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恋人編(前編)

第28話

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ネガティブ描写と、ムカつく又はイラつく、胸糞悪い描写があります。
苦手な方は自衛してください。

─────────────────

 彼にまとわりつく彼女に敵対して、
 彼女とフェルの取り合いをし続けて、
 でも彼女は彼の傍にずっとずっといて、

 そんな中で、やっぱり彼にお似合いなのは私なんかではなく、彼女なのではないかと思い知らされてくる。

『最初に出会ったのが貴方だったっていうだけで、彼はもう私が好きなのよ?』

 あの日言われた彼女の言葉が、私の頭にこびりついて離れない。
 ずっとずっと私にまとわりついてくるそれ。

 痛い。

 楽しそうに笑う彼らが。

 ねえ、なんで彼女に笑顔を見せているの?

 私だけに向けられていた笑顔だったのに。

 独り占めできてるんだって思えてすっごく嬉しかったのに。

 痛い。

 ねえ、なんで彼女の方に行ってしまうの?

 彼女と一緒にいる方が楽しいから?

 自分勝手に話を進める私といるのは疲れたから?

 苦しい

 どうしたら貴方は戻って来てくれるの?

 私が、ちんちくりんだから?

 もっと色気を見い出せばいい?

 そうしたら、まだ貴方の隣にいられる?

 苦しい

 私がもっと彼女の反撃に耐えればよかった?

 彼女にもっと、言い返してやれば良かった?

 ああ本当に

 わからない。

 わからない。

 わかりたくない。

 嫌われたくない。

 全部、全部、何もかもがぐちゃぐちゃになって私に押し迫ってくる。
 負の感情がぶわりとまとわりついてきて、もっともっとと、彼を、彼女を──────。

 いつの間にか、彼の家に帰るのをやめた。

 いつの間にか、彼と話すことがなくなった。

 いつの間にか、彼は彼女の手を握っていた。

 いつの間にか、彼は彼女に笑顔を向けていた。

 いつの間にか、彼の隣には彼女がいた。

 なんで?なんでなの?

 私だけのフェルだったのに。

 愛してる、愛してるのに。

 私に捨てないって言ったじゃんか。

 なんで、そう言ったのに──────
 飽きちゃった···の?

 それとも私のことが嫌いになっちゃったの?

 ─────それは、どうしてなの?

 貴方に構わなくなったから?

 貴方を避けてしまったから?

 彼女の方が構ってくれるからそっちに行ったの?

 彼女の方が一緒にいて楽しいから?

 私はもういらない存在になってしまったの?

 ねえ。

 嫌だよ。

 ねえ。

 捨てないでよ。

 彼女の元になんて行かないで欲しい。

 ずっと一緒にいて欲しい。

 ああ胸が張り裂けそうで、

 いや、もういっそのこと張り裂けてしまえばいい。

 全部全部なくなってしまえばいい。

 全てがもう、疲れて、苦痛で、

 私の心にまた、どんどん傷が深く刻まれていった。


 *****


 薄暗くなってきた空。
 人通りが少なくなってきたギルドの前。
 目の前にはいつの間にか仲が遠くなってしまった彼の姿。私の恋人。

「セレーナ、すまない。」

 目の前の彼が、私に謝る。

 何の、謝罪?

 彼のそれに頭が追いつかない。

 その謝罪は、彼女と手を繋いだことについて?
 それとも、私にだけ許していた愛称を彼女にも許したから?
 私に、飽きてしまったから?

 ねえ。わからない。

「フェ···ル?」

 零れる。私の口から、彼を呼ぶ声が。

 軋む。
 心も、
 感情も、
 お願い。
 言わないで、ほしい。
 なぜだか彼の言わんとすることがわかるような気がした私はそう願ってしまった。

 次に彼が発しようとするそれに、少し後ずさる。
 嘲笑うかのように冷たい風が私の横を通り過ぎていく。

 それを言われたら、

 言われてしまったら、

 私は─────

「別れよう。」

 壊れる。

 壊れる。

 壊れる。

 壊れた。

 壊れた。

 壊れた。

 なんで?

 どうしてなの?

 少しだけ繋がっていた糸が、ちぎれかけていた糸がプツリと切れた。

 私と彼の、恋人という糸。

 私の心の中のまだ大丈夫だという期待の糸。

 手に握っていたクッキーがぐしゃりとつぶれる。

 貴方は、フェルディナントは、知っていた?

 今日はね、付き合って1ヶ月なんだよ。

 仲直りしようと思って、ギクシャクしたのを修復しようと思って、家でクッキーを焼いてきたんだ。
 少し失敗しちゃったけど、
 少し焦げちゃったけど、
 喜んでくれるかな。
 許してくれるかな。
 そう思ってね、一生懸命作ったんだよ。

 ほら、可愛いラッピングでしょ。
 昨日の夜遅くまで頑張ったんだよ。


 なのにさ、あはは────

 ────振られ、ちゃったなあ。

「別れよう」って、

 すっぱり切られちゃった。


 やだなあ。

 やっと、付き合えたのにさ。

 あんなに貴方にアタックして、
 あんなに貴方のために変わろうと頑張って、
 あんなに貴方に話しかけて、

 全部全部、貴方が好きだからやったことなんだよ。
 全部全部、貴方の隣にいたいと思ったからやったことなんだよ。

 彼の背中が小さくなる。

 行ってしまう。

 彼は、私を置いて。

「あはは、あは···あは···ッ···」

 ポタ、ポタと地面に染みが、模様ができる。

 やだなあ。

 貴方と別れるなんて、

 こんなに、好きなのに。

 やだなあ。

 あの女と付き合うなんて。

 私だけの、貴方だったのに。

 すごく愛しているのに。

 やだなあ。

 貴方と過ごすことができなくなるなんて、

 本当に、やだなあ。


―――――


 重く分厚い雲の間から、ポツ···ポツと雫が零れだし、私の頬をまた濡らした。


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