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第一章 春 ~事の発端、すべての元凶~
その79 太鼓部の喧嘩の極意
しおりを挟む「おい、望子」
「んー?」
それは今日の練習の合間のこと。路世先輩が望子先輩に声をかけたことが始まりだった。
望子先輩は休憩中でありながら、自分の持ってきていたお菓子をつまんでいた。それを見下ろすかのように路世先輩が望子先輩の前に立つ。
「お前、俺の大事に取ってたプリン知らないか?」
「冷蔵庫に入ってたあれ?」
この部室にはどこから持ってきたのか知らないけれど、冷蔵庫まで完備されているのだ。
教室くらいの大きさを誇るこの太鼓部の部室だからこそ、太鼓の鉄人まで置いて尚且つ冷蔵庫まで置けるのだ。
……他の部室にはないということを知ったのは、この部活に入ってからだった。
「そうだ。あれ、俺のだったんだが……どうなったか知らないか?」
「あれなら、賞味期限切れそうだったから私が食べちゃったよ」
もぐもぐと平然と答える望子先輩。それに痺れを切らしたのか、路世先輩はその言葉を聞いた途端、噴火したかのように叫んだ。
「お前なぁ! 『食べちゃった』じゃないだろ!? あれは俺が大事に取ってたヤツなんだぞ! どうしてくれんだよ!」
「ご、ごめんって……。新しいの買って返せばいいでしょ?」
「買って返す? じゃあやってみろよ! あれは一日十個限定のプリンなんだぞ? 開店して僅か三分足らずで売り切れるほどの超絶人気のプリンだってのに、それをどうやって買いなおすっていうんだ、あぁ!?」
「それは……」
「大体、お前は毎度毎度ガサツなんだよ! 部室の押し入れは整理しないし、「どん・だー」の予選の日は忘れるし! 一応部長なんだからしっかりしてくれよなぁ!」
なんだか物凄い険悪なムードとなっており、僕とちぃは隅っこで震えながらその光景を見ていることしかできなかった。
路世先輩の言葉にむっと来たのか、今度は望子先輩までもが険悪ムードとなってしまった。
「えぇえぇ! そうですよ、私はガサツですよ! でもね、路世! アンタだってそう変わりないでしょう? アンタが初めてカップ麺を食べようとした時のコト覚えてる? アンタ、麺をそのままかぶりつこうとしてたじゃない! やっぱりお嬢様は一般常識も知らないんですかね? あーそっか! 自分で身の回りのことしなくても、誰かが代わりにやってくれるんでしたね! これまた失敬!!」
「言わせておけば……」
「なによ、やるっていうの?」
互いに互いを睨み合い、視線だけで火花を散らしていた。
……望子先輩と路世先輩が本気で喧嘩するトコなんて初めてだから、僕もどうしていいのか分からなかった。
「先輩、あの二人止めてきてくださいよ」
「ムリだよ……。僕だってどうしていいのか分かんないんだから……」
こんな状況に入ったことなんて一度たりともなかったから、僕もどう対応していいのか分からず困惑していた。
止めに入るべきか、はたまたお茶を濁して喧嘩の気を逸らすべきか……。どちらにせよ、僕の安全は保障できそうにはなかった。
そうこうしているうちに、二人の喧嘩はますますヒートアップしていた。
「今のアンタじゃ勝てるわけないとは思うけどね、お嬢様!」
「へっ。望子のことだ、どうせ俺に勝てないからそうハッタリかましてるんだろ? 弱い犬ほどよく吠えるってのはこういうことだな」
「そう言ってれるのも今のうちよ。とっとと白黒ハッキリつけようじゃないの!」
「望むことだってんだ!」
このままヒートアップしていけば、きっと暴力事になってしまう。そうなってしまえば、「どん・だー」の出場権を失ってしまうかもしれない。
そんな状況まで陥っているというのに僕は未だに止めに入ることはできなかった。ただ、呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。
……折角ここまで来たというのに。これから「どん・だー」優勝目指して頑張ろうと一致団結していたというのに。
僕がほうけている間にも、二人は完全に構えているではないか。こうなってしまった以上、なんとしてでも止めないと!
「先輩! もうやめてくださ……」
と、勇気を出して先輩たちの喧嘩を止めようとしたその時だった。
二人は部室に備え付けの太鼓の目の前に立ち、対戦モードのボタンを押していたのだ。
「ほら、早くバチを構えなさいよ!」
「うるせぇ! 望子こそ、早く曲を選択しろよ! 今回はお前が選ぶ番だろうが!」
僕はその光景を見て、きょとんとしていた。……あれ? 「白黒ハッキリつけよう」って、殴り合いの喧嘩じゃなくて太鼓のほうだったのか。
結果的にその喧嘩は路世先輩が勝利し、望子先輩は路世先輩の大事に取っていたプリンを三倍返しで返すことになってしまったらしい。
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