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ジャパニーズ・ピカレスク
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「日本の悪役は恰好がいい」
いつだっただろうか、僕の父はベランダにたたずみながら、そんなことを言っていた。
どうして、そう僕は聞いた後、しまった、と思った。
「よしよし、じゃあ俺の隣にこい。酒の肴にしてもらおうか」
……ああ、また始まった。面倒くさいんだよな、お父さんの長い御講義って。そもそも飲んでいるのはお父さんだけじゃないか。
僕はそう思いながら、彼の隣に座った。思ったのだけれど、その日のそれは凄く白熱してしまった。それは、僕の父がこう言ったからだ。
「RPGのドラゴンは、なんで殺されるんだ?」
「……え、悪い奴だから、じゃないの?」
「なるほど悪い奴ね。じゃああいつらは何をした?」
一瞬、言葉に詰まった。だけど「これは言える」と思ったことを見つけたから、父にぶつけてみた。
「それは、例えば周りにある村を襲った、じゃないの?」
「――ドラゴンは色んな作品を見ると、大抵長生きだ」
「話それてない?」
「まあ聞けって。もし長生きなら、村が出来たときよりも長く生きていた可能性もある。そして何より外せないのは、ドラゴンがお宝を守っている、ということだ。そいつらから導き出せる推論は、もしかしたら村の人たちに宝を盗られるのを恐れて村を襲ったのではないか、ということだ」
「……つまり?」
「悪い奴と思ってたのが、実は違う可能性もある、ということさ。ドラゴンが誰かに頼まれてお宝を守っていたとしたら、どうだ?」
「……あ」
確かに、――やり方が他にあったのではないか、と思うけど――それは正義だ。ドラゴンが誰かのためにお宝を守っていたのに、勇者が倒してそれを奪ったら、まさに勇者が悪役じゃないか。
「『鋳形に入れたような悪人は、世の中にあるはずありませんよ。平生は皆、善人なんです。少なくとも、普通の人なんです。それが、いざという間際に悪人になるのだから恐ろしいのです』……だったけな」
父はいきなり、そんなことを言い出した。
「なにそれ」
「夏目漱石さ。たしか、『こころ』っていう小説にでてきた気がする」
「へえ」
「日本の悪役ってな、訳あってそれをやっている、っていう奴が多いんだ。それは例えば寂しさだったり、妻子を養うためだったりな。それらにもがいているために、結果悪役となってしまった、――そういう奴らが日本の作品に多く出てくるんだ。だから、日本の悪役ってのは恰好がいいというか、妙に惹かれるんだろうな」
「ふうん……」
僕はその時、妙なことを思いついた。
「じゃあさ、もしそういった悪役を倒さないといけないとしたら、どうする?」
「ん?そうだな……」
父はじっくりと考えた後、こう答えた。
「その悪役のいい所とか悪いことをした理由を必死に探して、それを認めて寄り添う、かなあ。それをすれば、それによっていつか更生すれば、悪役を倒してなくても悪を倒した、ってことにならないか?」
「うん、一応なるね」
まあそれが世の中で出来たら人間苦労しないんだけどな。そう言って彼は笑い、僕もつられて笑った。月明かりの下、父と僕の笑い声は響きあった。
なんてことはない。ただ僕が父の話に熱くなっただけ、という話だ。
いつだっただろうか、僕の父はベランダにたたずみながら、そんなことを言っていた。
どうして、そう僕は聞いた後、しまった、と思った。
「よしよし、じゃあ俺の隣にこい。酒の肴にしてもらおうか」
……ああ、また始まった。面倒くさいんだよな、お父さんの長い御講義って。そもそも飲んでいるのはお父さんだけじゃないか。
僕はそう思いながら、彼の隣に座った。思ったのだけれど、その日のそれは凄く白熱してしまった。それは、僕の父がこう言ったからだ。
「RPGのドラゴンは、なんで殺されるんだ?」
「……え、悪い奴だから、じゃないの?」
「なるほど悪い奴ね。じゃああいつらは何をした?」
一瞬、言葉に詰まった。だけど「これは言える」と思ったことを見つけたから、父にぶつけてみた。
「それは、例えば周りにある村を襲った、じゃないの?」
「――ドラゴンは色んな作品を見ると、大抵長生きだ」
「話それてない?」
「まあ聞けって。もし長生きなら、村が出来たときよりも長く生きていた可能性もある。そして何より外せないのは、ドラゴンがお宝を守っている、ということだ。そいつらから導き出せる推論は、もしかしたら村の人たちに宝を盗られるのを恐れて村を襲ったのではないか、ということだ」
「……つまり?」
「悪い奴と思ってたのが、実は違う可能性もある、ということさ。ドラゴンが誰かに頼まれてお宝を守っていたとしたら、どうだ?」
「……あ」
確かに、――やり方が他にあったのではないか、と思うけど――それは正義だ。ドラゴンが誰かのためにお宝を守っていたのに、勇者が倒してそれを奪ったら、まさに勇者が悪役じゃないか。
「『鋳形に入れたような悪人は、世の中にあるはずありませんよ。平生は皆、善人なんです。少なくとも、普通の人なんです。それが、いざという間際に悪人になるのだから恐ろしいのです』……だったけな」
父はいきなり、そんなことを言い出した。
「なにそれ」
「夏目漱石さ。たしか、『こころ』っていう小説にでてきた気がする」
「へえ」
「日本の悪役ってな、訳あってそれをやっている、っていう奴が多いんだ。それは例えば寂しさだったり、妻子を養うためだったりな。それらにもがいているために、結果悪役となってしまった、――そういう奴らが日本の作品に多く出てくるんだ。だから、日本の悪役ってのは恰好がいいというか、妙に惹かれるんだろうな」
「ふうん……」
僕はその時、妙なことを思いついた。
「じゃあさ、もしそういった悪役を倒さないといけないとしたら、どうする?」
「ん?そうだな……」
父はじっくりと考えた後、こう答えた。
「その悪役のいい所とか悪いことをした理由を必死に探して、それを認めて寄り添う、かなあ。それをすれば、それによっていつか更生すれば、悪役を倒してなくても悪を倒した、ってことにならないか?」
「うん、一応なるね」
まあそれが世の中で出来たら人間苦労しないんだけどな。そう言って彼は笑い、僕もつられて笑った。月明かりの下、父と僕の笑い声は響きあった。
なんてことはない。ただ僕が父の話に熱くなっただけ、という話だ。
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