
「なになに……、王宮で開かれる近衛騎士団主催の剣技会へ招待したいと。お嬢さま、近衛騎士団と言えば、王太子殿下直轄の騎士団ですよね?」
「えぇ。そう言えばそうね。ウィリアム様が毛嫌いしていたわ」
「それです! だから今まで接点がなく知らなかったのですよ。ただ、騎士団所属ではないハインツ様からの招待状と言うのが解せませんけど、一緒に見物しようと言う誘いでしょうか」
「そうかもしれないわね。何しろ、ハインツ様は騎士団長のカイル様とも副団長のルイ様とも懇意にされてますし」
「ふふふ、その剣技会の全容を知るお二人が今日来るではありませんか。知らずに恥をかかぬよう根ほり葉ほり聞いてきてくださいよ、お嬢さま」
「わかったわよ」
こうして興味津々のミリアに唆され、エリザベスは二人に剣技会の全容を聞いた訳だが――
「えっ? エリザベス様は剣技会をご存知ないのですか?」
「本当ですの!? ここ最近、うら若き令嬢達の間で大流行りの、剣技会でございますよ!」
「ご、ごめんなさい。知らないわ……」
「ねぇ、アイリス様。やはりあの噂、本当ではなくって?」
「そうね。そうかもしれないわ」
何やら、コソコソと話し出した二人を見つめ、エリザベスは心配になる。
(剣技会の存在を知らないって、すごくまずい事だったのかしら?)
「あのぉ、ミランダ様、アイリス様。その剣技会とやら、知らないと何かまずい事でもあるのかしら?」
「あっ……あの、失礼いたしました。剣技会自体は知らなくても何もまずい事などありませんわ、エリザベス様。ただ、剣技会の目的が問題と申しますか、なんと言いますか。実は、剣技会はパートナーがいない男女の出会いの場でもありまして」
「え!? 剣技会が出会いの場? それは、いったい……」
「剣技会自体は真っ当なと言いますか、近衛騎士団の力の底上げを目的として昔から開かれていたものなのですが、王太子殿下と王太子妃リリア様が成婚されたあたりから、一般公開されるようになったのです。そうなりますと、娯楽に飢えているご婦人方や婚約者のいない令嬢達が、将来の婿探しに押し寄せますでしょう」
「そうそう、何しろ騎士団は年若い将来有望な男性も多く所属していますし、将来家を追い出されるであろう貴族家の次男、三男も在籍しています。婚約者を見つくろいたい女性側と、あわよくば婿入りしたい男性側の思惑が一致して、毎回ものすごい盛況ぶりなのでございます」
「……そうですの」
し、知らなかった!!
そんな剣技会があったなら、伝手を使って一度行ってみたかった。
そうすれば、ウィリアムとの婚約破棄で受けたダメージがもっと早く回復できたかもしれない。
それに、ハインツに取っ捕まることもなかったかもしれない。
騎士団服を身に纏った屈強な男性と、恋に落ち……
そんなことを想像しようとして、騎士団服に身を包んだ男性の顔が、なぜかハインツへと変わり、エリザベスは慌てて脳内妄想を終了させる。
(なぜ、妄想ですらハインツ様の顔が出てくるのよ! 最近の自分の頭はいったいどうしてしまったのよぉぉ)
「ですから、エリザベス様!! エリザベス様、聞いておられますか?」
「あっ、あっ、ごめんなさい。何かしら?」
エリザベスを呼ぶ二人の声に、慌てて思考を現実へと戻す。
「ですから、悪いことは言いません。剣技会などに、まがり間違っても行ってはダメですよ」
「そうですわ。騎士団に婚約者がいる令嬢ならまだしも、ハインツ様の婚約者になった今、剣技会を観に行こうものなら、ハイエナ令嬢達に何を言われるかわかったものではありません」
「ある事、ない事ウワサされて、それがハインツ様の耳にでも入ったら、それこそ大変ですわ」
「え、えぇ……そうですわね。ただ、そのハインツ様から、剣技会に招待されたものですから」
「「何ですって!?」」
素っ頓狂な二人の叫び声が庭園に響き、エリザベスは持っていたカップを危うく落としそうになる。
「えっと、何か変なこと、言いましたでしょうか?」
「いいえ、エリザベス様は何も変なことは言っておりません。まさか、あのハインツ様が剣技会の招待状をお出しになるとは……」
アイリスの言葉に、同じように頷いているミランダを見て、驚きの理由がわからないエリザベスは困惑するしかない。
「あの、正直に教えてくださいませ。なぜ、ハインツ様が、私を剣技会に招待することが、そんなに驚きなのですか?」
「ねぇ、ミランダ。ハインツ様とエリザベス様の婚約も決まった事ですし、例の噂きちんとお話しておいた方が良いのではなくって」
「そうね。その方が、後々エリザベス様の心労も減るのではないかしら」
心労が減るって、裏を返せば、これから爆弾発言がなされるのと同義ではないの。
物騒な会話を繰り広げる二人の言葉に、エリザベスの心臓がバクバクと鳴り出す。
そして投下された爆弾は、エリザベスの心に深く突き刺さる事となったのだ。
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