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第一章 春 ~事の発端、すべての元凶~
その81 『俺』と呼ぶ先輩
しおりを挟むいつもの練習中。僕らは次の予選二回戦に向けて、猛特訓中だった。
「ケン後輩、リズムが乱れてるぞ。もっと音楽を聴きながら太鼓を叩け」
「はいっ!」
路世先輩に指導されながらも僕は、懸命に太鼓を叩いていた。それを横目に望子先輩にニヤリと笑みを浮かべていた。
「えっへへー。鍵くん、また怒られてやんのー」
「そういう望子も、さっきからリズム乱れまくってるぞ。ケン後輩のこと言えたもんじゃないだろ」
「げげっ!」
望子先輩は一体どこを叩いているのか分からず、ブレッブレのリズムで譜面を素通りしていた。それに呆れ、頭を抱える路世先輩。
「まったく……。そんなんじゃ、今回は俺が大将を務めることになるぞ」
「えー。大将は部長である私じゃないとダメだよー」
ブーブー、とぶーたれる望子先輩。その仕草はまるで小学生のようで、なんだか可愛げがあった。それを見かねた路世先輩は、「はいはい」と適当な返事を返していた。
「そういえばなんですけど」
練習中、ふとちぃが声をあげる。練習を遮るかのような切り出しに、一同は動かしていた手を止め、ちぃのほうを振り向いた。
「どうしたんだ、ちぃ?」
「前々からずっと思ってたんですけど……路世さんって自分のことを『俺』って言いますよね? それがずっと気になってて……」
「あー……」と、僕と望子先輩は感嘆の声を漏らした。
確かに。望子先輩やちぃは自分のことを『私』と呼ぶのに対し、路世先輩だけは『俺』と呼んでいる。
男の僕でさえも『僕』なのに、女子で自分のことを『俺』と言うのは少し……というか、かなり違和感があった。
「まぁ、そりゃ気にもなるよな……」
と、路世先輩はイタイところを突かれたかのように、困った顔をしながら頭を掻いていた。
「確かに、路世ちゃんはいつも『俺』って言うよね。長く付き合ってるとはいえ、なんで自分のことを『俺』って言うのか聞いたことなかったよ」
「そりゃお前が尋ねないからな。……まぁ、俺もなんでかは知らないよ。ただなんか、クセがついてるだけさ」
「クセ……ですか?」
どこをどうしたらそんなクセがつくのかは知らないが、それならば仕方ないだろう。まぁ自分のことを何と言おうが人の勝手だし、自分の名前で呼ぶ人だっているのだ。
そりゃ女子が自分のことを『俺』と呼ぶのはかなり珍しいが、それでも別に珍しいってだけでヘンだと思った事は一度もない。……最初はまぁ、驚いたけれども。
「そうだよね。別に路世ちゃんが自分のことを『俺』って呼ぼうが、それも一つの個性だもんね」
「そうですよ。だから路世先輩も気にすることないですよ」
「……別に気にしてもないし、気を遣ってもらいたいワケじゃないんだが」
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