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恋人編(前編)
第27話
しおりを挟むネガティブ描写入ります。
苦手な方は自衛してください。
──────────────────
「でね、フェルディナント~。」
語尾にハートマークがつきそうな喋り方で、あの女がフェルに話しかけているのが嫌でも耳に入ってくる。
私が仕事を終えるまで席に座って待っているフェルに、あの女が一方的に話しかけているのが今の状況である。
フェルが待ってくれているのは普通に嬉しい。
だが、あの女がいることに無性に腹が立つ。
「お待たせ致しました。」
にこりと笑いながら女の前にお水を置く。
ただのお水だし、彼女が注文した訳では無い。
明確な理由はない。ただ、苛ついただけなのかもしれないし、少しでも彼女のうるさい口を止めたかったのかもしれない。
だけど、自分の中にもやもやとした感情が込み上げてくるのは本当で、目の前の女に吐き気がしそうだった。
フェルももっと彼女に言ってやればいいのに。
大きな商会のご令嬢だっていうのは分かっているけどさ。
「あら、気が利くじゃない。」
ふふんと胸を強調させそういう彼女に虫唾が走る。
お前は少し黙れと思ってしまう。
そのお水を飲んで、御手洗に行って一生戻って来なくていいとまで思った。
フェルをちらりと見れば、気まずそうに目を逸らした。
いや、本当になんなの。
「····では、ごゆっくりお過ごしください。」
お盆を乱暴に脇に挟み、スタスタとキッチンの方へ戻る。
本当に、なんなのよ。
フェルの気まずそうな顔が頭から離れない。
まだあの女が来て数日しか経っていない。
それなのに、もう彼は彼女の方に靡いてしまったのだろうか。
泣きそうになるのをぐっと我慢し、いつもの様に振る舞う努力をする。
不細工な冒険者たちが私に注文の為に声をかけてきた。
それにすぐさま返事をし、私は先程のことを思い出さないようにした。
*****
あの女がいる時間がすごく辛い。
前まではあんなに彼にベタベタとしていたのに、私はピタリとそれらを止めた。
嫉妬なのか、
フェルが他の人に触られる不満なのか、
反抗したいのか、
わからない。
でも、多分、逃げているのだと思う。
彼らが一緒にいる所、
彼らが一緒に歩いている所、
あの二人のそんな所を見るのがとても辛くて悲しいくて。
フェルだって何も言わない。
彼女は大きな商家の娘だし、
すっごく美人だし、
彼女が一方的に話しかけたりしているから、
それが面倒なのも、
仕方ないのも、
わかる。
手を握る時だって、
あの女の手は握ったりしていないし、
笑顔だって、彼女には見せていなかった。
これだけで十分、
それだけでハッキリ、
彼にとって私は特別なんだって、わかる···のに。
「フェルディナント~!」
きんきんと甲高い声を発して彼を呼ぶ彼女。
振り向いてそれを受け入れる彼。
フェルの隣は、私の特等席なのに。
彼女に対する怒りと悲しみが溢れ出す。
前まであんなに肉食系女子とか自分で言ってたのにな。
弱くなってしまった自分に「ははっ」と自嘲的な笑みが零れた。
本当はわかってる。
胸も、
顔も、
身長も、
色気も、
全部、全部。
彼女よりかは劣っているんだって。
メイクして顔がマシになったとしても、彼女と比べたら何してもガキにしか映らないんだって。
すごく魅力的で、妖艶で美しい彼女。
私なんかよりもよっぽど大人っぽくてフェルともお似合いで···。
すっごく、お似合いで。
ネガティブな感情が私を包み、暗い闇に引っ張りこまれるような気がした。
あの二人を見ることが辛い。
私はおばちゃんにまた住み込みで働かせてもらうように頼んだ。
*****
暗いギルドの裏路地。
冷たい風が通り過ぎ、少し肌寒い。
こんな所に私を連れてきたのは、彼女である。
「フェルディナントは私のことが大好きなの。だから貴方は必要ないのよ?」
目の前の女が大声でそう言い切り、私を見下した。
睨みつけられる。
しかし、私は負けじと言い返した。
「フェルの恋人は私です!貴方なんかには渡しません!」
そう、言いきれるのだろうか。
言った後にふと思った。
私のこと、目の前の彼女のことを、
フェルはどう思っているのだろうか。
彼にとって、どのような存在なのだろうか。
急に、
不安が、
心配が、
恐怖が、
まとわりついてくる。
ああ気持ちが悪い。
吐き気がする。
しかし、彼女から発せられた言葉にまたも私の心は悲鳴をあげた。
「所詮、最初に彼と出会った女が、彼に初めて好意を寄せた女が貴女だったっていうだけなのよ。もし、貴女以外の女が彼と初めて恋をしたら、彼は貴女ではなく、最初の女を選んでいたわ。」
痛い。
彼女の言葉が、痛い。
熱せられた鉄で焼かれたような、
堪えられない痛み。
苦しい。
彼女の言葉に、
そうだと、
正解だと、
納得してしまいそうになる
「ーーっだ、だけど!」
「もし、私が最初にフェルディナントにアタックしていれば、私が彼の初めての恋人になっていたってことよ?」
彼女が続け様にそう言う。
ひゅっと私の喉が鳴った。
息ができなくなるくらいに、
詰まって詰まって、
色んなものがつっかえて、
それが、とても苦しい。
どうして、気が付かなかったんだろう、
なんで、自分の都合のいいことばかりしか考えていなかったんだろう、
自分勝手に彼に構って、
自分勝手に彼に恋して、
考えないようにしていたのに、
考えることを放棄していたのに、
抉られる。
痛い。
胸が
心が
―――――
ギシリ···と、何かが軋む音がした。
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