流れ星に願う

るいさいと

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「どうだった?」
浩輔が戻ってきた義央に訊ねた。
「それが、ちょっと脅したら失禁して倒れちゃって……」
先刻、焼却炉と義央は言ったが、それは全くの嘘であり、更生と自白を促すための単なる脅しにすぎない。
手足を引きちぎるのも、所謂「ラバーハンドイリュージョン」や「偽薬効果」と呼ばれるものであり、実際は関節の可動域の範囲内で動かしただけで、全くもって人体に危害はない。
焼却のくだりも、照明と音響を使いそれらしい雰囲気を醸し出しただけで、実際は火炎はおろか可燃性物質もないような空部屋に過ぎない。
浩輔は「はあ」と、ため息を一つ吐いて続けた。
「そうか。まあいい、大体の素性は分かったんだろう?」
「うん。前に集めてた情報と、さっき見えた霊の感じは矛盾しなかったよ。」
「じゃあやっぱり、斎藤は自分の女に取り憑かれたんだな。」
「そうみたいだったよ。それに、気性も荒そうだった。パニックになっていたのもあるだろうけど、それだけじゃなさそうだ。なんていうか、執着心を感じたよ。」
斎藤に憑依していた女は、「ユウキくん」と親しげに呼んでいた。
「俺も色々と調べたが、斎藤は以前、警察に被害届を出している。」
「被害届………?」
「ああ。どうやら、見知らぬ女が自宅に上がり込んできたらしい。」
「えぇっ……。何それ、怖すぎるね……」
「その女が、先々週に睡眠薬の過剰摂取で自殺したらしい」
「えっ。それって、ODオーバードーズってやつ?」
「ああそうだ。斎藤の家に上がり込んだ見知らぬ女、睡眠薬の過剰摂取、そして、相手を眠らせる霊能力。恐らく、自殺した女が憑依したとみていいだろう」
「で、でもどうして……?斎藤さんはその女の子のこと知らないんだよね?」
「いいや。知らないとは限らない。被害届を出して、『見知らぬ女』と言ってはいたが、過去につながりがなかったとも言い切れない。斎藤が単に忘れたり、嘘をついたりしたかもしれん。」
それに、と。浩輔は続ける。
「斎藤はバンドマンだ。ライブハウスから後をつけられる可能性もゼロでは無い。」
「じゃあ、その女は……」
「ストーカー。俗に言うメンヘラかもな」
2人は事実を確かめるべく、再び空部屋へ向かった。

「……い…………おい…………」
薄らと暗い意識の中で、聴き慣れぬ声が響く。
次第にそれは鮮明に、大きくなっていき……。
「おい!起きろ!いつまで寝てんだよ!!」
その怒号で、一気に自分の置かれた状況を思い出した。
自分は今、頭に麻袋をかぶせられ、拉致されていた。
しかし、そこまでしか思い出せない。
「わかった……俺が悪かった。だから、解放してくれ!なんでも言うことを聞くから!」
悲しく懇願するように、斎藤が泣き叫ぶ。
浩輔はそれに返した。
「お前が言うことを聞こうが聞くまいがどうでもいいんだよ。お前に憑依してる女は誰だ?さっさと答えろ」
「ちょ、ちょっと!浩輔さん!そんな言い方は……」
そのあまりに冷酷な物言いに、義央が生死に入る。だが、特に落胆する様子もなく、斎藤は答えた。
「わ、分かったよ…。おい!近くにいるんだろ!?なぁおい!」
斎藤がそう叫ぶと、その右隣の空間が歪み、そこから彼に憑依していた女が現れた。
黒い髪ショートヘアにショッキングピンクのインナーカラー、ピアスだらけの耳と唇、大きな黒い瞳と、泣き腫らしたように紅く塗られた涙袋、小柄な体躯と黒が基調の服。
「許せない……。ユウキくんをこんなに怖がらせるなんて…………。ユウキくんを困らせていいのは、アタシだけなのに……ッ!」
怨嗟と憎悪が混じったその表情は、彼女の言葉が冗談などと言う下等な者でないことをありありと伝えた。
「聞いてねえよ、そんな事。お前は一体誰なんだ?」
そんな彼女の発言を全く意に介さず、浩輔は言葉を続ける。
「アンタには関係ないでしょ!?早くココから出しなさいよ!!ねっ?早く出たいよね?ユウキくん??」
自身の発言に同調する勢力を求め、彼女は隣で項垂れる斎藤に問いかけた。だが。
「アンタ…………誰だ???」
「…………………えっ………」
彼女は、その哀しい返事が、飲み込めずにいた。
「う、嘘でしょ……?あ、アタシだよ……?ヒナだよ…?ミサキ緋奈ヒナ。私のこと、好きって言ってくれたよね……?」
確かめるように、それでいて怯えたように、岬ヒナと名乗る少女は斎藤に問いかける。
「あ、あぁ……。ひ、緋奈ちゃんね……。うん、知ってる知ってる…」
「そ、そうだよね…。よ、良かった……。脅かさないでよ、ユウキくん。」
不安を残しつつ、安堵したように緋奈が言った。
だが、明らかに不自然な斎藤の返事に、浩輔は質問した。
「じゃあ、お前と岬が2人きりで最初に行った場所ってどこだ?」
愛を囁き合った2人が、2人きりで初めて訪れた地。それ即ち、初デートの地ということである。
「え?あ、あぁ~…。喫茶店だったっけ?」
明らかに適当なその回答に、岬が正誤を返す。
「え?ち、違うよ…?」
「あれっ?……あ、ああ!公園だっけ!?手漕ぎボートのある!」
「そんなところ行ったことないよ…」
次第に岬の表情が曇っていく。
「思い出した!!カラオケだよ!」
「全ッ然違うよッ!そんなところ、行ったことないよ……ッ!」
痺れを切らしたように、岬が怒鳴った。
「んで?正解は?」
呆れたように浩輔が岬に問いかけた。
泣きながら、岬は答える。
「ホテル…だよ……。出待ちしてた私のこと……可愛いって…言ってくれて…………。嬉しくて……。そのまま……行ったんだよ……?覚えてないの…………?」
「………………………」
泣きながら、彼女の中にだけ眠る思い出を、斎藤に吐露していく。
「何度も『好き』って…言ってくれて………。私、初めてで…すごく嬉しかったの………。でも…それから……連絡がつかなくて………。」
嗚咽混じりの声が木霊する。それでも岬は続けた。
「ユウキくんが……心配で…………。SNSも……ライブハウスも巡回して……………。なのに、なのに何で……………。」
悲痛な叫びが、部屋と、そこにいる人間の心に響いた。
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