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恋人編(後編)

第42話

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「その話って小さい頃に、よく読み聞かせしてくれていたやつだよね。」

 ママが絵本をパタンと閉じて、静かにそれを机に置いた。
 昔からママは、寝る前にこの絵本の読み聞かせをよくしてくれていた。
 その絵本は手作りなのか凄く不格好だったけれど、何故かその絵本に当時の私は夢中だった。
 読んでもらう度に「ひどい王様だ!」と文句を言ったり、少し難しい文には「どういう意味なの?」とママに聞いていたりしていたのを今でも覚えている。その時のママも、ニコニコと嬉しそうな笑みをたたえていたっけ。

「ええ。そうよ。」

 ママが私の言葉を肯定した後、またもや驚くべき事実を発した。

「そう。それで、この話の聖女って私のこと・・・・・・・・なのよね。」

 うふふと笑うママに、私は驚きで紅茶を吹き出してしまった。慌てて近くにあった拭きんでそれらを拭う。
 ママはそんな私を見てふふふと愉快そうに笑った。

「マ、ママはその、聖女なの?」

 引きつった笑みを浮かべながら、振り絞るように言葉を紡ぐ。
 ママの言ったことに理解が追いつきそうもなかった。ママ、嘘だと言ってください。
 しかし、私の願いも虚しく、ママは「ええ」と頷いてニコニコと笑った。
 ママがそんな偉大な人物だったという事に、魂が抜けるようなそんな脱力感が襲いくる。
 
 「ママーーーー!!!」

 時差があったものの、その事実に私は大声で叫んでしまった。


 *****


「────で、ママは王様から逃げるようにしてこの村に来たの?」

 「ええ。本当は元の世界に戻りたくて仕方がなかったわ。でも···アランに出会ったから···。」

 ほんのりと頬を桃色に染め、アランさん(パパ)に出会った経緯を話し出そうとするママを慌てて静止する。
 ママが聖女だったという事実に一瞬気絶仕掛けてしまった私だったが、もう心は入れ替えてあった。今なら何を言われても驚かないでいる自信がある。

 「ママは、王様が憎くないの?ママを勝手にこっちの世界に連れてきた代表だし。」

 皿の上のクッキーを手に取り口に運ぶ。
 ママが聖女だということは理解した。
 優しそうな雰囲気をしているし、とてもピッタリだと思う。
 でも、やはりママは優しすぎると思った。この国の人達はママを無断でこの世界に連れてきたのだ。それに、急な環境の変化にママは物凄く戸惑ったことだろう。私だったら復讐しかねない。

「ええ。何度も殺してやりたいと思ったくらいよ、うふふ。ーーでもね、アランさんと出逢えたからチャラにしてあげてもいいかなと思ってるの。アランさんと出逢えたのも、この世界に来なければ叶えられないことだったから。」

 余程パパと出逢えたことが幸せなのか、ママは口元を綻ばせて私にそう言った。
 恋する少女のようにパパの話をするママは可愛いけれど、誰が好き好んで両親のラブストーリーを聞きたいと思うか。私なら別に聞きたいとは思わない。

「ーーそ、そう。なら、もうその頃の国王様(今は退位して隠居してるらしい)には今は殺意とかはないってことなのね。」

「ええ。それに、あんなブタのところに行きたくなんてないもの。顔も見たくない。」

 うふうふと毒を吐くママにまたもや顔がひきつる。
 そうなのだ。今更思い出したが、ママも美醜の感覚がこの世界とは違う。
 この国の王様だった人はこの世界の基準ではイケメンだったらしいが、ママにとっては超絶ブサイクだったことだろう。
 あの絵本の王様を表す絵も思えば悲惨なことになっていた。それほど王様が嫌いだったからなのか、ブサイクだったからなのかは分からないが。
 (絵本の作者はママだと推測している。)

「そう言えば、私がこの国を浄化した後に呟いた言葉がと書いてあるけれどーー」

 ママが先程読んでくれた絵本を手に取り、そう呟いた。
 確かにその絵本の中にそんなことが書かれていた。気になっていたけれど、小さい頃の自分はママのその時の雰囲気からして聞くことを遠慮していたのだ。この絵本を読む時はいつも、口は笑っていたのに目は笑っていなかったから。
 昔のママ(絵本の中のママ)は、あっちの世界の言葉をこのとき呟いたのだろうが。
  
「ーーー言えないわ。やっぱり。」

 うふふと笑ったママに、期待していた私はガクリとした。
 ママがそんな私を見て、私の手をゆっくりと撫でてくる。
 
「ごめんなさいね。汚すぎて、心の綺麗なセレーナには言えないのよ。」

 ママがそれほどまでに彼らに憎悪を抱き、恐ろしいほどの毒を吐いていたのだと思うとビクリと無意識に肩が揺れてしまった。
 ママは怒らせてはいけない人物第1位だということを心の中に刻み込む。
 困ったような顔をしたママがまた口を開いた。

 「セレーナ。貴女には幸せになって欲しいの。私も幸せよ?アランさんと一緒に暮らせて、愛する人の子供を産むことができて。セレーナは私達の大切な宝物よ。」

 小さな口で紅茶を啜った後、ママはまた続きの言葉を発した。

「フェルディナンドさんのことは、ママからは何も言わないわ。セレーナが決めることなんだもの。相手はセレーナがこの人だ!と思う人でいいの。」

 ママの言葉にジーンと胸が温かくなった。
 要するに、ママはフェルとの仲を完全に認めてくれているということだ。私の意見を尊重してくれているということだ。
なんと言っていいのかわからない。
ただ、感謝の言葉しか出てこない。

「ありがとう。」

ママに抱きついてそう言えば、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべたママがまた口を開いた。
 
 「まあ、しっかり稼いでる人にしなさいよ。」

 私がフェル以外の人と結婚するつもりがないと分かっているはずなのに、からかってくるママは本当に意地悪だ。
 でも、そんなママも大好きだ。

「ふふ。ママったら!私はフェルがいいの!」

 漏れでる笑みをそのままにしてママにしがみつくように抱きつけば、ママが私の背中に手を回し、そっと優しく私を撫でてくれた。
 身長差は余りないけれど、とても安心するママの腕の中。

「セレーナ。幸せになるのよ。」

 何故か泣きそうになっているママに少し笑ってしまう。
「うん。」と歪む視界の中、ママに頷けば、
 
「孫の顔が早く見たいわ。」

 とママの呟きが私の耳元で発せられた。 
 それを聞いて真っ赤になってしまった私が、またママにからかわれたのは別の話。

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