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第二話 VICTに入った男
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六月二十五日午前九時、混雑し始めた病院の裏口から出た百武を出迎えたのはスーツを着た二人の異星人だった。一人は昨夜自分をここまで連れてきてくれたレクセルという、見た目だけで判断するなら自分と同年代くらいの男であり、日光を反射する浅黒い肌と猛禽類のような眼光は朦朧とする意識の中で見た印象のままだった。そしてもう一人が、いわゆる《グレイ》と呼ばれる異星人に酷似した姿をしており、顔の左側には大きな傷跡があった。こちらは年齢の判別がつかなかったが、自身の上司である池谷にも通ずる雰囲気を醸し出していることから、レクセルの上司なのだと直感した。
「おはようございます百武さん。私は治安維持局地球第七支部のハレーと申します」と言って頭を下げると、それに続いてレクセルも改めて自己紹介をした。
「おはようございます。わざわざお出迎えいただきありがとうございます」と百武も会釈をする。
「いえ、こちらこそ裏口から出るようお願いしてしまい申し訳ありませんでした。地球人の中には異星人の姿にまだ抵抗のある方がいらっしゃるので、正面玄関で堂々と待っているのは憚られまして」
「それならばどこか人目のつかない場所で待っていただければ私の方からそちらに向かったのですが」
「そういう訳にはいきません。身元が知られてしまった以上、ひと段落つくまで常にあなたの安全を保障できる場所にいる必要があります」
「それじゃあ、昨日は一晩中ここに?」
「ええ、そうです。仲間の一人が捕らえられた直後とはいえ、他の者が再びあなたに危害を加えようとする可能性は否定できませんでしたから」と言ってからハレーは「そろそろ行きましょうか。あまり悠長なことはしていられませんので」と歩き出す。
二人の後をついて行くとそこには何の変哲もない黒塗りのミニバンが停まっていた。異星人なる存在が普段どのような移動手段を利用しているのかを知れることを心の片隅で期待し、これまでに見てきたSF作品に登場するそれらと見比べてみるつもりであった百武は少しばかり落胆した。
思わず「いつもこれで移動しているのですか」と尋ねると、「場合によりますね。今回は病院という場所柄あまり目立ちたくなかったので。しかし、普通の自動車じゃありませんよ。捜査に必要な機材は揃ってます」とレクセルは答えながら後部座席のドアを開け、百武に座るよう促した。
確かにその中は見たこともないような多数の機器やモニターが備え付けられており、まるでコックピットのような印象を受けた。ハレーは百武と同じ後部座席、レクセルは運転席に座ると、エンジンを掛けて車を走らせるのだった。
「何を置いても大きな怪我が無くて何よりでした」とハレーは話を切り出す。ブラセバンに蹴られた腹部はまだ僅かに疼いてはいたが、検査を受けた結果、骨と内臓どちらにも異常はないということが分かったため、一晩入院するだけで済んだのである。。
「ええ、おかげさまで。本当に助かりました」
「しかし、驚きましたよ」レクセルは軽く笑いながら言う。「丸腰であのネゴシスから銃を奪い取ってさらに関節を極めようとする人なんて初めて聞きました」
「ネゴシス?」百武は初めて聞いた単語を反芻する。
レクサスは「ああ」と納得してから、「あのブラセバンとかいう侵入者の種族名ですよ。もうすでにご存じでしょうが、他人の心を読み取れる能力を持ってましてね、治安維持局にも同じ種族の捜査官がいるんですよ。まあ後で紹介しますが」と解説をした。
その言葉を聞いた百武は数刻考え事をしてから「あの、昨日のことについてお聞きしたいことがあるのですが」と口を開いた。
「私が銃を奪えたのはあの異星人が窓の外にいた人型のロボットのようなものに意識を向けていたからなんです。あれはあなた方の関係者か何かだったのでしょうか」
「ああ、そうですよ」とレクセルが答える。「あれは《フラトーズ》という種族の治安維持局のメカニックです。百武さんが見たあのロボットは厳密に言えばフラトーズが装着するパワードスーツみたいなものです」
「つまりあの中に人が入っていたということですか」
「ええ。百武さんがネゴシスに一泡吹かせたこともそいつから聞きました」
「──それにしてもよく抵抗しようと思われましたね」と今度はハレーが口を開く。「ネゴシスの注意が多少あなたから削がれていたとしても、普通ならば銃を突きつけられた時点で殆どの人間は抵抗の意思を削がれます。しかもその相手に自分の行動が全て見透かされているのならばなおさらです。しかし、そのような状況下で動くことのできた百武さんには反撃しようと思った何かしらのきっかけがあったのではないですか」
その質問に対して百武は昨夜の状況を思い出しながら説明した。「先ほども言った通り、あの時ブラセバンは私から目を離して後ろを向いたんです。それを見た瞬間、反射的に《銃を奪えるかもしれない》という考えが湧きました。無論、それすらも読み取られるだろうことは理解していましたが、ブラセバンは何の反応も示さず、そんな私の意思に気づいていないのではないかと思いました」
「──なるほど。それでネゴシスの読心能力には何らかの条件があると推察した、ということでしょうか」百武の言葉の先を読むようにハレーは言う。
「推察と呼べるほど大したものではありませんが、その通りです」
「ご明察の通り、ネゴシスが心の中を読むためには視覚、聴覚、触覚のいずれかを用いなければなりません。今のお話を聞くに、その条件を一つも満たしていなかったからこそ銃を奪えたのでしょう。仮にそれを最初から知っていたとしても実際に動くことのできる人間は非常に限られますが」
百武はなぜあの状況下で一矢報いることができたのかが腑に落ちたが、それがきっかけとなり、昨夜の出来事についてそれ以外にもいくつか引っかかることがあったことを思い出した。「他にも質問したいことがあるのですがよろしいでしょうか」と言う百武に「勿論です」とハレーは快く了承した。
「なぜあなた方は私の部屋に異星人が侵入したことが分かったんですか」
再びハレーが答える。「昨日の夕方、別件で逮捕した男の取り調べを行っていたところ、なぜかあなたの事を、それも出向の件も含めて知っていたことが分かりました。そこであなたの身に危害が及んでいるのではないかと思ったのです」
「つまりあなた方が捕らえた被疑者とあのブラセバンという男が繋がっていた、ということですか」
「ええ、その認識で間違いないと思われます」
──間違いないと思う。その断定しているようでしていないハレーの言い回しが少し引っかかったが、とりあえず次の質問へ移ることにした。
「それで、私が出向することはどこから漏れたのでしょうか」
「正直なことを申し上げますと・・・・・・分かりません。漏洩を防ぐために聯合はもちろん、警察庁にも情報管理を徹底するよう要請していたので、出向の件を把握していたのは幹部以上の方数名だけのはずです。それに、ハッキングによるものだとすれば、それが突き止められないはずがありません」
「それについては自白を引き出せていないのですか?」
「自白していない、というより自白《できなくなってしまった》と言うべきです。」
「どういう意味ですか」
「我々が昨日捕らえた二人の犯罪者──その両方が死亡しました」
耳に入ってきた信じられない言葉に百武は思わず「えっ」と声を上げ、「本当ですか」とハレーの目を見つめた。
「報告によると、特定の高圧の電流が流れる装置が体に埋め込まれていたそうです。恐らく遠隔で起動されたのでしょう」
先ほどの質問に対してハレーが言葉を濁しながら返した理由が分かった。「口封じされた、ということでしょうか」
ハレーは百武の言葉に頷いてから、「──しかし、この話は後で詳しくすることにしましょう。もうすぐ着きますので」とだけ言って口を閉じた。
その一、二分後、レクセルが運転する車は港区の芝浦埠頭近くにそびえ立つビルの地下駐車場へと入っていった。その六角柱のような特徴的な形をした建物は、コンクリートジャングルの中でも多少目立ってはいたものの、それが異星人の管轄する建物に見えるかと聞かれたら、首を縦に振れないくらいには現実の延長線上にある建造物であった。
「ここが聯合の施設だということは前から存じていましたが、実際に訪れてみるとやはり何というか・・・・・・普通のビルのように思えますね」エンジンを切った車内でシートベルトを外しながら百武はそう言った。
それに対してハレーは「この車両もそうですが、この星で活動する以上、少なくとも外観はそれに合わせた方がこちらとしても好都合なのです。──この星の言葉で言うなら《郷に入っては郷に従え》、でしょうか」と返す。
百武はその答えよりもハレーが突然諺を引用してきたことに驚いたが、様々な惑星で活動するためにはそれくらいの順応性が必要なのだろうと自分で自分を納得させた。
「百武さんには分析官として我々《VICT》に加入していただきます」上階へ向かうエレベーターの中でハレーはそう言った。
「ヴィクト?」
「来訪者犯罪捜査班(Visitor Crime Investigation Team)の略称です。我々は治安維持局の第七地球支部に属しているので、通称《VICT7》と呼ばれています」
「・・・・・・英語なんですか?」
「ええ。先ほども言った通り、郷に入っては何とやら、です」とハレーは笑う。
「まずは班員を紹介しましょう。──最も、全員は揃っていませんが」というハレーの言葉と同時にエレベーターの動きが停まり、扉が開いた。そこに広がっていたのは、あのミニバンの中で見たものと似た機材やモニターが設置された、まさにSF映画に出てくる宇宙船の内部のような白い空間だった。部屋の中央に置いてある機械的なデスクの周りには、これまた未来的なデザインの白い椅子がいくつも並べられており、そこにはVICTの班員であろう三人の異星人が座っていた。
百武の姿を目で捉えるなり、もたれかかっていた椅子から飛び上がって「VICTに来るっつってた地球人ってのはお前かあ?」と声を張り上げながら大股で近づいてきたのは最も人間離れした姿の異星人だった。背丈は少なくとも二メートル以上あり、鱗のない蛇のような頭部からは左右対称の角が下に向かって伸びており、手足は胴体に比べて明らかに長く、全身が岩肌のような筋肉で覆われていることがスーツの上からでも分かった。
「お前呼ばわりは控えてください、デバットさん」とハレーは窘めると、《デバット》と呼ばれた男は「すんません」と謝ってから「悪かったな。リューシンさん・・・・・・だっけ?オレはデバットってんだ。よろしくな!」と握手を求めた。
百武はそれに応じながら「百武琉信です。よろしくお願いします」と返した。デバットに握られた右手からは尋常でない握力を感じていたが、できるだけそれを顔に出さないように努めた。
手を握ったままデバットは「なあリューシンさん」と再び鋭い歯が生え揃った口を開く。「あんた麻雀はやるか?」
予想外の言葉に百武は思わず「は?」と声を漏らしたが、すぐに「いえ、ルールを把握している程度です」と答える。
すると、「ルール知ってんのか!?じゃあやろうぜ!!ここだと中々人数集まらねえから困ってたんだよなあ!」そう言いながらデバットはぎゃはは、と激しく笑い、掴んでいる手をぶんぶん上下に振り始めた。
目の前で荒ぶる自分の右腕を見ながら明らかに困惑している百武を見かねてか、「おいデバット、どうでもいい話なら後にしろ。それと、さっさと手ェ放せ。誰もがてめえと同じ握力してると思ってんじゃねえぞ」とレクセルが横から口を挟む。デバットはいきなり水をかけられた熱い鉄板のように萎えたのか、不満そうに「へーい」とだけ言ってから手の力を緩めた。
呆れた様子のレクセルは背後から「すみません百武さん、アイツはアホなんです。おまけに距離感というものを知らない」と耳打ちする。それに百武は「いえ気にしないでください。少し驚いただけなので」と小声で返した。
次に「デバット、邪魔」と大木のような足から顔を覗かせたのは、中学生、下手したら小学生にも見える小柄の女性だった。ボブカット風の髪のその色がほとんど原色に近い赤だったことと、額から角のように生えたアンテナに似た器官以外は地球人と変わりがないように見えたその異星人は、この部屋にいる人間の中で唯一スーツではなく、緑色のツナギの上からフードが付いた黒いポンチョのようなものを羽織っていた。
「ボクはドナチ。捜査員じゃなくメカニックだから捜査の事は聞かないでね。──まあ昨日みたいに現場に出ることも少なくないんだけど」
その言葉にピンと来た百武は「じゃあ、昨日窓の外にいたのは──」と確認すると、ドナチは「うん、ボクだよ」と答えてから「ビックリしたよ。あのネゴシスがキミに危害を加えようとしたら窓を突き破って助けようと思ってたんだけど、まさかあんな無茶をするなんてね」と少し口元を緩めた。
眠たげな目をした少女を見下ろしながら百武は昨日窓の外に見た光景を思い出していた。あのロボット(厳密に言えばパワードスーツらしいが)は自分の記憶が間違いでなければ間違いなく三メートルはあったはずだが、目の前のドナチの背丈はその半分にも満たなかった。そのギャップに驚きながらも、「そうでしたか、あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」と感謝の意を伝えた。
「いや・・・・・・ボク何もしてないんだけど」と困った顔をしているドナチに、「まあいいじゃないですかドナちゃん。百武さんは本心でそうおっしゃってるみたいですよ」と声を掛けたのは、昨夜のブラセバンと同じ種族、つまりネゴシスだと思われる若い女性だった。雪のように白い肌も目元に装着された装置もほとんど変わりなかったが、あの侵入者からにじみ出ていた他者を見下すような雰囲気は微塵も感じられなかった。
ウェーブがかった青い長髪をなびかせながら百武の前に歩み寄ると「初めまして、ベネットと申します」と柔らかい口調で言ってからすぐにハッとした顔を見せると、慌てて「すみません、勝手に思考を読んでしまって。気を付けようとは思ってるのですが、癖になってしまっていて・・・・・・」と謝った。
《勝手に思考を読んですみません》という耳馴染みのない謝罪に何と返せばよいか分からず、「いえ、お気になさらず」とだけ言う百武に、「そう言っていただけると幸いです。何か困ったことがあったら言ってください。私でよければお力になりますので」とベネットは微笑んだ。
一通りの紹介が終わったと見たのか、ハレーは百武の目の前に立つと、「百武さん」と改めて名前を呼ぶ。「本来ならば施設を案内したかったのですが、事情によりそれはまた今度ということにさせていただきます。その代わりといってはなんですが、歓迎の言葉くらいはしっかりと言わなければなりません。──ようこそ、VICTへ」を自身の右手を差し出した。
突然の出向命令に困惑している最中に異星人による襲撃を受け、その力の差を痛感した百武にとって、悪質な異星人を取り締まるという仕事が生半可なものではないということは分かっていたが、あの時池谷が言った《君のためにもなる》という言葉が意図していることが何かを見つける必要がある。
──そう思いながら百武はその手を握り返した。
登場異星人 ※《》内は種族名
①ハレー《ロズウェル》
VICT7の班長。年齢は人間換算で五十代半ば。
最近体の衰えを感じ始めている。
②レクセル《カロル》
ハレーの事を慕っている実質的な副班長。人間換算で二十代後半。
自分で思ってるより数倍は顔が怖い。
③デバット《セルパ》
粗暴かつ楽観主義の大男。人間換算で二十代前半。
麻雀狂いだが、そんなに強くない。むしろ弱い。
④ベネット《ネゴシス》
穏やかな性格の女性捜査官。人間換算で二十代前半。
相手が話し終わるのを待たずに言葉を返してしまう癖があるのが玉に瑕。
⑤ドナチ《フラトーズ》
マイペースなVICTのメカニック。人間換算で十代後半。ボクっ娘。
地球のロボットアニメを見漁っている。
「おはようございます百武さん。私は治安維持局地球第七支部のハレーと申します」と言って頭を下げると、それに続いてレクセルも改めて自己紹介をした。
「おはようございます。わざわざお出迎えいただきありがとうございます」と百武も会釈をする。
「いえ、こちらこそ裏口から出るようお願いしてしまい申し訳ありませんでした。地球人の中には異星人の姿にまだ抵抗のある方がいらっしゃるので、正面玄関で堂々と待っているのは憚られまして」
「それならばどこか人目のつかない場所で待っていただければ私の方からそちらに向かったのですが」
「そういう訳にはいきません。身元が知られてしまった以上、ひと段落つくまで常にあなたの安全を保障できる場所にいる必要があります」
「それじゃあ、昨日は一晩中ここに?」
「ええ、そうです。仲間の一人が捕らえられた直後とはいえ、他の者が再びあなたに危害を加えようとする可能性は否定できませんでしたから」と言ってからハレーは「そろそろ行きましょうか。あまり悠長なことはしていられませんので」と歩き出す。
二人の後をついて行くとそこには何の変哲もない黒塗りのミニバンが停まっていた。異星人なる存在が普段どのような移動手段を利用しているのかを知れることを心の片隅で期待し、これまでに見てきたSF作品に登場するそれらと見比べてみるつもりであった百武は少しばかり落胆した。
思わず「いつもこれで移動しているのですか」と尋ねると、「場合によりますね。今回は病院という場所柄あまり目立ちたくなかったので。しかし、普通の自動車じゃありませんよ。捜査に必要な機材は揃ってます」とレクセルは答えながら後部座席のドアを開け、百武に座るよう促した。
確かにその中は見たこともないような多数の機器やモニターが備え付けられており、まるでコックピットのような印象を受けた。ハレーは百武と同じ後部座席、レクセルは運転席に座ると、エンジンを掛けて車を走らせるのだった。
「何を置いても大きな怪我が無くて何よりでした」とハレーは話を切り出す。ブラセバンに蹴られた腹部はまだ僅かに疼いてはいたが、検査を受けた結果、骨と内臓どちらにも異常はないということが分かったため、一晩入院するだけで済んだのである。。
「ええ、おかげさまで。本当に助かりました」
「しかし、驚きましたよ」レクセルは軽く笑いながら言う。「丸腰であのネゴシスから銃を奪い取ってさらに関節を極めようとする人なんて初めて聞きました」
「ネゴシス?」百武は初めて聞いた単語を反芻する。
レクサスは「ああ」と納得してから、「あのブラセバンとかいう侵入者の種族名ですよ。もうすでにご存じでしょうが、他人の心を読み取れる能力を持ってましてね、治安維持局にも同じ種族の捜査官がいるんですよ。まあ後で紹介しますが」と解説をした。
その言葉を聞いた百武は数刻考え事をしてから「あの、昨日のことについてお聞きしたいことがあるのですが」と口を開いた。
「私が銃を奪えたのはあの異星人が窓の外にいた人型のロボットのようなものに意識を向けていたからなんです。あれはあなた方の関係者か何かだったのでしょうか」
「ああ、そうですよ」とレクセルが答える。「あれは《フラトーズ》という種族の治安維持局のメカニックです。百武さんが見たあのロボットは厳密に言えばフラトーズが装着するパワードスーツみたいなものです」
「つまりあの中に人が入っていたということですか」
「ええ。百武さんがネゴシスに一泡吹かせたこともそいつから聞きました」
「──それにしてもよく抵抗しようと思われましたね」と今度はハレーが口を開く。「ネゴシスの注意が多少あなたから削がれていたとしても、普通ならば銃を突きつけられた時点で殆どの人間は抵抗の意思を削がれます。しかもその相手に自分の行動が全て見透かされているのならばなおさらです。しかし、そのような状況下で動くことのできた百武さんには反撃しようと思った何かしらのきっかけがあったのではないですか」
その質問に対して百武は昨夜の状況を思い出しながら説明した。「先ほども言った通り、あの時ブラセバンは私から目を離して後ろを向いたんです。それを見た瞬間、反射的に《銃を奪えるかもしれない》という考えが湧きました。無論、それすらも読み取られるだろうことは理解していましたが、ブラセバンは何の反応も示さず、そんな私の意思に気づいていないのではないかと思いました」
「──なるほど。それでネゴシスの読心能力には何らかの条件があると推察した、ということでしょうか」百武の言葉の先を読むようにハレーは言う。
「推察と呼べるほど大したものではありませんが、その通りです」
「ご明察の通り、ネゴシスが心の中を読むためには視覚、聴覚、触覚のいずれかを用いなければなりません。今のお話を聞くに、その条件を一つも満たしていなかったからこそ銃を奪えたのでしょう。仮にそれを最初から知っていたとしても実際に動くことのできる人間は非常に限られますが」
百武はなぜあの状況下で一矢報いることができたのかが腑に落ちたが、それがきっかけとなり、昨夜の出来事についてそれ以外にもいくつか引っかかることがあったことを思い出した。「他にも質問したいことがあるのですがよろしいでしょうか」と言う百武に「勿論です」とハレーは快く了承した。
「なぜあなた方は私の部屋に異星人が侵入したことが分かったんですか」
再びハレーが答える。「昨日の夕方、別件で逮捕した男の取り調べを行っていたところ、なぜかあなたの事を、それも出向の件も含めて知っていたことが分かりました。そこであなたの身に危害が及んでいるのではないかと思ったのです」
「つまりあなた方が捕らえた被疑者とあのブラセバンという男が繋がっていた、ということですか」
「ええ、その認識で間違いないと思われます」
──間違いないと思う。その断定しているようでしていないハレーの言い回しが少し引っかかったが、とりあえず次の質問へ移ることにした。
「それで、私が出向することはどこから漏れたのでしょうか」
「正直なことを申し上げますと・・・・・・分かりません。漏洩を防ぐために聯合はもちろん、警察庁にも情報管理を徹底するよう要請していたので、出向の件を把握していたのは幹部以上の方数名だけのはずです。それに、ハッキングによるものだとすれば、それが突き止められないはずがありません」
「それについては自白を引き出せていないのですか?」
「自白していない、というより自白《できなくなってしまった》と言うべきです。」
「どういう意味ですか」
「我々が昨日捕らえた二人の犯罪者──その両方が死亡しました」
耳に入ってきた信じられない言葉に百武は思わず「えっ」と声を上げ、「本当ですか」とハレーの目を見つめた。
「報告によると、特定の高圧の電流が流れる装置が体に埋め込まれていたそうです。恐らく遠隔で起動されたのでしょう」
先ほどの質問に対してハレーが言葉を濁しながら返した理由が分かった。「口封じされた、ということでしょうか」
ハレーは百武の言葉に頷いてから、「──しかし、この話は後で詳しくすることにしましょう。もうすぐ着きますので」とだけ言って口を閉じた。
その一、二分後、レクセルが運転する車は港区の芝浦埠頭近くにそびえ立つビルの地下駐車場へと入っていった。その六角柱のような特徴的な形をした建物は、コンクリートジャングルの中でも多少目立ってはいたものの、それが異星人の管轄する建物に見えるかと聞かれたら、首を縦に振れないくらいには現実の延長線上にある建造物であった。
「ここが聯合の施設だということは前から存じていましたが、実際に訪れてみるとやはり何というか・・・・・・普通のビルのように思えますね」エンジンを切った車内でシートベルトを外しながら百武はそう言った。
それに対してハレーは「この車両もそうですが、この星で活動する以上、少なくとも外観はそれに合わせた方がこちらとしても好都合なのです。──この星の言葉で言うなら《郷に入っては郷に従え》、でしょうか」と返す。
百武はその答えよりもハレーが突然諺を引用してきたことに驚いたが、様々な惑星で活動するためにはそれくらいの順応性が必要なのだろうと自分で自分を納得させた。
「百武さんには分析官として我々《VICT》に加入していただきます」上階へ向かうエレベーターの中でハレーはそう言った。
「ヴィクト?」
「来訪者犯罪捜査班(Visitor Crime Investigation Team)の略称です。我々は治安維持局の第七地球支部に属しているので、通称《VICT7》と呼ばれています」
「・・・・・・英語なんですか?」
「ええ。先ほども言った通り、郷に入っては何とやら、です」とハレーは笑う。
「まずは班員を紹介しましょう。──最も、全員は揃っていませんが」というハレーの言葉と同時にエレベーターの動きが停まり、扉が開いた。そこに広がっていたのは、あのミニバンの中で見たものと似た機材やモニターが設置された、まさにSF映画に出てくる宇宙船の内部のような白い空間だった。部屋の中央に置いてある機械的なデスクの周りには、これまた未来的なデザインの白い椅子がいくつも並べられており、そこにはVICTの班員であろう三人の異星人が座っていた。
百武の姿を目で捉えるなり、もたれかかっていた椅子から飛び上がって「VICTに来るっつってた地球人ってのはお前かあ?」と声を張り上げながら大股で近づいてきたのは最も人間離れした姿の異星人だった。背丈は少なくとも二メートル以上あり、鱗のない蛇のような頭部からは左右対称の角が下に向かって伸びており、手足は胴体に比べて明らかに長く、全身が岩肌のような筋肉で覆われていることがスーツの上からでも分かった。
「お前呼ばわりは控えてください、デバットさん」とハレーは窘めると、《デバット》と呼ばれた男は「すんません」と謝ってから「悪かったな。リューシンさん・・・・・・だっけ?オレはデバットってんだ。よろしくな!」と握手を求めた。
百武はそれに応じながら「百武琉信です。よろしくお願いします」と返した。デバットに握られた右手からは尋常でない握力を感じていたが、できるだけそれを顔に出さないように努めた。
手を握ったままデバットは「なあリューシンさん」と再び鋭い歯が生え揃った口を開く。「あんた麻雀はやるか?」
予想外の言葉に百武は思わず「は?」と声を漏らしたが、すぐに「いえ、ルールを把握している程度です」と答える。
すると、「ルール知ってんのか!?じゃあやろうぜ!!ここだと中々人数集まらねえから困ってたんだよなあ!」そう言いながらデバットはぎゃはは、と激しく笑い、掴んでいる手をぶんぶん上下に振り始めた。
目の前で荒ぶる自分の右腕を見ながら明らかに困惑している百武を見かねてか、「おいデバット、どうでもいい話なら後にしろ。それと、さっさと手ェ放せ。誰もがてめえと同じ握力してると思ってんじゃねえぞ」とレクセルが横から口を挟む。デバットはいきなり水をかけられた熱い鉄板のように萎えたのか、不満そうに「へーい」とだけ言ってから手の力を緩めた。
呆れた様子のレクセルは背後から「すみません百武さん、アイツはアホなんです。おまけに距離感というものを知らない」と耳打ちする。それに百武は「いえ気にしないでください。少し驚いただけなので」と小声で返した。
次に「デバット、邪魔」と大木のような足から顔を覗かせたのは、中学生、下手したら小学生にも見える小柄の女性だった。ボブカット風の髪のその色がほとんど原色に近い赤だったことと、額から角のように生えたアンテナに似た器官以外は地球人と変わりがないように見えたその異星人は、この部屋にいる人間の中で唯一スーツではなく、緑色のツナギの上からフードが付いた黒いポンチョのようなものを羽織っていた。
「ボクはドナチ。捜査員じゃなくメカニックだから捜査の事は聞かないでね。──まあ昨日みたいに現場に出ることも少なくないんだけど」
その言葉にピンと来た百武は「じゃあ、昨日窓の外にいたのは──」と確認すると、ドナチは「うん、ボクだよ」と答えてから「ビックリしたよ。あのネゴシスがキミに危害を加えようとしたら窓を突き破って助けようと思ってたんだけど、まさかあんな無茶をするなんてね」と少し口元を緩めた。
眠たげな目をした少女を見下ろしながら百武は昨日窓の外に見た光景を思い出していた。あのロボット(厳密に言えばパワードスーツらしいが)は自分の記憶が間違いでなければ間違いなく三メートルはあったはずだが、目の前のドナチの背丈はその半分にも満たなかった。そのギャップに驚きながらも、「そうでしたか、あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」と感謝の意を伝えた。
「いや・・・・・・ボク何もしてないんだけど」と困った顔をしているドナチに、「まあいいじゃないですかドナちゃん。百武さんは本心でそうおっしゃってるみたいですよ」と声を掛けたのは、昨夜のブラセバンと同じ種族、つまりネゴシスだと思われる若い女性だった。雪のように白い肌も目元に装着された装置もほとんど変わりなかったが、あの侵入者からにじみ出ていた他者を見下すような雰囲気は微塵も感じられなかった。
ウェーブがかった青い長髪をなびかせながら百武の前に歩み寄ると「初めまして、ベネットと申します」と柔らかい口調で言ってからすぐにハッとした顔を見せると、慌てて「すみません、勝手に思考を読んでしまって。気を付けようとは思ってるのですが、癖になってしまっていて・・・・・・」と謝った。
《勝手に思考を読んですみません》という耳馴染みのない謝罪に何と返せばよいか分からず、「いえ、お気になさらず」とだけ言う百武に、「そう言っていただけると幸いです。何か困ったことがあったら言ってください。私でよければお力になりますので」とベネットは微笑んだ。
一通りの紹介が終わったと見たのか、ハレーは百武の目の前に立つと、「百武さん」と改めて名前を呼ぶ。「本来ならば施設を案内したかったのですが、事情によりそれはまた今度ということにさせていただきます。その代わりといってはなんですが、歓迎の言葉くらいはしっかりと言わなければなりません。──ようこそ、VICTへ」を自身の右手を差し出した。
突然の出向命令に困惑している最中に異星人による襲撃を受け、その力の差を痛感した百武にとって、悪質な異星人を取り締まるという仕事が生半可なものではないということは分かっていたが、あの時池谷が言った《君のためにもなる》という言葉が意図していることが何かを見つける必要がある。
──そう思いながら百武はその手を握り返した。
登場異星人 ※《》内は種族名
①ハレー《ロズウェル》
VICT7の班長。年齢は人間換算で五十代半ば。
最近体の衰えを感じ始めている。
②レクセル《カロル》
ハレーの事を慕っている実質的な副班長。人間換算で二十代後半。
自分で思ってるより数倍は顔が怖い。
③デバット《セルパ》
粗暴かつ楽観主義の大男。人間換算で二十代前半。
麻雀狂いだが、そんなに強くない。むしろ弱い。
④ベネット《ネゴシス》
穏やかな性格の女性捜査官。人間換算で二十代前半。
相手が話し終わるのを待たずに言葉を返してしまう癖があるのが玉に瑕。
⑤ドナチ《フラトーズ》
マイペースなVICTのメカニック。人間換算で十代後半。ボクっ娘。
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そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

帝国の曙
Admiral-56
SF
第三次世界大戦により文明の大半が滅んでから数千年。第三次世界大戦以前のほとんどの記憶が失われた人類は、再び同じ歴史を繰り返そうとしていた。
しかし第四次世界大戦は、第二次世界大戦と似た様相を見せながらも、少しずつ違う方向へと進みつつあった…
ベースは第二次世界大戦の史実パクってますが、ご都合エンジンやらとんでも兵器が登場してあんなやことやこんなことするif戦記です
主人公は“日本”です。ハイ。
結構私個人の見解が多く含まれるので、あまり深く考えないで読んでもらえるとありがたいです
小説家になろうにも投稿しています
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~
海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。
再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた―
これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。
史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。
不定期更新です。
SFとなっていますが、歴史物です。
小説家になろうでも掲載しています。

シーフードミックス
黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。
以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。
ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。
内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。
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